第六話 三人目はテンションあげあげ自由人
三人目の男性は入室してすぐにニカっと笑いました。
褐色の肌に白い歯が眩しいです。
「初めましてプラム姫! 俺はミカルド・アレイドラサ! アレイドラサ家の三男坊です! お会いできて光栄至極! いやぁ、可愛いですね!」
あまりの勢いに返事ができず、わたしは間抜けな魚のようにパクパクと口を動かすのみです。
彼の家名は存じております。というか、グリトンで知らない人はいないでしょう。
アレイドラサ家は三十年くらい前にグリトンに移住してきて、瞬く間に頭角を現しました。
今やアレイドラサ商会はグリトン王国一の企業です。
貿易や観光事業など様々なお商売で国を支えてくれています。もしかしたら王家よりお金持ちなんじゃないでしょうか。
彼が王婿になれば……いろいろ安心ですね。主に財政面で苦しいときに助けてもらえそう。この調子なら外交も得意でしょうね。
ミカルドさんは十七歳でわたしやエミルと同い年です。
人懐っこい商売人スマイルのおかげもあって、この方とも普通に喋れそうです。ちょっとテンションが高すぎて疲れますけど。
またまた無礼講云々のお話をして、見合いに参加した理由を尋ねました。
「あ、じゃあ遠慮なくタメ口きくぜ。早く仲良くなりたいし。俺は珍しいものや派手なことが好きなんだ。妖精に愛される王家の中で愛されてないプラム姫様は逆にレアだろ? すっごく面白い!」
こんな風に珍獣扱い……いえ、わたしをポジティブに捉えていただいたことは初めてです。呆気にとられてしまいました。
「それに家にいても親父や兄貴の手伝いばっかで面白味ないんだよな。好き勝手できないし。じゃあいっそ商人より、王国の仕事に関わった方が楽しそうかなって。女王の旦那になれば兄貴たちにもでかい顔できるし?」
「そ、そうですか。楽しいことばかりじゃないと思いますけど」
「なんでも楽しくするさ!」
それからミカルドさんはお家柄、様々な国に足を運んでいるそうで、いろいろなことを話してくれました。
生鮮食品から骨董品まで何でもそろう市場、女性たちが競うように着飾って歩くファッションストリート、空に突き刺さるほど巨大なタワーなどなど、世界は広いですね。
それをミカルドさんの超絶技巧トーク術で聞かされるので、まるでその場にいるかのような臨場感を味わえました。行ってみたい。
引きこもりに外の世界への憧れを抱かせるとは、さすが大商人の息子です。
「グリトンには活気がないよな。妖精のおかげで平和だけど、そのせいでスリルもないって感じ? 商売人同士もなぁなぁだし、競争心なんて皆無。もっと金稼いで楽しく暮らそうって気はないのかねぇ。戦争が起きればさすがに何か変わるかな?」
「ミカルド。さすがにその発言は無視できません。危険思想とみなしますよ」
エミルが諌めると、ミカルドさんは苦笑した。
「ああ、ごめん、エミル。別に王婿になって戦争景気に持ってこうなんて思ってないから。平和なところがグリトンの売りだもんな」
わたしは目をぱちぱちさせて、エミルとミカルドさんを交互に見ました。
「お知り合いですか? というか、もしかしてお友達?」
「あれ、知らなかった?」
ミカルドさん曰く、親同士の付き合いで幼いころからしょっちゅう顔を合わせているらしいです。狭い国ですから、有力者の子は自然と繋がりができるものなのでしょう。
というか、わたしとも六歳の誕生日パーティーのときに会っているそうです。すみません。全く覚えていません。
誕生日パーティーの一週間後だったんです。わたしが黒手形病で倒れたのは。
すごくバタバタしていて、その間にあったエミルの誕生日すら何をしたのか忘れているくらいなので、パーティーのことも記憶の彼方なんですよねぇ……。
「いや、姫様はたくさんの人に囲まれていて挨拶すらできなかったし、覚えてなくて当然だよ。うん。だから今日が初めましてでいい。それにしてもあの頃からプラム姫はヤバかったけど、成長してさらにヤバくなってるなぁ」
「や、ヤバい……?」
「すげー可愛くなってるってこと。エミルの話は半信半疑だったけど、マジだったな」
「ちょ、そこ詳しく!」
わたしは思わず身を乗り出します。後ろからの咳払いで我に返りましたが。
今は大切なお見合い中。私情に走ってはいけませんでした。
しかしミカルドさんは気分を害した様子もなく、軽い調子で話してくださいました。
「姫様って姿絵すらないじゃん? 成長してどんな感じになったのか、みんなで噂してたんだ。で、エミルなら知ってるだろってことで聞いたら、こいつ『姫はかなりの美少女』だって真顔で断言したんだよね」
「エミルっ!」
わたしが感極まって振り返ると、エミルは思い切り顔をしかめていました。照れている、という感じはしません。本当に鬱陶しそうです。
「ミカルド……もっと正確にお伝えしてください。俺は『国王夫妻の血を引いてるんですから、それなりに容姿に恵まれているに決まっています』とも言いましたが」
あ、味気ない……。
でもいいの。エミルがわたしのこと「美少女」だって認識してくれているなら。
「素直じゃない奴。……てかさ、本当のところどうなんだよ。俺はエミルも候補者だって聞いたからあんまり期待してないんだけどさ、やっぱりこのお見合いは出来レース? 実は二人はもうデキてる?」
ミカルドさんが投げつけてきた言葉にわたしは心の中で悲鳴を上げます。
もちろん嬉しい悲鳴ではありません。惨劇が起こる予感への悲鳴です。
だって、エミルがすごく恐ろしい笑みを浮かべたんですもの。こんな笑顔は激レアですよ。
「ふふ、俺が自分の主に手を出すような不埒な男に見えると? ひどい侮辱だ。どうしてやろうか……」
地の底から響いてくるような低い声に、わたしもミカルドさんも震え上がりました。
「わ、悪かった。違う。今の発言は取り消す!」
「賢明だな。だけど、遊び感覚でこの場にいるのなら、今すぐ帰ってもらおうか。この見合いには国の未来がかかってるんだ。姫と結婚する気がない奴に構う時間はない」
「あるよ。だって姫様可愛いもん。結婚したくなった。でも、ダチが惚れてるなら悪いじゃん。だから確認したくて」
「杞憂だ。俺に遠慮は全くいらない」
「本当にそう思ってる? なんかいつにもまして不機嫌じゃね?」
「お前も一度、上司と友人の見合いの席に居合わせてみれば分かる。すごく気まずい」
ミカルドさんはエミルの涼しい顔をじっと見つめ、短く嘆息しました。
「うーん、お前の考えてることだけは全く読めん。まぁいいや。言質はとったぞ」
一連の会話のあれこれが衝撃的過ぎて凍りつくわたしに対し、ミカルドさんはにっこりと微笑んで立ち上がりました。そしてわたしの耳元でそっと囁きます。
「姫様、ぜひ俺を選んでくださいね。そうすりゃあんな無愛想男のことなんかすぐに忘れさせてあげますから」
同い年とは思えない甘さの混じった声音にわたしは驚きます。さっきまでと全然雰囲気が違いますよ。猫を被ってましたね?
真っ赤になっただろうわたしの顔を満足げに眺め、ミカルドさんはスキップ混じりに退室していきました。
「何かいかがわしいことを言われましたか?」
「べ、別に? その、ただの社交辞令的なアレだと思う……うん」
うぅ、エミルの視線が冷たいです。どうしてわたしを睨むんですか。
お見合いはつつがなく(いえ、ちょっとハプニングもありましたが)終了しました。
私室に戻り、ソファに倒れ込みます。
立て続けに三人の男性と会い、さすがに疲れました。引きこもりの社会復帰第一弾としては頑張ったんじゃないでしょうか。体力はもちろん、精神的にも限界です。
普段はメイドを呼ぶのですが、今日はエミルが直々に紅茶を淹れてくれました。彼なりの労いでしょうか。嬉しいです。
……ちゃっかり自分の分も淹れて飲んでいますね。ツッコミ待ちでしょうか。いいえ、咎めませんよ。
同じ茶葉から抽出した紅茶を一緒に飲むのって、特別な感じがして好きです。
「お疲れ様でした。で、どうでした?」
「そ、そうだね……思ったよりも普通に喋れて良かった。わたし、そんなに挙動不審じゃなかったよね?」
「誰が自己採点しろと言いました。俺は三人の印象を聞いているんです。あなたの夫にふさわしい者はいましたか?」
ため息で紅茶の湯気が揺れます。
三者三様ですが、みんな素晴らしい方です。恐れ多いことに、わたしを守り立てようという意思も感じました。
ルイス先生は頭が良く、国を良くしようという熱意をお持ちです。男性としても非の打ちどころがなく、安心感があります。
ダグさんはとても真面目で頼もしい方。口下手なところがわたしと似ていて親近感が沸きます。
ミカルドさんは一緒にいればきっと面白いですね。あの明るさと前向きさは、わたしの不足を補ってくれるでしょう。
誰を夫として迎えてもグリトンの未来は安泰です。
正直驚きました。
恋愛感情かどうかはともかく、みなさんがあり得ないくらいわたしに好意的だったんですもの。思った以上に和やかにお喋りできたので、なんやかんやでお見合いができて良かったと思います。
「みんな素敵だった……けど」
だけど、やっぱりわたしはエミルが好き。
あんな素敵な方々にお会いしたのに、全然気持ちが揺らぎません。今後もエミル以上に彼らを好きになることは……。
ああ、さっそく心が折れそうです。王族の結婚なんてしょせん政略結婚だと割り切れればいいのですが、相手が良い人だと申し訳なさが半端ないです。
彼らの誰かと結婚するなら、エミルのことはきっぱり諦めて恋心を封印すべきでしょう。人望の高い彼らと結婚しておいて、従者と不倫スキャンダルなんて発覚した日には、女王云々より人間としてダメすぎる……。
エミルが愛人になってくれたら、なんて浮かれていた数時間前の自分を殴りたいです。
わたしが落ち込んだ様子をみて、エミルは小さく微笑みました。どういう神経をしているの。さすがに怒ろうかと思いましたが、何も言えませんでした。
だって、その微笑みが寂しそうだったから。
「結婚について、真剣に考えているようで安心しました。姫は狭い世界に閉じこもっていたから知らないだけです。外の世界には良い男がたくさんいます。姫に優しい人間だってたくさんいるんですよ」
俺よりも、と言外に匂わせるようでした。
そんなことない。そんなことで悩んでいたわけじゃないんです。
わたしが口を開きかけた瞬間、けたたましい足音が聞こえ、ノックとほぼ同時に扉が開きました。
「プラム姫、失礼します! た、大変です! ついに全てバレました!」
宰相が取り乱した様子で声高に言い放ちました。
「一週間後、メーテルシア帝国のリィン皇女が来国されるとのことです! レザン王子との件で乗り込んでくるようです!」
次から次へと……。
気が遠くなってきました。