第四話 一人目は熱血ティーチャー
ついにお見合いが始まります。エミルのマジギレで妖精たちが散っていったのは良かったです。失礼があっては申し訳ないので。
今日一日で候補者全員――エミルを除いて三人の男性とお会いするようです。
グリトン王国は人材不足。おまけにダメ姫の夫ですからね。王婿にも遠慮なく政務に関ってもらいます。その方が国民も安心するでしょう。
もちろんお相手の方々にも「女王の夫にならなければお前の○○を××してやる~」などと無理強いはしていません。やる気のある方のみのご応募です。
国民の受けが良く、即戦力となり得る、有能でやる気のある男性。
お父様や宰相が選んだ方々です。おまけに妖精チェックも入っています。間違いはないでしょう。
あとは直接会ってお互いが気に入れば戴冠式で婚約を発表、という最初からクライマックスな状態です。
一人目の青年は「やっとお会いできましたね」と小さく微笑みました。
「ルイス・テーナーと申します。プラム姫様、いつもお世話になっております」
「お世話になっております……?」
わたしは首を傾げていると、さっそく後ろに控えていたエミルにため息を吐かれてしまいました。
「姫……あなたの家庭教師です。失礼すぎますよ」
わたしは「ああ、赤ペン先生……」と思わずひそかにつけていたあだ名を呟いてしまいました。
引きこもりのわたしは、極力人と会いません。姫としてのお勉強も通信教育です。課題を提出して、採点付きで返してもらう。その繰り返しです。
語学の授業すら壁ごしにお願いするという徹底ぶりです。そういえば、声に聞き覚えがありました。
「し、失礼いたしました。ルイス先生、いつも丁寧な添削ありがとうございます……」
先生はいつも赤い字で分かりやすい解説をつけて採点してくれます。非常にマメな性格の方です。
それにこんなに若い方だと思いませんでした。まだ二十三歳とのこと。
しかもお兄様のご友人らしいのです。信じられません。銀縁の眼鏡がよく似合う知的な雰囲気の男性ですよ。チャラチャラしたお兄様といつも何を話していたのでしょう。
テーナー家は学者一族だというのは知っています。ルイス先生のおじい様は大陸でも有名な政治経済学の権威だとか。著書の「誰でも名君になれる下剋上シリーズ」はわたしも拝読いたしました。国によっては有害図書らしいですが。
ルイス先生はどんな質問にも的確に答えてくれます。多分グリトンで一番頭がいい人。この人が夫になれば、妖精の加護がなくとも国の経済が安定するかも。
向かい合って座ると、ルイス先生は教え子を眩しそうに眺めました。もう三年くらいの付き合いなのに、対面するのは初めてなのです。感慨深いのでしょうか。
「こちらこそ、いつも熱心に勉強に取り組んでいただけて光栄でした。姫様はとても教えがいのある生徒です」
わたしは病気のせいでだいぶ学習進度が遅れていましたからね。そりゃ教えがいもあるでしょう。
最初のうち、先生が鬼畜かと思えるほどの量の課題を出してきたこと、忘れていません。嫌われていたんだと思います。それとも試されていたのでしょうか。
一人目が知人だったということもあり、わたしは比較的落ち着いていられました。引きこもりゆえにコミュニケーション能力にはあまり自信がありませんが、何とかなりそうです。
「け、結婚はっ、本来ならお互いを深く知り、時間をかけて考えていくべき事柄ですが、残念ながらあまり時間がありません。か、かか、限られた時間の中で有意義な交流をするため、今日は本音を聞かせていただきたいと思います。こ……ここでどんなことを口にしても、一切不敬罪には問いませんので、ありのままの言葉をお聞かせください……っ」
ルイス先生のおでこを見つめながら、一息に告げます。
ふふん。どうですか、エミル。わたしにだってこれくらいの前口上は言えますよ。ちょっとどもっちゃったから、ダメですかね……?
反応を伺いたいところですが、さすがに先生に失礼になりますね。面接、ではなくお見合いに集中しましょう。
わたしはどうして見合いへの参加を決めたのか尋ねました。
「姫様のお言葉に甘え、正直に申し上げます。僕には夢があり、それを叶えるためには王婿の地位が魅力的だったからです」
「夢ですか?」
「はい。僕はこのグリトンにフワンツ王国の高等学術院にも負けないような学校を作りたいんです。今のこの王国には自分の能力を伸ばすどころか、試す機会すらありません。それは憂慮すべき問題です」
ルイス先生はそれからしばらく熱く語りました。
グリトンの国民はダメだ。
妖精と王家に頼りきりで、自分の力で困難に立ち向かっていこう、故郷を良くしていこうという気概がまるでない。向上心が欠如している。
若者たちは他国に憧れて出ていってしまう。学ぶ場も刺激もないのだから仕方がない。
しかしその多くはがむしゃらに飛び出し、挫折して戻ってくる。そして妖精と王家の庇護下で胡坐をかいて過ごすようになる。
それが真の愛国心と言えるのか。いや、言えない!
見た目とは裏腹に情熱的な方ですね。わたしにとっても耳が痛いお話でしたが、「もっと熱くなれよ!」と励まされている気がしました。
「僕は子どもたちに世界の広さと、グリトンの素晴らしさを教えたい。淀んだ意識を変えていきたい。姫の治世で妖精の加護が薄れるのならなおさらです。このままではいずれ内側から腐って……ああ、いえ、さすがに言いすぎました。申し訳ありません。その――」
「構いません。先生のお考えは至極まっとうです……大きな学校ができれば、若者の意識は変わりますか?」
「はい。必ず」
今のグリトン王国には、読み書き計算を教える小規模な学校しかありません。ほとんどの国民は日常で使う最低限の知識を学ぶだけです。もっと大きな世界を教える場が必要かもしれません。学びたくても、家庭の事情で留学できない子もいるでしょうし。
……わたしみたいに、留学のチャンスを情けない理由で棒に振るようなダメな子もいますけども。猛省するので許してください。
「ルイス先生のグリトンへの憂いと、教育にかける熱意はよく伝わりました。そのためにダメ姫なんかとの結婚を望むほどですものね……」
これが自己犠牲の精神というものでしょうか。なかなかできることではありません。
「いえ、そんなことは……僕は、姫様が噂で言われているような方ではないとよく知っています。あなたが提出した課題をみれば分かりますよ」
ルイス先生は慈しむような目でわたしを見ました。
「僕が教えるようになってすぐ、姫様は大量の課題を一気に提出してくださったでしょう? 一か月分をたった一週間で。なかなかできることではありません。姫様の勉学に対するやる気に僕は感激しました」
……どうやらわたし、提出期限を勘違いしてましたね。
おかしいと思ったんですよ。
うぅ、この空気では訂正しにくいです。ハードルは地表付近まで下げたい性分ですが、我慢です。
先生はわたしを買いかぶっています。
あの量をこなせたのは、暇だったからです。
公務はないし、遊ぶ友達どころか話し相手もほとんどいないし、病弱設定だから迂闊に外にも出られないし。
何かしていないと、留学中のエミルのことばかり考えて寂しくなっちゃいますから、課題に没頭していただけです。
そんなことなど露知らず、ルイス先生はわたしをまっすぐ見据えました。
「たとえ妖精の加護がなくとも、いえ、ないからこそ、僕が力になりたいと……直接お会いして、さらにその気持ちは強くなりました。あなたは一国の女王としても、一人の女性としても、とても魅力的な方だと思います。ご自分を卑下なさらないで下さい」
年上の男性に爽やかに断言されると、勘違いやお世辞だと分かっていても照れてしまいます。
和やかな雰囲気のまま、ルイス先生とのお見合いは終わりました。
「立派な方だったね。グリトンみたいな国にはもったいないわ。もっと早く先生とお話してみれば良かったかも」
「姫……その発言はどうかと思います」
エミルがじっとりとした視線を向けてきます。
いけない。つい本音が。うん、ダメですよね。次期女王が自国をディスっちゃ。