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第三話 見捨てないでください

 エミルへの恋を自覚したのは、わたしが黒手形病にかかり、一日中ベッドに身を沈める日々を送っていた頃です。


 お父様とお兄様はたいそう心配してくれましたが、仕事と勉強が忙しく、週に一度顔を見に来てくれればいい方でした。

 お母様にいたっては臥せってから一度もお見舞いに来てはくれません。妖精を怒らせたわたしを恥じ、いないものとして扱うことにしたようです。


 お世話をしてくれるメイドたちもわたしを持て余していました。

 体中に浮かぶ妖精の手形は子ども心にも不気味に思ったものですが、大人たちにとってもそれは同じでした。


「気持ち悪い。触りたくないわ」

「可哀想だけど、自業自得なんでしょう?」

「姫に肩入れすると王妃様が良い顔をしないわ。気をつけなきゃ」


 そういうセリフを、寝たふりをしている時に何度も聞いてしまいました。

 食事や着替えの手伝いで関わるとき以外、近づく者はおらず、会話も必要最低限でした。腫れ物に触るように、とはまさにこのことでしょう。


 だけど、だけど、エミルだけは毎日欠かさず会いに来て、不器用なりにたくさんお喋りしてくれたんです!


「お花を摘んできました。姫の瞳と同じ、綺麗な水色です」

「面白い本を見つけたんです。お読みしてもいいでしょうか」

「みんな姫のことを心配しています。早く元気になってください」


 もちろん嬉しかったんですけれど、同時に申し訳なりました。優しさが辛く感じるほどわたしの心は弱っていたんです。


「エミル、ありがとう。でもね、毎日来なくてもいいのよ。うつる病気じゃないけど、あなたの時間がもったいない……もうわたしに付いていてもしょうがないもの。あなたもお兄様付の従者になれるように――」


「そんなこと言わないで下さい。明日も来ます。俺の主はプラム姫だけです」


 エミルはわたしの痣だらけの手をぎゅっと握りしめ、大真面目にそう言ったのです。

 もしかしたら、大人たちに命じられて嫌々来ていたのかもしれないけれど、わたしはエミルの励ましに救われ、心を奪われてしまったのです。


 次の日から、エミルに痣だらけの顔を見られるのが恥ずかしくて、布団に潜るようになりました。それでも彼は病が完治するその日まで、一日も欠かさずわたしに会いにきてくれました。






 昔は可愛かったのに。

 わたしは長い銀髪をいじり、むすっと頬を膨らませます。


 お見合い当日、わたしは新調したドレスを身にまとい、城の客間の椅子にふんぞり返っていました。

 視界の端で妖精たちが点数札を用意してきゃっきゃっしてますね。なんですか、採点ごっこでもする気ですか? 普段はわたしに寄り付きもしないくせに……けっ。


「今日は三人の男性と会っていただきます。いずれも国内では有名な人物です。姫でも名前を聞いたことがあるはずです」


 隣でエミルが男性たちのプロフィールを読み上げていきますが、全然耳に入ってきません。

 何が悲しくて、好きな人にお見合いの付き添いをしてもらわなければならないのでしょう。あんまりです。


 わたしの結婚については、とりあえずお兄様と帝国皇女様の結婚が滞りなく済んでから、と今までずっと後回しにされてきました。いえ、わたしがそうなるようにごね続けていたんですけど……。

 テンションダダ下がりです。


「姫、聞いてますか」


「はぁ?」


 エミルの眼光がすぅっと冷たく冴え、わたしは反射的に背筋を伸ばしました。室温が二度は下がりましたよ。妖精たちも静まり返ります。


「先日立派な女王を目指すと決めたばかりでしょう。真面目にやってもらわないと困ります。一生の伴侶ですよ。あなたは女王になるのです。今まで許されていたわがままはもう許されませんからね」


「む……女王って最高権力者のはずだよね? 結婚相手くらい好きにできると思ったのに……」


「散々説明しました。これも全て姫のためです。支持率ほぼゼロの状態で即位なんて危険すぎます」


 もちろん言いたいことは分かりますよ。

 国民の皆様には気持ちよく納税していただきたいですもの。

 ただでさえ妖精の加護による豊作が期待できなくなってしまったんです。何かのキッカケでみんなの懐が寂しくなったとき、不満の矛先は女王のわたしに向かうでしょう。農具を持って押しかけて来られたら大変です。

 ならば少しでも好感度を上げておいて損はありません。


 嫌われ者のわたしが手っ取り早く受け入れられるためには、国の人気者に顔を立ててもらえばいいのです。「あのすごい人が付いているならちょっと信じてみようかな」という気になるはずです。

 そのような殿方にはファンの女性もたくさんいて、わたしをさらに嫌うと思うのですが、エミルはそれを差し引いても支持はプラスに向くだろうと言います。

 お兄様が消え、お父様が退位するとなれば、民は不安でたまらない。この国にはめでたくホっとできるような嬉しいニュースが必要なのです。


 それは分かります。分かっているので素直にこの場に出てきたんですけど……。


「……わたしが結婚したら、エミルも嬉しいの?」


 決死の思いで問いかけると、エミルは遠くを見ました。


 彼はわたしの気持ちに気づいているはずです。はっきり口にしたことはありませんけど、長年熱い視線を送っていましたし、どうしても顔に出てしまうので。 

 

 エミルはわたしのことをどう思っているんでしょう。

 異性として見られている気も、主として敬われている気もまるでしませんが、なぜかエミルはわたしの従者を続けているのです。シトロンの従者になってはどうか、と周りに散々勧められているのに。

 同情? 後ろめたさ? それとも……。


「……もちろん、姫がご結婚されて幸せになられるなら、俺も嬉しいです」


 珍しく時間をかけて答えたエミルに、わたしはがっくりと項垂れます。少しでも期待したわたしが愚かでしたー。


「もういい。分かった……婚約でも結婚でもすればいいんでしょ」

 

「ちなみに、婚約者候補の中には一応俺も含まれています」


 その衝撃の一言にわたしは大きな音を立てて立ち上がります。はしたないと怒られそうですが、いてもたってもいられません。

 エミル、やっぱりツンデレだったんですか!? 


「陛下曰く、保険とのことです。気に入らない婚約でへそを曲げて、あなたまで逃げ出したら大変ですから。ようするに安心枠です」


 お父様ありがとう! というかバレバレなんですね? ちょっと恥ずかしいです!

 

 目に見えて浮かれるわたしに、エミルは絶対零度の眼差しを向けます。


「……姫、安易に俺を選ぶようなら軽蔑します。姫はなぜか俺に行き過ぎた好意を持っていらっしゃるようですが、どれだけ想いを募らせようとも、今の姫に俺が同じ気持ちを返すことはありません。本当は、候補者になることすら嫌でした」


 はい、痛烈な一言をいただきました。

 一瞬で足元がぐらつき、わたしはソファに逆戻りです。じわり、と目の端に涙が浮かんできます。シリアスな空気に敏感な妖精たちが、そろりそろりと逃げていきます。

 

「化粧が崩れるので泣かないで下さい」


「だ、だって……うぅ」


 わたしの瞳から涙がぽろぽろとこぼれると、エミルの目の色が変わりました。冷たい氷から熱い炎に早変わりです。


「あなたはいつもそうです。何もせずに泣き、ただ周りで変化があるのを待っているだけ。自分からは何もしない。同情を誘ってあわよくば、みたいなそういう精神が嫌いなんです」


 ぐうの音も出ません。わたしはせめて涙を堪えようと涙腺に力を入れます。


「俺はあなたに不満しかありません。例えば、そう……十二歳の頃に国民に馬鹿にされているのを知って、引きこもりになりましたよね? あのときどうして見返してやろうと奮起しなかったんです? 悔しくはなかったんですか?」


「え? だって、わたしが悪いから……でも、ショックで」


「俺は悔しかったです。何も知らない民草ごときに侮辱されて、どうして黙っていられるのか分かりません」


 エミルはきっぱりと言い切り、驚くわたしに詰め寄ります。

 そう言えば、十二歳頃からでした。エミルが冷たくなったのは。

 てっきり思春期特有の反抗的なやつかと思っていましたが、本気でわたしに苛立っていたのですね。


「十四歳のときもです。留学の話、なぜ断ってしまうんですか? せっかく窮屈な国を出て、ご自分の可能性を広げられるチャンスだったのに」


「わ、わたしには無理だよ。知らない国で恥をかくのが……怖かったんだもの」


「俺が一緒に行くことになってただろうが。それでも怖いと? 俺がいくらでもフォローしてやったのに」


 ついに敬語が消えました。

 いつも冷静なエミルがクールじゃない。声も何だか低いです。


「留学を断った後も気に入らなかった。なぜ俺一人で行かせる? 本当に好きなら引き止めろよ」


「そ、そんなことできないよ……エミルはお勉強好きだし、国の将来のためだし、そこまでわがままは――」


「そういうところが嫌なんだ! 変なところでいい子ぶりやがって! 何もせずに欲しいものが手に入るわけないだろ! 大体今日のお見合いだって、姫が普段からしっかりしていればしなくて済んだだろうが! 自業自得! それを当日になってぐちぐちと! 文句があるなら代替え案を出してから言え! 馬鹿王子と足して二で割ればちょうどいい行動力なのにな、このダメ姫!」


「ひぃ!」


 雷が落ちましたよ。こんなことは初めてです。

 怒鳴り声が外まで漏れてると思うのですが、やはり誰も助けに来てくれません。

 エミルは咳払いをして、ソファの背もたれに隠れて怯えるわたしを見下しました。


「……というわけです。泣いてお情けを待っているだけの女なんか、たとえ陛下に命令されたってごめんです」


「そ、そうですか……そうですね。ごもっともだと思います……すみませんでした」


 わたしの震える返事に、エミルは舌打ちします。

 なんだか主従の態度が逆転しておかしなことになってますね。でも文句は言えません。

 というか長年の恋が玉砕しちゃったんですけど、悲しみに暮れる時間をくれませんか? あ、くれないようです。


「もう簡単に泣かないで下さい。プライドのない主に仕えるのだってストレスが溜まります。こんなんじゃ、婚約者候補どころか従者も辞めたくなります。そうなってもいいんですか?」


「……よ、良くないです。今エミルに見捨てられたら困ります」


 国にとっては、わたしよりもエミルを失う方が痛いでしょう。彼は有能なのです。一人で三人分は働きます。


「なら変わる努力してください。姫は頑張ればできる子です。なのに頑張らないから腹が立つんです。あなたの努力の結果次第では、最高の従者になって差し上げます。素晴らしい女王陛下の命令なら……心から従います。俺にできる事なら何だって叶えて見せましょう」


 エミルの瞳が少しだけ熱を持って揺らいだようです。

 わたしは彼の言葉に含まれた意味を、都合よく解釈してしまいました。


 エミルが思わず見直すような姫、ひいては女王になれば、好きになってもらえるんでしょうか?

 結婚は無理でも、愛人になってくれるとか……?


 目の前がぱぁっと明るくなりました。

 単純ですね。

 どれだけ滅多打ちにされても、わたしのエミルへの気持ちは少しも揺らぎません。むしろわたしのことをちゃんと見ていてくれたことが嬉しい。

 彼を振り向かせたい。わたしは心の底から奮起しました。


「が、頑張る! 立派な女王に、わたしはなる!」


「そうですか。ならまずは真剣に見合いに取り組んでください。グリトンの未来を共に担う伴侶ですからね。くれぐれも、私的な感情を絡ませないように。少しでも手を抜いたり、気持ちが楽な方に流れたら、俺は即効で従者辞めますから」


 わたしは深く頷きを返します。


 確かにわたしはたるんでいました。甘えていました。

 今まではダメなままでも見過ごされてきましたけど、これからは女王になるんです。

 五千の民の生活を壊すわけにはまいりません。


 まず、エミルに見直してもらえる立派な主になります。

 そうすればおのずと国民にとっても良い君主になれるでしょう。


 行動原理の全てがエミルというのは情けない気がしますが、最初から何もかも理想通りにはいきません。 少しずつでも心を入れ替えて頑張っていきましょう。


 十七年間手つかずだった根性をフル動員するのです、わたし!


 こうしてわたしは「好きな人を振り向かせるためにお見合いを全力で頑張る」という、よく分からない状況に陥ったのでした。



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