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第二話 ツンデレ従者の飴とムチ

 お父様に女王即位を命じられてから一週間、わたしは未だに私室に引きこもっていました。


「どうすればいいと思う? このままじゃグリトン王家最後の女王になってしまう……三百年の歴史が、五千人の生活が……」


「そう簡単に滅びませんよ。ご自分にそんなたいそうな力があるとでも?」


 ソファの上で縮こまり、クッションを抱きしめて泣くわたしを、専属従者の少年が冷たく一瞥しました。

 柔らかそうな茶髪に同色の切れ長の瞳、すっきりした目鼻立ち。背はそこまで高くないけれど、端正な顔立ちをしています。いえ、わたしの目を通しているから良く見えるのかもしれませんけど。


 彼の名前はエミル・ウィンフリー。

 先祖代々グリトンに仕えるウィンフリー家の次男で、わたしと同じ十七歳です。


 専属従者と言っても、今は学生の身です。ほとんど公務のないわたしに従者なんてもったいないということで、彼は三年前から隣国の学術院に留学しています。

 時代に取り残されないよう、今後絶対国を捨てない立場の人間に留学させて、他国の知識や技術を仕入れに行かせているのです。ついでに「学術院に通う諸外国の子息令嬢たちと仲良くなれれば次世代の外交に役立つかも」という目論みもあります。


 本来わたしが率先して留学すべき立場なのですが、ほら、病弱なので……異国での生活とか絶対無理なので……他国のご令嬢にいじめられそうなので……国の恥になりかねないので……お断りしました。エミルには一人で頑張ってもらっています。ごめんなさい。


 エミルは勉強で忙しい中、国の一大事との連絡を受けて帰国してくれました。

 ついこの間の春季休暇の際に会っているので、久しぶりではありません。でも顔を見るとやっぱり嬉しくなりますね。毒舌でさえ耳心地がいいです。嫌なことを忘れてしまいそう。

 

 いじけつつも浮き足立ったわたしの胸中を見透かしているのか、エミルは鬱陶しそうに言い放ちます。


「プラム姫、いいかげん覚悟を決めて下さい。レザン王子は見つからない。国王陛下は腰の痛みで動きたくな……動けない。シトロン王子はまだ幼すぎる。あなた以外に、『舞夜の宴』を開ける方はいないのです」


 舞夜の宴というのは三か月に一度行われる、妖精とグリトン王家の交流会です。演芸大会みたいなことをします。

 王家の人間が舞や歌、楽器の演奏なんかを披露して妖精たちを歓待するのです。

 ようするにご機嫌取りです。

 グリトンは妖精なしでは成り立ちませんから、仕方ないです。


 お父様はそれはそれは見事な剣舞を披露され、長年妖精たちを魅了してきました。お兄様も歌って踊れるプリンスなので、いつも黄色い歓声に包まれていましたね。百年間男性の王様が続いたせいか、今のグリトンには女の子妖精が多く集まっているのです。姦しいです。


 わたしはと言えば……場を盛り下げてしまうので宴はほとんど欠席していました。たまに出席しても隅の方でにこにこしているだけ。お父様やお兄様の前座すら務まりません。

 妖精たちが「プラムちゃんったら、また何もしてくれないのぉ? まぁ待ってないけど」「そのドレス、ちょっとダサいと思う。最新のトレンドは……」「胸が大きい子は馬鹿って言うよね?」などとちょっかいをかけてきますが、愛想笑いをして躱します。決して殺虫剤を撒いてはいけません。


「わたしが開いても、妖精たちは喜ばないと思うの。ううん、それこそ不興を買って国が滅びてしまうかも……」


「約束さえ守れば妖精だってひどいことはしませんよ。『三か月に一度、宴を開いてくれたら凶作はないよ。良い出し物を見せてくれれば次の季節は豊作かも』……豊作は期待しないので、せめて凶作にならないようにしてください。それ以上は望みません」


「うぅ、それは知ってるけど……やっぱり無理だよ。わたし病弱だし、倒れちゃう、かも……」


 わたしの訴えに、彼は遠慮なく舌打ちを返しましたよ。

 よその国なら不敬罪でしょっぴくところですが、この国の主従関係はユルいです。というかシビアです。ダメな子には相応の扱いがなされます。


「姫はもう健康そのものでしょうが。あなたはただの引きこもり。メンタルが弱くて人前にも妖精の前にも出られないだけ。いい年して恥ずかしいと思わないんですか?」


「だ、だって! みんながわたしを嘲笑ってるんだもの! 蔑んでるんだもの! 怖い!」


「気のせいです。自意識過剰です。みんなそこまで姫に強い感情は持っていません。どうでもいいと思っています」


「ひどい!」


 わたしが容赦ない言葉のムチに震え出すと、エミルはため息を吐いてそっと箱を差し出しました。可愛らしい装飾の箱に、色とりどりのお菓子が宝石のように並んでいます。


「……お土産です。随分前からご所望だった菓子をお持ちしました。とりあえず、お茶でも飲みませんか? もう何日もまともにお食事もしてらっしゃらないでしょう」


 わたしははっと顔を上げます。


「もしかしてこれが噂のマロカン!?」


「……マカロンな。フワンツ王国で女性に人気の焼き菓子です。買うの恥ずかしかったんで、食べてもらわないと俺が報われません」


 ぷい、と拗ねたようにそっぽを向くエミルを見た途端、わたしの胸がきゅんと跳ねました。


「わ、分かった。お茶にしましょう。あ、軽食も用意してくれる? 今なら食べられそうな気がするもの」


 普通なら見逃してしまいそうなほど一瞬、エミルが微笑みました。その威力は絶大です。

 このツンデレ従者に心を奪われ、早十数年。

 みえみえの飴に飛びついてしまうくらい、わたしはエミルのことが大好きなのです。



 美味しいお茶と珍しいお菓子に癒された後、改めてエミルに諭されました。


「シトロン様が『舞夜の宴』の開けるようになるまでの数年でいいんです。どうか王位を継ぎ、国をお救い下さい。難しい政務の一切は臣下一同が全力でサポートします。姫は宴の主催に集中してください」


 宴の主催者になる条件は三つ。

 グリトン姓を持っていることと、前主催者の弟妹か子どもであること、それなりの芸を披露できること。


 弟のシトロンはまだ六歳。王位を継ぐには早すぎます。

 他の国ならば後見人を立てれば済む話かもしれませんが、この国では王本人が『舞夜の宴』を開いて芸を披露できなければダメなのです。


 条件を満たす王族は今、わたし一人です。

 

 本当は分かっています。わたしがやるしかないって。

 でも、妖精と国民の嘲笑が耳の奥でこだまし、その度に身が竦むのです。

 いろいろ失敗して凶作よりもずっとひどいことになるに決まっています。わたしは自分を信じられません。


 不安と苦悶で汗をかくわたしの前にエミルが跪き、頭を下げました。普段はこんなこと絶対にしないのでびっくりです。


「姫。たとえ今は女王にふさわしい器を持たなくても、あなたならいずれ立派な女王になり、妖精にも国民にも受け入れられるはずです。あなたのような人が愛されないはずがない。少なくとも俺はそう信じています。この件に関しては、嘘偽りは一つもございません」


 それはとても感動的なセリフでした。誰か、音声を半永久的に保存できる装置を作ってください。言い値で買います。


 ……と、いつまでも惚けているわけにはいきませんね。

慇懃無礼で悪態ばかりつく初恋の人にここまで言われ、引き受けないなんて主としても恋する乙女としても失格です。


「顔を上げなさい、エミル」


 格好つけたかったのですが、その声は情けなく震えていました。いえ、声だけではなく全身がぶるぶるしています。


「わ、分かりました。わたしも一国の姫……税金で食べさせてもらっている身です。最低限の役目は果たしましょう。エミルがわたしを信じてくれるなら、わたしはあなたを信じます。わたしが立派な女王になれるように、しっかり支えなさい」


「……我が主の仰せのままに」


 恭しく一礼して、エミルは立ち上がりました。

 その顔はいつもの無表情でした。わたしの言葉に感じ入った様子はありません。ああ、また騙されたようです。

 エミルは手帳を取り出して、淡々と読み上げました。


「では、さっそく明日から戴冠式に向けての準備を始めましょう。二か月後を予定しています。他国からの来賓に若い女王だと見下されないよう、徹底的に礼儀作法を学び直してください。一番心配なのはスピーチですね。添削はしてあげますから、原稿を作ってみて下さい。短くしよう、歴代のものをパクろう、なんて姑息なことは考えないように」


「は、はい……」


「次に今後の人事についての会議……は特にすることはありません。陛下と宰相殿と俺の父が良いように決めてくれるでしょう。馬が合わない人がいても我慢して承認すること。まぁ、顔と名前だけは憶えてたまに呼んであげてください。簡単でしょう?」


「……うん」


「ドレスの新調もしなきゃいけませんね。大人っぽく、威厳のあるものを。その引きこもりやすいルームウェア……じゃなくてゆったりしたお召し物は処分。その服を着てフラフラしていたらみっともないですからね。もったいないと思うなら、寝間着専用にしてください」


「…………」


「最後に一番大切なことを。これを俺の口から姫にお伝えするのは大変心苦しいのですが」


 ちっとも心苦しそうに見えない涼しい顔でエミルは衝撃の一言を放ちました。


「民に安心感を与えるためにも、姫には国内の人望の高い若者と婚約していただきます。数日後にはお見合いが始まりますので、最低でも泣き腫らした目は治しておいてください」


 わたしの絶叫が城に響き渡りましたが、誰も助けには来てくれませんでした。


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