プロローグ
よろしくお願いします。
ある朝、私室の窓に一通の手紙が挟まっていました。
もしもどこかの貴公子様からの恋文だったらどうしましょう。でもダメ。わたしには心に決めた人がいるんだから、どんな美辞麗句が踊る名文でも落ちたりしないわ。うん。
わたしは精神統一の末に封筒を開け、あっけなく膝から崩れ落ちました。
『可愛い妹よ、すまん。好きな人ができたので国を出ます。探さないで下さい。後のことは頼んだぜ。妖精の慈悲があらんことを――』
癖の強い筆跡に、ふざけた文面。間違いなくお兄様の直筆でした。
白い歯を輝かせたお茶目な笑顔が脳裏に浮かび、わたしは拳を振り上げます。
「あの馬鹿王子なに考えてるの――っ!」
その魂の叫びに、近衛兵たちはさぞ驚いたでしょう。
なにせこの数年間、病弱を理由に城に引きこもっていた姫の絶叫だもの。「めっちゃ元気じゃねぇか」と呆れるのも無理はない……。
王位継承第一位、レザン王子の出奔。
お父様は――この国の王は泡を吹いてひっくり返り、腰を強かに打ち付けて寝込んでしまいました。
そして一週間経ってもお兄様が見つからないとなるや、わたしを呼び出してとんでもないことを宣言したのです。
「私、退位することにした」
「こんなときに何を言ってるのです!?」
「だって、これでレザンとメーテルシア帝国の皇女との婚約もパーだもん。全面的にこちらが悪いから大金を請求される。精神的に病んだことにして同情を誘い、王位を退くことで息子の不始末の責任を取る。これで少しは賠償額を下げられるかもしれん。我ながらナイスアイディア!」
「人のこと言えませんけど、さすがに卑怯すぎます! そんなこと許されません! やめて下さいお父様! 国民も不安になります!」
「大丈夫、大丈夫。ウチの国民って図太くて呑気だし。それにこんな可愛い新女王が相手なら、帝国側もそこまでひどいことはしないだろう。手加減してくれるはずだ。頼んだぞ、プラムちゃん。私も病床から応援しちゃうぞ!」
この国王にして馬鹿王子あり。五十歳にあるまじきてへぺろをかまし、お父様はわたしを奈落に蹴落としました。
「…………うそ」
こうして我がグリトン王国に百年ぶりに女王が誕生することになりました。
はい、わたしのことです。
プラム・レンレ・グリトン、十七歳。
とある理由で国民にディスられ、絶賛引きこもり中のダメ姫です。