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長閑けし日々の終焉

作者: 阿野真一

 思いつきで何となく、連載のプロローグとして書いてみたのですが、なんかちょっと違う感じになってしまったので、取り敢えず。

 青く澄み渡る爽やかな空、緩やかに形を変える白い雲、頬を撫で行く穏やかな風。ああ、今日もいい天気だ。町は平和そのものだし、国同士のいざこざも近頃はめっきり減ってきた。おかげで俺は、こうやってのんびりと日向ぼっこをしていられるってわけだ。……が、


 うるせえぞカラスども! チッ、胸くそ悪い。ここは俺の特等席だ。二度と近寄るんじゃあねえぞ!


 ……と言っても、あいつらバカだからな。どうせ一刻もせんうちに忘れて、また舞い戻ってくるだろうよ。ああ、くそっ、面倒くせえ!


「おーい、でかいの! どうした、珍しくご機嫌斜めかあ?」


 チッ、お次は人間かよ。おい、おまえ見張りだろう? ちゃんと見張ってなくていいのかよ。平和だからって油断してると、クビきられて門の前にいる奴らの仲間入りだぞ?


 できれば、俺がご機嫌斜めなのはおまえらに昼寝を邪魔されたからだ! って怒鳴りつけてやりてえんだけどなあ。何百年も喋れない振りを続けて、ようやく最近になって返事しなくても文句言われなくなったとこなんだよなあ。


「おい、でかいの! ちっとは人間様に感謝しろよ? おまえの昼寝空間として、城壁の一番日当たりのいい場所を無料ただで貸してやってんだからなあ!」


 うるせえぞ小さいの! この俺が――このあたりで一番でかい竜がここにいるお陰で、よその国から攻められずに済んでるんだろうが! お互い様だ、この、バカ人間が! いいからあっち行って仕事しろ、仕事!


 ――行ったか。ふう、ようやくこれで、落ち着いて昼寝ができる。


 ……と思ったのも束の間。バカカラスどもが戻って来やがった。おい、おまえら今朝、酔っ払いが吐いたゲロ食ってただろ。それをその足で踏んでたよなあ。で、もちろん洗ってるわけがねえ。んなきたねえ足で俺の特等席を歩きまわんじゃねえよ!


 なんだと? あの人間はワタシの獲物だから? 横取りするなよ、だと? 知るかっ! 俺は人間なんざ食わねえよ! つうか、なんでおまえは俺に対して上から目線なんだよ!


 はあ? ワタシがボスだからだ? このあたりで暮らすカラスがワタシを敬うのは当然のことだ? あー、いや、まあ確かに色は似てるよ。俺もおまえも黒いからな? けど、大きさがまるっきり違うだろうが! 俺はカラスじゃねえんだから関係ねえよ! それにおまえワタシって面かよ! 突っ込みどころ多すぎだぞ!


 ちっくしょう、これだからバカの面倒は……ああ、あの人間か。今にもぶっ倒れそうな顔してやがる。年の頃は十三、四ってところか。アリア人――しかも純血種のようだな。あの金糸のような髪と空色の瞳はたぶん間違いないだろう。確か、帝国でも一部の貴族と王族くらいにしか残っていないはずだが……一般人は誰彼かまわず交尾しやがるから混ざりまくってるしな。実は王女とか? いや、まさかな。


 しかし……ボスにくれてやるにはちと惜しい。珍しくきれいな人間だ。だが、この様子だと明日の朝にはくたばってんじゃないか? 暦の上ではとっくに春だが、皮膚の薄い人間にとってはまだ肌寒い季節だろう。実際、ここにいる難民たちの中からも、毎朝のように凍死する者が出ている。ましてやこいつは体力のない子供。体の具合も良くはなさそうだ。


 ……まったく、しょうがねえな。


 俺は、ゆうに百人は覆い隠せるほどの両翼をおもむろに広げ、あの人間のいる場所めがけて城壁から飛び立った。強い風が吹き荒れ砂埃が舞い上がる。離れていた見張りの兵が手で顔を覆うのが気配でわかった。


 直後、集団から少し離れた場所に座り込んでいる金色のそばに、踏みつぶさないよう注意して着地する。そして前足を伸ばし、やせ細ったからだを優しく包み込むと――あいた! いや、痛くない。痛くはないが、こいつ、噛みつきやがった!


「おい、離せバカ女! せっかく俺が助けてやろうと――」


 ――くそっ、つい喋っちまった!


 指に噛みついたまま、驚いた顔で俺を見つめる空色の瞳。近くにいた難民どもまで俺を指差して騒いでいやがる。


「うおえお!? あああ、ういあいえうお!?」


「ぜんっぜん、わからん! 離してから話せ!」


 すると金色は、上目遣いでこっちの様子を探りつつ、ゆっくりと口を離した。


「嘘でしょ!? あなた、口がきけるの!?」


「きけるよ。おまえが予想外に元気だったせいでな! ちっくしょうめ、やっとこ手に入れた俺の安寧の日々が、おまえのお陰で水泡に――ああ? おい、起きろ! おい!」


 くそっ、気絶しやがった。今ので体力を使い果たしたのか。


 俺は、金色を掴んだまま城壁の上へと戻った。それを見張りの前に置くと、


「お、まーた連れてきたのかよ。仕方ねえな、ちょっと待ってな」


 そして金色を抱えて城の方へ急いで行った。これまでにも何人かこうして連れてきたことがある。城の奴らは俺の客に対して親切だから、きっと悪いようにはしないだろう。




 それからしばらくのあいだ惰眠を貪っていると、どうやら治療を終えたらしい金色が自力で歩いて戻ってきた。見れば陽は暮れかけている。あのあとカラスもどこかへ消えっちまったからな。よく眠れた。有意義な一日だったと言えるだろう。


 ああ、いや、俺が喋ったことをなんとか誤魔化さねえとまずいのか。まあ、難民が町の人間と話すことはまずないし、門衛は難民の言うことになど耳を貸さないだろう。てことは、こいつの口止めさえしておけば、俺はこれまで通りにのんびりと――、


「ドラゴン! 喋りなさいよ、ドラゴン! ほら! さっきのように! ほら!」


 金色が良く通る声を上げながら、言葉の節々で俺の尾を踏みつけている。べつに、痛くはねえが……なんなんだ、こいつは! これが恩竜おんじんに対する態度かよ!


 くそっ、文句の一つも言ってやりたいが見張りがそばにいやがるからなあ。しょうがねえ、しばらく黙って耐えて、見張りがいなく――、


「ドーラーゴーン! ドーラーゴーン! いい加減に口を開け! この――」


「――ああー、鬱陶しいぞ! この、クソドチビ! 最近のガキは礼の仕方も知らねえのかよ! そんくらい父ちゃん母ちゃんに習っとけ! この、バカたれが!」


「ほら喋った! ね? 兵隊さん!」


「たはっ! たっ、たっ、たっ、たっ、大変だーっ! 竜がっ、竜が喋ったぞーっ!」


 そして一目散に駆けていく見張り番。


 ……終わった……俺の、理想とする長閑のどけし日々が……完全に……。


「ねえねえ、ドラゴン、ドラゴン!」


 くっそ、うるせえな! 俺はおまえのせいで――、


「――私はヴァル。あなた、お名前は?」


「……マテウスだ。マテーウス・クラウゼン」


「マテウス。いい響きね。ふふっ、ドラゴンと話すのは久しぶりよ。私が家にいた頃はテオフィルってドラゴンとよく話してたの。でもあの子、ちょっと気難しいところがあってね、私が話しかけると――」


 テオフィルと言えば、確か帝国の隅っこの方に住んでる奴だったな。やっぱこいつはそっちから流れてきたのか。まあ、王族ってことはないだろうが、どこかの貴族の娘である可能性は十分にあるな。それがなんでこんな――、


「――お友達になってあげるわ!」


 金色が俺の前足に腰掛け、髪をかきあげた。


「なにを言ってやがる。なんで俺がおまえと――」


「――マテウス。あなた、私の金色の髪が好きなんでしょう? さっきからずっとチラチラ見てるもの、すぐにわかったわ。私のお友達になれば、これ、いつでもさわり放題よ?」


 そして髪を束にしてつかみ、俺によく見えるように揺らす。


 こ、こ、こいつ、なに言ってんだ? なんだって俺が、こんな……小便臭い……ガキの……髪の毛……如きにいいいー!


「くそっ、やかましい! 好きにしろ!」


「よろしくね? マテウス。さっきは助けてくれてありがとう。それと、お友達になってくれてありがとう。これは、お礼の握手、よっ!」


 ヴァルは満足げに微笑んでそう言うと、両手を目一杯に広げて俺の指に抱きついた。


 俺は金の髪が夕風に吹かれるのを、ずっと穏やかな気持ちで見守っていた。


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