神様がやっと会えたと言っています~なろうてき女神さま
二十を過ぎたら町中でよく声をかけられるようになりました。
へいへい、ねーちゃんおれらと……ではなく。
エステとか化粧品販売。
当時は景気も下火だし、美容業界もきっと外に出て頑張らないといけなかったのだろうと思います。
ちなみにこの手のは「十九歳ですぅ。」とかいうと、わらわらいなくなったので、未熟な成人を狙ったなにかなのだろうとは思っています。美のプロなのに、相手の……ああいいや。今回は関係ないから言わない。ナイショナイショ。
ちなみにこの頃に一度ナンパされたっ……ざわっ、とか思ったら道案内をお願いされました。
んもう。お願いだから車から声かけるとか、ナンパ風な声のかけかたはやめていただきたい。え、今時のナンパは車は似合わない? 昭和はいい車にのってそれがステータスで、「乗ってけよ」「いいの?」とかそういうのがあったとか無かったとか。知らんですけどね! ええ、そうですよね、最近は車持ってる若者も持ちたいという若者も減りましたものね。
かっけー車でドライブとか、昔の話ですよネー。
おっと、いけない。ダークサイドに入るところでした。
それでまあ。
それも二十代も真ん中くらいで減りました。きちんとした大人だとまわりに見られるようになった証ですね。お子様な自分さようなら、大人の自分こんにちは。でも大人になればもてるだなんて仕事を始めて少ししたらそんなの幻想だって思い知らされましたよ。見るからに可愛らしい同期の子は結婚をして、じきに後輩がハラポテになり……い、いいもん。産休の分のしわ寄せがこっちにきたっていいもん、しらないもんっ。
え、全然大人っぽくないですか、そうですか。
さて三十路に近くになった昨今は、別の用件で町中で声がかかるようになりました。
道がわからない、トイレはどこだ、とか。ペットボトルの蓋が開かないから開けてくれと言われたときは、す、すげぇ、そんなことお願いされちゃうのってレアなのではとさすがに思いました。まあ開けてやりました。腕力は成人女性の平均よりはあるので。
まあ、そういうのはいいのです。親切そうに見えるとか、声をかけやすいとかそういうのなんで。
でも、先日会ってしまったのですよ。
「貴女の背後に悪いものが見えます」
道端で唐突に厨二病な言いがかりをつけてきたのは、二十代中盤からせいぜい四十くらいまでの人たちでした。
二人組の女性であか抜けてないオーラがびしばしでているので、年齢に関してははっきりとは不明です。
この年代はメイクで化けるし、生活習慣とか仕事環境でもかわるから、見た目でこうだっていいにくいのです。うん。私が女子に慣れてないからとかってわけじゃないよ? 一般論だよ。まじで。
既婚か未婚か、頑張ってるか、頑張ってないか、で、見た目と雰囲気が変わってきて、年齢の判別が女性は難しいのです。そのうえ「年齢を聞くとぼこられる」のですから、女性の年齢にはふれてはいけません。
ええ。気持ちはわかりますよ……私だって自分の年齢を詮索されたくはないです。見た目でちょっと老けて見えるので、余計です。大人っぽいよねとかよく言われますが、若さがないってだけだと思っています。
でも、目の前の二人は、頑張ってなさそうな、それでいて既婚者じゃない感じです。
……あの。いくら薄幸そうだからって、なんだって声をかけてきたのでしょうか。私これでもがんば……
ああ、ええ。「薄幸そうだから」ですよね。もう。
だって、あんな言葉を、「幸せそうな人達」にいっても、「は? 何言ってんの」っていわれるもん。
だから、言ってやりました。
「は? 何言ってんの?」
個人的には「目、だいじょぶっすか、病院いかないっすか?」な対応をしたいのだけど、背後に関してはさすがにすこし、注意をしたいもので。もちろん笑顔で前から刺されるとかそういう怖い人生は送ってないよ。まともだよ。
まと……も、うん。まともまとも。きっと。普通っす。
普通に仕事もしてるし、生活に必要なお金も稼いでます。うん。
やましいこともしてないし、借金とかもないし、やっとちゃんと生きています。
まあ、同じ部の課長が気にくわないとかはあるけど、そんなん誰だってあるもんだし、お茶くみを強要されたり、コピーだけの人生ってこともないです。え、部長さんは良い人ですよ? 私の恩人ですし、今でも仲良しです。奥さんとも家族的なお付き合いがあります。浮気の心配もないし、うちの人と仲良くしてあげてねとか言われましたが、さすがにちょっといらっときました。部長の奥さんは嘘がつけない人だから、さらっと言っただけなのでしょうが、あんまりです。
……そういうのを思えば、「悪いものに憑かれているのでは」という言い分は通るかもしれません。
でも、私はこう思うのです。今までのことを思えば「悪いものが憑いている」のなら、もっとひどくなってただろうし、けして努力してもどうにもならなかったのではないか、って。
本当に悪いものがついてるのなら、事故が起きるタイミングはあまたありました。
あそこ、そこも、ああ、あんなときも。出血多量で死ぬとかも普通にありえました。
もちろん幸運で幸せな生活を送ってきた自信はないし、不幸語りでそこそこ周りを静かにさせる自信はありますが、それが全部悪いなにかの仕業でそれを払えば幸せてんこ盛りという短絡思考にはついていけません。
だって、それって、お前がやってきたのは全部無駄な努力だったんだよって言われてるみたいではないですか。
悪いけど、頑張りましたよ私。生きる気力とかあんまりないですけど、いろいろ頑張りました。
世間一般で言う、日常生活は送れるけれど楽しみも無い普通の生活をやっと手にいれました。
「人生には疲れているけれど」「悪いものに憑かれている」だなんてありえません。
「だから、貴女に不幸を及ぼすものが貴女の背後に」
目の前の女性は、こちらが答えたことそのものに喜びを隠しきれないようでした。
不機嫌だろうが、まずは止まってもらうこと。すべてにおいてそうだけれど、こういうことは話を聞いてもらってなんぼですからね。
でも、やっぱりこの言いぐさはいらっときます。
これでも私は現実主義者です。悪夢を自力で乗り越えてようやく普通の生活をしています。
とはいえ、そんな内面はとりあえず心の底にしまって対応を始めましょう。ええ。
「あいにく感じ取れませんが……いるでしょうね。私のような人間にはいて当然です。で? これが悪いとなぜ貴女は判断するのです?」
もう二十年以上付き合っているのですよ、と、背後の見えない存在(?)に視線を向けるふりをします。
当然なんもいません。一時期は「そういうもの」がいるかもしれないし、呪われてるかもとも思ったころもありました。全部そういう超常存在のせいにして、人生を諦めようとしたことも一度や二度ではないです。
そもそも私は運勢のパラメータは低い方です。もちろん主観的にです。ステータスウィンドウなんて見れませんからね。
運否天賦に任せるとたいてい失敗する。そういう星の下に生まれているのは嫌になるくらいわかっています。
私は神を、さほど信じてはいません。
悪いもの、と同じくらい、救ってもくれなかった神のことなど、心底どうでもいいです。
宗教家にとっての神は、行動の規範だったりするのでしょうけど、私はしがない日本の一般人です。神は俗っぽい理由で頼ります。ほんと、何も出来なかった中学生のころは、近くの神社にお百度参りみたいなこともしたものです。
私についているものをはらってくださいと。
無駄でした。
それからでしょうか。なんでも自力でやろうとし始めたのは。あ、自力ではなく、人の力で、と言った方がいいですね。
自分の力だけでは無理ですから、人の力を頼りました。
神の力はアテになりませんから、結局やれるだけをやって、やれることをして、得られる成果をもって今を生きています。
「存在を許されるのは、都合の良い「神」だけだ」それ以外は滅べ。神など滅べよ。あんな願っても、祈ってもなにもしない、できない存在など。中学生の私は普通に神に罵倒を吐いてました。罰当たりですね。
「見えるからです。邪なその顔。ああ。私は貴女のような方を救済したい。我が神もそう仰せです」
こういうパターンも想定済みなのでしょうか。
それともどんな反応をしてもこの常套句をいうのでしょうか。
彼女らは少し酔ったような表情を浮かべつつ、語り始めました。
「我らが神は、人を救うためにこの地へと下りられました。貴女のような方を悪しきものから救うためです」
「下りたのって、あの某超巨大宗教の御方だけですよね。日本の神様は万物に宿るので、あちらそちらにたくさんいるのですよね、元から」
「え、ええ。そういう考え方を持っている方が多いですが、我らが神はその身を神界から落としてまで我らをお救いになろうとしています。ああ、慈悲深いそのお心。我々は幸運です」
どうやら彼女達は西洋圏の宗教にかぶれているようです。日本の信仰は基本自然信仰であって、雷や火、嵐や山なんかにも神様が宿ります。場合によっては巨石などもそうですね。
しかも話を聞いていると、自らを助けてくれる神様を欲するという、ちょっとアレな考え方のようです。ちょっと昔の私に似ているでしょうか。それでも見限らずに信じ続けているというのはすごい精神バランスだと思います。
通常の宗教というものは、戒律による戒めと自制を養うのに使われるものです。
女子高なんかに基督教が多いのは、戒律と貞淑というのがマッチしているからなのでしょう。宗教とは本来そういうものであって、修行すれば空が飛べたり、神様が無限のパワーで助けてくれたりするものではありません。
え、お前も祈ったんだろって? 若気の至りというやつです。若さ故の過ちというやつです。
「ええと……」
「ああ。なんとっ。なんということでしょう。今、我が神は己の眷属の一人を貴女に紹介されました」
「神様がやっと会えたと言っています。貴女の背後の悪しきものを一掃したいと」
おぉ。ここで神様登場か、と思いつつ背後を見てもやはりなにもありません。あるのはただコンクリートの壁ばかりです。
にしてもこのお二方。唯一神系の信仰なのか、神群なのかがよくわからない宗教体系のようですね。感じとしては北欧神話とかそっちなのかな。厨二病なら誰でも大好き、北欧神話。偉いトップの神様が他の神様を斡旋してるみたいな感じなのかもしれません。
そりゃ確かに、一人の神様で七十億人見ます、っていうより一人一人に専用の神様がついた方がサービスとしてもいいですものねぇ。
そういう、即物的な考え方をするのであれば、撃退する方法もあるというものです。
ええ。毒はより強い毒によって圧倒して差し上げましょう。
「ええと、そちらの方。神様とお話ができるのですかっ。それはすごいですっ」
目をきらきらさせながら、一時期覚えたこびっこびの視線を彼女に向けます。もちろんお手々は両手を合わせてなーむー、とはいかないレベルで指をあわせて三角になる感じで。男の人の前でこびっこびな乙女モードをする感じ。
三十路間際……ではなく。もうちょっと若く……見えてると、いいなっ。お願い、神様っ。
「私はいつだって、神様を待っていました。ホントに大変でくだらない現世です。そんな中で人々の中を歩き回るだなんてお二人とも、さぞかしご高名な方なのでしょう。神の声を聴ける巫女さまと、その補佐をする騎士殿。まさかお二人に会えるだなんて」
ぐすっと、嘘泣きをしながら二人の顔を見ると、なぜかとても嬉しそうな顔をしています。
こいつら、まじか……ぼこったら、死んじゃわないといいんだけど。
精神的に追い詰めて自殺とかされたら、こっちも殺人罪になっちゃうのかな、どうなのかな。ちょっと不安です。
周りの通行人から、目を合わせちゃいけませんという空気をひしひしと感じます。きっとこの場面を見たら私でもそうします。
でも、この異空間は我々のものっ。きちんとつきあって差し上げます。どうせ家に帰ってもネット小説読んでおしまいだしね。
「では、巫女様。私はまだ未熟で、神様の言葉は聞けません。なので、通訳してください。『さぁ、なんのチートをよこしてくださいますか。はよっ』これです」
自重はしませんよ。あいつらが言ってきたのです「背後にいる何かがいて、それをなんとかするために神がいる 」と。
で。我らにとって「神」とはなんですか?
不運の象徴たる、背後のなんかもぞもぞしたのを散らしてくれる存在じゃないよね。
死んだらチートくれて、異世界に送ってくれるだけのものですよね?
王様が「どうのつるぎ」をくれたり「しんでしまうとはなさけない」とかで復活させてくれたりするのと同じで。
えええっ。本来は「人の信仰が生み出した心のよすが」だそうです。
知ってましたけどね。調子に乗っただけです。
だって、神様が不幸から救ってくれるーとか言うし。そりゃ、男ひでりなこのご時世を何とかして欲しいです。神様だったらなんとかなるかな、赤ちゃんとかの話も。あそこら辺はホント、こうのとりがどうのーとか神の領域じゃないですか。
不妊外来を見ててもほんと、なかなかできなくて、諦められなくて。大変そうです。
それ、私も諦められない感じでぼやぼやしてるわけですが、あのドクターったら、すまん、無理とか冗談まじりに頭をさげるものだから、まーそうですよねと苦笑を返すしかできなかったです。
まあ。でも「そんなことを叶えてくれる神様はいません」いつだって不可能を可能にするのは、人の手と知力と技術です。あと三十年もあれば、私が抱える不妊の悩みも何とかなるかもしれません。みなさんが変な神様に依存して現実放棄しなければですが。
え、そのころ私は結婚適齢期も、繁殖適齢期も過ぎてるので、子供をどうこうっていうのは望めませんよ?
技術による空白地帯というやつです。ま、諦めてますよ。
そうそう。ぽかーんとしている、自称神の声が聞こえる人を放置でした。しっかりと対応しないと。
「え、と。チート? 何をいっているのです?」
「神様の声が聞こえるのですよね? なら、絶対、チート。全力でチート。溢れるほどにヒート、本気でチートのはずです」
「……え。ええ。その」
肯定的な声をもらすものの、彼女はこちらが言っていることにまるっきりついて来れないようで、それこそ「なにこの厨二患者はなにいってんの」的な表情をしていました。
新興宗教やってる人に、その視線をもらっても……なんか切ないなぁ。
うーむ。なら少しだけ話し方を変えてみよう。
「あなた方は神様と繋がっているといいましたよね。なら、伝えてください。肉体変化系がいいです。細胞一つ一つを自力で設計したり細胞の再生とかも。もちろん望んだ形ですよ。がん細胞が無限再生とかたまらないですし。専門のゲノムがどうのーとかじゃなくて、ふわっとしたイメージで望む感じにできるの希望です」
「いや、だから、あなたはなにを……」
「え、わからないですか? 神は出会ったときに恩寵をくれるものです。通常は異世界にいかせる申し訳なさにでてきてチート能力をくれるものですが、いまそこらへんにふよふよ居るんですよね。なら、ください。さっさとください。ひたすら下さいチート。さあ、はよ」
「……う」
二人があからさまに、たじ、っとしました。こいつ頭おかしーからどうしにかしないととも思ってるのかもしれません。
でも、彼女らは言いました「あなたの背後に神様いるよ、やっと会えたよ」って。そりゃダメ元でコンタクトしなきゃでしょう。
それくらいには、私は神狂いだもの。だから無駄なのもわかっているけれど。
「反応はまだなんですか? 神様いるんですよね? ぜんぜんチートを授けましたっていうウィンドウとかもでないし、みなさんのステータスとか見えないし、身体能力もあがらないし。レベル? そもそもこれがないとチートが手に入ったかどうかわからないじゃ無いですか!」
「す、ステータスって……えっと、高級車乗り回したりとか、お金持ちがやるあれですか?」
一人の方がそう言いつのった。もう宗教家としてではなく、素で答えてますよねこれ。
うん。「ステータス」の和訳としては「社会的地位」「身分」「事情」「事態」「状態」を示すというけれど、一般的には、社会的地位をしめす用語ですからね。
ゲーム世代的には「性能をしめす文字列」なんだけれど。そこらへんはカルチャーショックでしょうね、お嬢さん方。最近は女子でもRPGとかやるはずなんだけどな。
「身体的な能力を数値化したものです。神様はそういうことができるという言い伝えです。半透明のエフェクトがでて、そこにレベルが表示されて、生命力だとか精神力だとか、なんと運までステータスで見れてしまう優れものです。ああ、他の人のステータスものぞき見できるようにお願いしますね。はっ、もしかしておねーさんたちは、それを持っているから私の運のパラメーターを見て、こいつはやばいと声をかけてくださったのですね」
「ぱらめ……えと、なんのことやら」
あ。ホントにゲームとかやったことありませんって感じの人だ。補佐役の方の人が困惑したような顔でもう一人にすがるような視線を向けた。
「……神様は、貴女とは縁が無かったと去って行かれました」
まじか。なんてね。どうせもともといないんだろそんなもん。
いくらなんでも、こちらの反応が荒唐無稽すぎて、対処に困ったからさっさと帰ろうといったところだろう。
でも、彼女達はそこでは折れなかった。
「けれど、我々ときて、一緒に研究をすれば、ふたたびかの神とまみえることができます」
「神自ら貴女の背後に立ったのです。この縁はぜったい放してはいけません」
なぜか饒舌にねーさんたちは語り始めました。さっきのところで方向転換というか「くぎり」をしたのでしょう。
もともと彼女らには話のストックがあって、「けれど」でつなぐか「なので」でつなぐかは相手次第というところでしょう。
もちろん、ここまで「けれど」でつなぐ人もいないのでしょうが。
通常、批判的な相手は、すぐに帰るとか、話を聞いて貰えないとかでしょうし、ここまでしっかり話を聞いて、「変な妄想を垂れ流す」人もいないでしょう。うん、ともすれば自分達の同類になるかもと思えば、信者ゲッツのために頑張るかもしれません。
はぁ。面倒臭い。私はこれでも新作男の娘本を読むのに忙しいのですよ。全体の六十分の一しかでてこないですが。どうせあの手の話をメインに据えた話なんて少ないのですよ。
「ええとう。で、結局チートはもらえないので?」
しょぼんとした演技で二人を見上げるととても微妙そうな顔をされました。
こいつ、ホントにうちの宗教団体の金づるになるのかなとでも思ってる……かどうかは知りません。
それ以前で、頭おかしいとか思われてる……んじゃないかな。
でも、チートは大切だよね、みんな! 死んでからでも喜ぶチートがこっちの世界で神様が生きたままにチートくれるとか、すごくない? みんな死ぬの前提で賢者とか勇者なのに。
行ったり来たり系の醍醐味って結構そういうところもあると思うのですよ!
けれども、二人のうちの一人はぽんぽんと、肩をたたきながら、まるで可哀相なものを見るような慈愛にみちた笑顔を浮かべてこういった。
「ええと、その。神様は、そういう存在ではないのです」
「へ?」
間抜けな声をわざとだした。知ってるよ。神なんざなんもしねーよ。
祈っても願っても、神なんざ、紙のたしにもなりゃしねぇよ。
必死に努力をして、人事を尽くして天命を待つ。神が起こす奇跡はいつだって「ちょっとした一押し」であって暴虐的な力を与えるものではない。
おっと。口調が荒くなってしまいました。昔の血が、というやつですね。
淑女たるもの、少しは大人しく相手の話を聞かなければなりません。
「確かに神は貴女を見守る力を持っていらっしゃいます。悪いものを滅する力もあります。けれども神はただ与えてくれるものではないのです。神を信じ奉仕をした上で、奇跡を与えてくださるのです」
「私たちの神は、与えてくださいますよ。死んだ後ですけどね」
「えっ……」
サブの方の人の表情が一瞬変わりました。なんでしょうかね。自分の信じてる神様より有用そうとか思った感じなんでしょうか。
「私たちの神は、不慮の死を起こした人に奇跡を与えて、異世界に転生させてくださいます。もちろんそれは全員ではありません。異世界も手狭ですしね。不慮の事故でとか、不遇でどうしようもなく死んでしまった人達だけにチャンスが訪れると言われています。成功者は他の神様に任せるそうですよ。案外「こっちで上手くやれる」人はそのまま輪廻転生するんじゃないですかね」
この世界で上手く行かなかった人にこそチャンスが来るのが異世界転生とチートだ。
そういう話をもっともらしく言ってやると、サブの人の表情がさらに輝いた。
あ、ちょっと興味もっちゃいましたか、そうですか。そうですよね。
不遇だから神に祈るのだものね。何をやっても上手く行かないから、神頼みするのですものね。
死後に最強チート付き転生権が手に入るのなら、神様の乗り換えをしてもいいのではないでしょうか。
「チートというのは?」
「裏技というか超常的な力というか、そういうのです。不遇で苦労をした人生に対するちょっとしたおまけみたいなものです。いろんな能力が与えられて、たいていは新しい人生を謳歌しているようですよ」
前世の記憶が残っているというだけで、相当な知識チートですしねと付け加えるとメインで話をしていた巫女さまのほうも食いついてきた。
「あ、あのっ。異世界っていうのは具体的にどんな感じなのでしょうか?」
「……そうですね。私も読んだだけなのでなんとも言えませんが、たいていは中世ヨーロッパ程度の文化レベルで、一般的な中等教育まで受けていれば、賢者扱いですね。努力しないでもほどほどの水準の暮らし。頑張れば大英雄とかになれるみたいです」
おまけで、それって……と愕然と呟いている姿が痛々しいことこの上ないです。
ええと、今言っていることは、堕落を促す悪魔のささやきに似ています。
けれども、さらに似ているといえば、浄土思想も似たような感じだったかと思います。
南無阿弥陀仏と唱えれば、文明開化の……ちがう。歴史苦手だけど、コレは違う。
浄土思想。南無阿弥陀仏と唱えて死ねば、極楽浄土という「異世界」で幸せに過ごせるという考え方です。
流行はリバイバルするといいますけれど、千年経っても庶民は厳しい生き方をしていて、追い詰められるものなのでしょうね。まあ、かつての農民さんは現代人の生活よりもやばかったとは思いますが。
今はなんでかんでで、セーフティーネットがありますからね。ひもじくて極楽を求めるとかっていうご時世ではないので、そのままのリバイバルではないのでしょう。
とはいえ、どのみちこの世は生き地獄という感じ方をしている人達はそれなりにいるということかもしれません。私も割とそう思っていますからね。
「あ、あの。貴女はそれをどこで知ったのですか?」
そんな存在がいるだなど、我々ですら知らなかったのにと、彼女達はもうこちらのペースです。
なら、最後に大きなペテンをしかけてやりましょう。
「異世界に行った方々の体験談が乗っているサイトがあるのですよ。異世界でたくましく生きている人のお話です。きっと女神様が観察日記でもつけてるのでしょう」
ほら、これです。
スマートフォンに表示されていたのは、お馴染みなろうのトップページです。そこで「テンプレ 異世界」と入れれば完成です。ほら、たくさんの「死んじゃって異世界で成功した人の話」が出てくるではないですか。
「途中エタ……いえ、報告が無くなってるのは、なんらかの事情でピンチを迎えちゃってたり、その異世界との距離が遠くなっていたりするからかもしれません」
「まぁ、こんなに多くの方が転生を……でも、貴女はさきほどこちらで上手くやれてる人は権利がないということをいっていましたが、みんながいけるわけではないのでしょう?」
「ええ。一億人に一人くらいではないですか?」
「たったそれだけ……」
その数をきいて、思い切りサブの人はしゅんとなりました。なんせ日本人の中で一人という計算です。そりゃその確率の低さにはしょんぼりもするでしょう。
なので、言い方を変えます。
「全世界のうちで七十人に一人の確率で死んだら異世界にいけるのですよ? まあ我らの神様を信じているのが前提となれば、なおさらその率は上がるかもしれませんね」
リア充も除外ですからさらに、良い感じかもしれませんと言うと、おぉっ、と二人は目をきらきらさせ始めた。
数字の表示の仕方における印象操作というのは本当にけったいなものだと思います。
「あのっ。いせかいちーと、なるものを得るためにはどうすればっ。なにか条件があるのですよね」
目がまじです。異世界の転生チートの魅力ったら半端ないです。
でも、さすがにこのまま放置したらこの人達はこのまま電車にダイブとかしかねません。それはいけません。寝覚めも悪いしなにより、帰宅できなくなります。
「いろいろなパターンがあるようですが、懸命に生きてそれでも報われなかった人に舞い降りる幸運だとか。異世界の体験談にもありますが、自殺してチートをもらった人はいませんから、そこらへんは絶対にやっちゃ駄目ですよ」
はい。私もそれなりにいろいろ読んできていますが、たいていが病死か事故死か老衰です。迷い込み系もありますが、自殺してっていうパターンはあんまり見ません。もちろんネガティブな話に人気がでないだけで、あるのかもしれませんが。これを伝えておけば無茶なこともしないでしょう。
「懸命に……生きる」
「はい。まずは神にすがらず自分で出来ることをし、人から必要とされることをしてみてはいかがでしょう? そうすれば悪しき存在に運命を握られていようと、たとえ最後まで上手く行かなくとも、チャンスはあります。実際私もそうやって必死に生きてきました。背後に悪いものがいるそうですが、これでもなんとかやっています」
敢えて、最初に絡んできた背後の存在を強調するように喋る。
薄幸そうな私が、そんな心持ちでいるとわかれば、彼女達も考え方が変わるのではないでしょうか。
「でも、それで成功してしまったなら、異世界ちーとは手に入らないのでは」
おっと、鋭いですね。でもそこもちゃんとカウンターはご用意してあります。
「本来異世界チートは報われない魂の救済です。だから現実で成功するのが一番なのです。異世界チート? 手に入らなくてもこちらで幸せが手に入るならそれでいいではないですか」
「……そう、そうですよね! どちらにしたって頑張れば報われる。なんだか数年の心のつかえが取れたようです」
一人は完全に落ちたようです。さぁもう一人もさっさと口車に乗ってください。ころころ運んで差し上げますよ。現実世界にね。
「まって。これは悪魔のささやきよっ。そんな都合のいい話なんてないわ。私たちの神はこう言っている。現世で神の言葉を伝えて救済をもたらそうって。そういう努力こそが神に認められて私たちは幸せになれるの」
「貴女の幸せってなんでしょうか? 人の手ではどうしようもないことなのですか?」
「ええ……そうよ。私には息子が居た……でも、あの子はもう……」
うぐっ。このおばちゃん子供いたのか……なんか全然もてそうにないのに、世の中不公平だと思う。はいはい、どうせ私には背後に悪しきものがついてますよーだ。くすん。
「神父さまはおっしゃったわ。善行を積んでいけばいつか息子さんがいる場所にいける、と。でも貴女の話では不遇な最後を迎えたら異世界で転生ですって!? あの子はもうこの世界にはいないと」
それでは、もうあの子には二度と会えない、と巫女様扱いした相手はよろよろと壁に寄りかかった。
なるほど。それで宗教にはまってしまわれたのですね。なら、こちらも言葉を重ねるだけです。
「家族で一緒に転生っていうのも有ったように思います」
「へ?」
その一言で彼女はきょとんと目をまんまるにしていました。
お子さんのこと大好きで、そこまで騙されてしまったのですね、可哀相に。
だったら、それもなんとかしようではないですか。
「お父さんと娘とか、そういうのですね。関係性は変わったりすることもあるのですが、どうやら親子の縁みたいなので見ればわかるみたいです。まっとうに生きていればもしかしたらチートの範囲内でそういうのも可能かもしれません」
「私は……またあの子に会えるのでしょうか……」
「きちんと生きていれば、です。それに息子さんは異世界転生してないかもしれません。女神さまが現れて転生するかしないかを聞いてきたりもしますから。お母さんとの思い出がしっかりあるなら、この場所を選ぶかもしれませんね」
そこらへんは、女神さまに会ったときに聞いてみればいいと思います、というと、彼女はわしっともう一人の女性に抱きついた。
もう、滂沱の涙っていうのはこういうのを言うのかもしれませんね。
はぁ。この年で女の子を泣かせてしまいました。え。四十過ぎても女性は女の子ですよ?
ましてやあの二人はそれ以下でしょうからね。
二人はそのまま仲良く、町中に消えていきました。新しい教えを胸に生きていきますと。
良かったです。これで迷える子羊が少し減りました。
さて、私もそろそろお腹が減ってきました。おうちに帰ってご飯にしようではないですか。
「あの……おねーさん。さっきからずっと聞いてましたが……」
さて、ときびすを返したところで、若いおにーさんに声をかけられました。若いと言っても社会人でしょう。着慣れないスーツ姿という感じです。
「なんでしょうか」
「なろう教で宗教勧誘を撃破とは、さすがに笑いました。ブックマークと評価つけてあげます。3:3でいいですよね」
どうやら、なろうユーザーさんだったようです。異世界だチートだと言っていたのを聞いてピンと来たようです。
そんな彼は苦笑気味に、ポイントをつけてくれました。どうやら彼は平均点を最初につけるタイプのようです。
「うわ、しわい評価だなぁ」
「今後の展開次第ですよ。彼女達が復讐にきたりとか、後日談とかそういうのを見た上で」
初回は満点はつけない主義、と言われてこちらも苦笑を浮かべます。
残念ながら、今後の展開はない……と思いたいです。あちらの神父さんがでてきたり説教を受けたりとかしたら、とても嫌です。努力して生きてはいますが、基本は転生チート欲しい部類の人ですからね。楽はしたい。
「でも、これ短編だし……」
「それは、残念だ。それでおねーさん。これから時間あるかな? ちょっとお茶でも一緒にどう?」
初めてナンパされてしまいました。しかも年下の男の子です。
その後私たちはネット小説の話で盛り上がりました。
もしかしたら、先ほどの彼女達が連れてきたという神様が上手いことやってくれたのかもしれません。
転生チートも良いけど、やっぱりリア充なのがいいですよね。え、爆発しろって?
でも、私の困難はこれからなのですよ。ああ、ほんと。
転生チートで細胞をいじれる能力が欲しいこの頃です。
思いついたときはもうちょっと軽くいけるーって思ったんだけど、浄土真宗あたりがでたあたりで、やべ、重っ。みたいな。今のご時世あの当時とかわんねー心理状態なんすかーと、がっくりきました。
私自身、アルコール依存で、生きてくのたいへーんな感じーって思ってるんで、割と34歳で転生とか、憧れはするんですね。テンプレは憧れ。
でも、現実でなんとかできるなら、って非テンプレを書いてます。
このお話の主人公は転生者ならぬ、転換者です。ええ、性別のですよ。
チートは望んでも現実で生きねばならないと、いうことでね……orz
ちょっと70億人で思ったのですが、転生ものでも「別の国から転生したまったく価値観の違う転生者」とかがライバルキャラで登場とかしたら、良い意味でのブレイクスルーになるのかなぁなんて思いましたが、手持ちの作品でいっぱいいっぱいです。
きっちり毎日更新できてる皆さまはすごいと思います。




