スター・スクリーン
1
星が輝く夜空のように、そこは私にとって特別な空間だった。
皆様、映画館というものをどう感じるかしら?
嬉しい? 楽しい?
それとも、ドキドキする? ワクワクかしら。
そうね……。その頃、まだ十歳にも満たなかった当時の私としては、ちょっと怖かったのを覚えているわ。
だって、暗いものね。
子供心に、黒い場所というのはとても怖いことだわ。お化け屋敷――を引き合いに出さなくても、身近なところでは夜の学校なんてものがあるし……それに、そうね。あまり分かってもらえないかもしれないけど、暮れていく帰り道なんてものもすごく怖かったわ。
他の子たちと、秘密基地で散々遊んで。時間を忘れてしまってから、気がついたらもう遅い時間――。不安よね。急いで帰りはしたけど、走っていく自分の影がやけに細く感じたわ。
それと、同じね。
私にとっての、初めての映画館は。
『平日のペア割引は安いな。半額で入れたよ』
『でも、仕事帰りにわざわざ寄るのも手間じゃない? これが売り出し中の四谷監督と、女優の九条小百合の作品じゃなければ帰ってたかも』
今。私は、そんな思い出の映画館に来ている。
前に座ったカップルのヒソヒソ声がするが、これはまだ映画が始まる前の時間だからだ。ちょうど、当時の私もこの雰囲気が落ち着かなかった。
祖母に手を引かれて、やっとで歩いた通路の細かったこと。今でも覚えている。
席に着いてから周りの大人たちが静かすぎたのも、子供心には不気味だったし――それに、その五分後には、証明が落ちちゃうんだもの。びっくりしちゃった。
でも――。
そう。あの光景だけは忘れない。
照明が落ちてから天井に残った、青い星空のような輝き。
わずか数十秒間。
いえ、もしかしたら数秒にも満たないかもしれない。
でも、その星空のような光源の残照は――まだ子供心に『怖い』という感情しかなかった私の心を、幻想的な風景としてつかんで離さなかった。
――キレイ。
強烈な感情。でも、それで『映画館』は終わりではなかったのだ。
私にとっての夢の国は、それから多くの物語を私に見せ続けてくれた。その日だけではなく、その後も。いえ、何十年もの長い歳月にわたって、この私の気持ちを瑞々しく満たしてくれた。
思うのだ。
私は、ここが好きだったことを。
そして、最初に手を引かれてこの場所に座らされた私を迎えてくれた――その一本目の映画が、当時は大女優だった祖母が主演して飾ってくれたことを。
そろそろ、照明が落ちる。
控えめなブザーが館内に響き、それから前に座るカップルの話し声のトーンも低く。そして、少しずつ消えていく。
映画が、始まる。
私が右手に握った『小さな手』の主が、先ほどから何度もカップルが話す会話の、その内容に反応して――声をかけてくる。
詳しくいうと、その中に出てきた名前だ。
「――ねえ。おばあちゃん。その人たちがいっている、『九条小百合』って――」
「……しーっ」
映画が、始まる。
私は自分にそっくりな目をした子供に指を動かすと、光の落ちた映画館の天井を見上げた。
そこには、昔と変わらない。
青いダイヤのような美しい星空が広がっていた。
映画が――始まる。
今度は私を育ててくれたいくつものフィルムの思い出ではなく、私から大切な人へと。その記憶を残したいものだった。
映画館は素晴らしい。
今も、昔からも。
そして、今。スクリーンに映る女優は。
他でもなく。この私なのだ。