■十話
そんなわけで、今僕は馬車に揺られています。
自動車とか電車とかに慣れた現代っ子としては少々乗り心地に不安があったけれど、いざ乗ってみるとゴトゴトと揺られながら移動するのは思いの外楽しかった。
まあ、乗り物酔いする人にとっては最悪の乗り心地なんだろうけど。
だがまあ、今はそんなことどうでもいい。
そう、どうでもいい。自分で上げといてなんだが。
皆さんは、馬車と聞いてどんな物を想像するだろうか。
モノから中世ヨーロッパ風の世界だと聞かされていたため、僕は昔のド●クエに出てくるような、言っちゃなんだが物置のような質素な内装の馬車を想像していたのである。
ところが、その予想は見事に裏切られた。
「…………」
馬車の中はなんとゆうか、まんま“部屋”だった。
窓には人目を避けるためか厚めのカーテンがかけられており、テーブルやら椅子やらの家具もそろっている。驚くことにベッドまであった。
揺れるせいか置物的な物はなかったが、床はピカピカに磨き上げられているし、広さは僕が住んでいたマンションのワンルームより広い。
……ここはどこのホテルですか。
そして今この部屋には、僕の他に護衛のための勇者、そして喚んだ張本人である姫巫女さんがいる。
マーガレットさんは椅子に、クリストフは扉の横に佇み、「自分達は空気とでも思っていてください」と言わんばかりに微動だにしない。
しかし、なんと言うか、まあ……
空気重っ!!
初対面の人間が同じ空間で黙り込んでいることの空気の重さったら!
僕は現在マーガレットさんのマントを羽織った状態で、びっくりするほどふかふかしたベッドに腰掛けている。
本当このふかふか具合にはびっくりした。干すのを面倒臭がったうちの煎餅布団とは大違いでした。
揺れるの無視してここで一泊してぇ。
この空気から逃れる手として、このまま寝てしまうのもありではある。
だがしかし、僕はこの重苦しい空気を無視して眠りにつくことができるのか。
答えはノーだ!
ならばこの空気を打破するべく、行動を起こさねばならない。
すなわち、今ここにいる二人と交友を深めることである。
てゆうか、今後のことを考えると、早々に味方を作っておいた方がいいよなぁ……
ちらと二人に視線を向けると、相変わらず微動だにしていない。
声かけづらっ!
いや、頑張るんだ僕!話しかけろ!諦めたらそこで試合終了ですよ!!
「あ、あのー……」
つかさ は ゆうき を だして こえ を かけた !
「は、なんでしょうか『勝利の神』様」
しかし なに を いうか かんがえて いなかった !
うおおおおおおおおおお駄目じゃねえかああああああああああ!!
声をかけることに必死で何言うか考えてなかった!
考えろ!考えるんだ!必ず突破口はあるはずだ!
「えーと……王都まであとどのくらいで着きますか?」
なんとか話題を捻り出す。
よし!よくやった僕!頑張った僕!
この程度で頑張ったの?とか言わないで!!
「あと五時間程かと」
クリストフが答える。
五時間かよ!長っ!
しかし、自動車や電車がないであろうこの世界にしてみれば、これが普通なんだろうな。
そう考えると元の世界スゲー。
魔法はなくてもテクノロジーが発達してるってゆうのも、もうテンプレだよね。
「そうですか。わかりました」
それまで暇だなぁ、と小声で一人ごちる。
本心は、それまで(この空気は)つらいなぁ、なのではあるが。
何か話せる話題はないだろうか。
「『勝利の神』様」
「はい?」
お、なんか向こうから声かけてきた。
「我々に敬語は不必要です。我々は一介の人間に過ぎませんが、『勝利の神』様は神で在らせられます。神が人間に敬意を払うなど、とても恐れ多いことにございます」
そう来たか……いや、予想できなかったわけじゃない。
むしろこれはチャンスだ。
敬語だのなんだのの話で現地の人と親交を深めるのは、異世界トリップ物でよく使われる手でありながら、中々使える手段でもある。
いや、使えるからよく使われるのだろうが。
さて、そんでは二人をこちらに引き込むとしましょうか。
「別にそれは構いませんけど……それじゃあ、お二人とも僕のお願いも聞いてくれませんか?」
僕の言葉に、話に加わっていなかったマーガレットさんも僕に目を向ける。
「は、なんでしょう」
「二人とも、僕に対する敬語をやめてください」
二人の目が、驚愕に見開かれた。
「そ、そんなことできません!」
「二人が敬語やめないなら、僕もこの口調を変えるつもりはありません」
「しかし……!」
まあ、信仰心の深い人からしたら当然の反応なんだろうね。
ここで「神命令です。拒否権は無し!」とか言ってもいいのだが、少々訊きたいことがあったので、ついでに訊いてみることにする。
やや国家レベルでの込み入った話になってしまうが、味方に引き込むのならこれぐらい腹を割った方がいいと思った。
「それじゃ訊きたいんですけど、二人ともベクトリアのことどんな風に思ってます?」
「どんな……とは」
「ベクトリアが現れたことにより、この世界にどんな影響を及ぼすと思うのか。以前ベクトリアが現れた時、人間と魔族の戦争はどうなったと聞いてますか?」
僕の問いに、クリストフが律儀に答える。
「以前『勝利の神』様がご降臨なさった時は、人間側と魔族側の、それぞれお力をお貸しくださった側の勢力を勝利へと導き、戦いの勝敗を意のままに操ったと……」
どうやらモノが言ったことは本当だったらしい。
いや、信じてなかったわけじゃないけど、いきなりあんな話されれば、ねぇ?
「なら、ベクトリアが人間側についたら、どうなると思いますか?僕が人間側に来た時、お二人ともどう思いました?」
「『勝利の神』様が我々人間にお力をお貸ししていただけるのであれば、人間側はこの戦いに勝ったも同然。魔族勢力に勝利するため、我が国の国王も国民も『勝利の神』様がご降臨なさるのを心の底から願っておりました」
「同じく。『勝利の神』様のお力により国民が救われるのであれば、これ以上に望ましいことはありません」
「まあ、そうだろうね」
おっと、うっかり口調が戻ってしまった。
まあ、いいか。
自分で変えないとか言っておきながら何だけど、少し穏やかさを欠いた話し方をした方が、内容的にいいのかもしれない。
向こうからしてみれば、下手をすれば『神』の機嫌を損なうどころじゃない話なのだから。
二人は僕の質問の意図が理解できていないようで、困惑したような顔をこちらに向けてくる。
「つまりね、『神』は戦争の道具ってわけ。そうでしょ?」
世界史の勉強をしていれば、嫌でも理解する。
元の世界で、どれだけ“偉大な神の名の下に”戦争が行われてきたか。
“偉大な神の名の下に”どれ程の殺戮が行われていたか。
神への信仰のない身であるから、はっきりと言える。
宗教は、政治の道具である。
どんなに非道な行為も、“神の名の下に”あれば、正当化されてしまう。
もし、『神』が人間側に味方したとして、それに驕り昂った人間が不必要に魔族を虐殺しても、全ては“神の名の下に”よるものであると、『神』に味方された自分達が正しくないはずがないと、そう言って全てを正当化してしまうだろう。
さらに言うと、戦争が終わったあと『神』の存在を傘に着て、魔族にもっと酷いことをするかもしれない。
まあ、これらは魔族側にも言えることなのかもしれないが。
つまり、『神』は道具。
自分達が勝つための。自分達の行動を正当化するための。
「何をおっしゃるのですか!」
マーガレットさんが、弾かれたように椅子から立ち上がる。
「『勝利の神』様は道具などではありません!」
「でもそうでしょ?例えば僕が魔族側についたとして、魔族の軍が民間人にまで虐殺を行っても、『神に味方された自分達が正しくないわけがない』って言えば、それは本当に正しい行為になっちゃうよ。それに僕がついたら勝利は約束されたも同然みたいだからね。魔族が戦争に勝ったあと、人間の領土を荒らしたり人間を奴隷にしても、一言『神の名の下に』と言えば全て正当化されるよ。元々、正義なんて武力による勝敗で簡単に変わるし」
「それは魔族側の話で……!」
「人間側がそれをしないなんて言い切れるの?」
「…………ッ!」
反論できずに黙り込むマーガレットさん。
クリストフも言う言葉が見つからないようで、絶句の表情で僕を見つめている。
とりあえず、二人がしないと言い切るような阿呆じゃなくてよかった。
言い切ってたら軽く蔑んでたわ。
国の重要人物が何甘いこと言ってんのかと。
「人間の全員が全員そんなことをするとは僕も思ってないよ。でもね、『神』は人より上にいて、崇められるものでしょ。そんな便利なものを、ちょっと悪い方向に頭が回る人が利用しようと思わないわけないじゃない。少なくとも、僕がここに来る前いた世界ではそうだった」
あくまでだったと思いたいけどね。
それでも、ちょっとしたことで簡単に現状は崩れ去るだろうけど。
「だからさ、味方を作っておきたいんだよね」
そこで、僕はようやく本題に入る。
本当はもっとあれこれ言ってもいいんだけど、これ以上この二人に言っても仕方ないだろう。
「僕が『神』だからとか、そんなの関係なしに信頼できる味方をね。私利私欲に走るような奴にいいように使われたくなんかないし、かと言って僕にはこの世界に来たばかりで味方はいない。人間領を出れば済む話なのかもしれないけど、そうやって逃げ続けたって何かが解決するわけじゃない」
モノにはどっちにも味方しない選択肢もあると言われたけど、いきなりそれを選択するようなことはあまりしたくない。
今まで人として生きてきた以上、誰かと関わりを持っていたいのである。
「難しいかもしれないけど、もう少し歩み寄ってほしいなー……この世界で、一人きりはつらいよ」
言うことは言った。
あとは相手のリアクションに合わせて対応していけばいい。
さて、どんな反応をしてくれるかな。
まあ、二人ともいい人みたいだからそんなに悪い反応はしな……って、何故にマーガレットさんは泣いているのでしょう。
え?え?なんで?僕なんかまずいこと言った?(汗)
理由はわからないけど、女性を泣かせてしまったのは非常に心苦しい。
てゆうか、慣れてないから焦る。マジで焦る。
え!?マジで僕なんかした!?
本当のことを言ったつもりだったんだけど、ちょっと意地悪し過ぎた!?
テンパッた時の癖で動けずにいると、マーガレットさんはボロボロ涙を零しながら僕に近付いて、そっと僕の手を取った。
「……大丈夫です『勝利の神』様。私達がついています。私達は決して貴方様を裏切りません」
続いてクリストフが扉から離れて近付いてくると、おもむろに僕の前で膝を折った。
「我々を信頼してくださり、有難うございます。どうかご安心ください。『勝利の神』様は、必ず私がお守り致します」
……あの、なんか二人ともすごく真摯な視線を向けてくるんですが。
僕こんな目で見られるようなこと言った覚えないんだけどなー……
「ど……どうもありがとう」
予想外の反応にしどろもどろになりながらそう言うと、二人はしっかりとした眼差しで僕を見返してくる。
なんかよくわかんないけど、お礼言っても恐縮されなくなったからいいか。
この時二人が、僕の想定していなかった決意を固めていたことに、僕が気付くことはなかった。
なんか今回シリアスになりましたね。
二人が固めた決意に関しては後日。




