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第7話

四月。桜が散り、新緑が芽吹く季節。 航は三年生に、陽葵は二年生に進級した。部室の窓から見える校庭は、新入部員を奪い合う各部の勧誘合戦でごった返している。


しかし、「地域歴史調査同好会」の部室には、重苦しい空気が漂っていた。


「……まずいな。このままだと、来年で廃部だ」


航が、生徒会から配られた『部活動規定改定のお知らせ』を片手に、眉間に深い皺を寄せた。 規定には、「三年連続で新入部員がゼロの場合、同好会は解散とする」と明記されていたのだ。航が入部した年、陽葵が入部した年、そして今年。もし今年誰も入らなければ、陽葵が三年生になった時、この場所はなくなってしまう。


「陽葵さん。僕が引退する七月までに、なんとしても新入生を確保しないといけない。君一人に、この場所を守る重荷を背負わせるわけにはいかないからね」


航は真剣な眼差しで陽葵を見た。眼鏡の奥の瞳は、後輩を思う誠実な先輩そのものだ。


しかし、対する陽葵の心境は、複雑怪奇を極めていた。 バレンタインの歴史的敗北を経て、彼女の航への恋心は、もはや隠しようもないほど肥大化していたのだ。三年生になった航の、少し大人びた制服姿を見るだけで心拍数が上がる。


(廃部は困る! 絶対に困る! でも……)


陽葵は、チラリと窓の外を見た。キラキラした新入生の女子たちが、楽しそうに談笑している。 もし、あの中の誰かが入部したら? 狭い部室に、もう一人女子が増える。週末の調査は三人体制になる。航が、自分以外の女子に、あの優しい笑顔で歴史の解説を始めるかもしれない。


(……やだ!)


陽葵の脳内で、緊急警報が鳴り響いた。 同好会の危機よりも、自分の恋の危機の方が、今の彼女にはよほど重大問題だった。


「えーっと、部長? 無理に人を入れなくても、その……少数精鋭ってことで、このままでも良くないですか?」 陽葵が上目遣いで提案する。


「何を言ってるんだ。規定だよ、規定。それに、賑やかな方が楽しいだろう?」 航は全く意図を察していない。「よし、まずは勧誘ポスターの見直しだ」


航がホワイトボードにポスターの案を書き出した。


案A:『君も歴史の証人にならないか?』 案B:『フィールドワーク中心! 体力に自信のある方求む』


「うーん、これだと硬いかな。最近の子は、もっとこう、映える要素がないと……」 航が悩んでいる。


ここが勝負どころだ、と陽葵は直感した。絶対に、女子が寄り付かないポスターにしなければならない。


「部長! 私に良い案があります!」 陽葵は自信満々に手を挙げた。


「お、さすが現役二年生。どんな案だい?」


陽葵はホワイトボードのマーカーを奪い取り、力強く書きなぐった。


『求む! 藪漕ぎの達人!』 『主な活動場所:マムシ注意の山林、崩落しかけの廃道』 『特典:謎の虫刺されと、筋肉痛(毎週)』


書き終えた陽葵は、ドヤ顔で振り返った。 「どうですか! これなら、生半可な気持ちの人は寄ってきませんよ!」


航は絶句した。 「……陽葵さん。これは勧誘ポスターじゃなくて、警告看板だよ。誰も来なくなる」 「ええっ!? すごく楽しそうなのに!」


陽葵は本気だった。彼女にとっては、航となら藪漕ぎすらデートコースなのだ。しかし、航は深い溜息をつき、無難な『初心者歓迎! 街歩きしませんか?』という文字に書き直した。陽葵は頬を膨らませた。


昼休み。二人は校門前で新入生へのビラ配りに立った。 航はその長身と眼鏡で知的な雰囲気を醸し出しており、意外にも新入生の女子からの注目度は高かった。


「あの、先輩。この部活って、どんなことするんですか?」 早速、可愛らしい一年生女子が二人組で航に話しかけてきた。


(来たわね、恋のライバル!) 陽葵のセンサーが反応する。彼女は瞬時に航と女子生徒の間に割って入った。


「あ、ごめんねー! うちの部長、今ちょっと石碑の拓本整理で忙しくて!」 陽葵は満面の、しかし目が笑っていない笑顔で女子たちを威圧する。


「え? でも、今ビラ配りを……」 「あとね、うちの部活、入部条件が厳しいの! まずはこの街の古地図を暗記して、あと体力テストで……」 「陽葵さん、そんな条件はないよ」 航が後ろから訂正するが、陽葵は聞こえないふりだ。


「とにかく! 部長は私と……あ、いえ、同好会の活動で手一杯だから! 他を当たってね!」 陽葵が謎の気迫で追い払うと、女子生徒たちは「なにあれ、怖い……」と囁きながら去っていった。


「……陽葵さん。今の、すごく有望な新入生だったんじゃ……」 航が残念そうに言う。


「気のせいですよ、部長! さあ、次はあそこの男子たちに声をかけましょう! 男子なら大丈夫!」 「え? なんで男子なら大丈夫なの?」 「な、なんでもです!」


結局、その日の放課後。 部室に見学者は一人も来なかった。


航はがっくりと肩を落とした。 「ダメだったか……。僕の魅力不足だな。ごめんよ、陽葵さん。君に後輩を作ってあげられなくて」


夕暮れの部室。オレンジ色の光の中で、落ち込む航の横顔を見つめながら、陽葵は心の中で小さくガッツポーズをした。


(やった! これで明日からも、部長と二人きり!)


「いえいえ、気にしないでください部長! 私たちには、まだ時間がありますから!」 陽葵は、航を慰めるふりをして、その長い腕にそっと自分の腕を絡ませた。


「……そうだね。まだ四月は始まったばかりだ。諦めずに頑張ろう」 航は、腕に感じる温かさに少しドキリとしつつも、それを「励ましのボディタッチ」だと解釈し、再び闘志を燃やすのだった。


廃部の危機は去っていない。だが、少女の恋の防衛線は、今日も鉄壁に守られたのだった。

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