詰将棋と緋色の恋 解後
【完結】詰将棋と緋色の恋
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上記作品の後日談です。
※詰将棋の回答は後書きに載せますので気軽に読み進めてください。
画像にある一枚の詰将棋。これは七年前に作成した失敗作を基に改良を加えた十三手詰めだ。当初は、感動を起こすような大々的な物を、と思って作ったが失敗に終わった。
だから、今回は作意だけが伝わり、後は変化の少ない簡素な詰将棋を作ろうと決め、故にこの形で完成させた。途中の玉の逃げ方で変同が起きてしまうのが悔いだが、僕の実力ではこれが精一杯だろう。
満月の夜の日。アパートの寝室で僕は自らが作成した詰将棋を眺めていた。それから、どうして今になって詰将棋を作ろうと思ったのかを考えた。気が付くと自然豊かな森の中で、緋色に輝く神社での生活から七年が経っている。
その間に様々な物が生まれ、そして、消えていった。それと同じように、僕の記憶も古い物から順に消えていく。その忘却の魔の手は、遂に神社での生活にまで手を付け始めていた。
きっと、仕方のない事だろう。つい最近まで幼稚園や保育園に年長組として通っていた子供が、小学校を飛び越えて中学生になっている。それくらい長い月日だからだ。それでも、やはり僕はあの日々を覚えていたかった。
「ねぇ、あなた。これは簡単って言ってたけど難しくない」
眉をひそめながら手を読んでいるのは鈴懸有紗改め、柏有紗だ。例のごとく、丸っこい輪郭に垂れ目と団子鼻に柔らかく分厚い唇が、成熟した色気も相まって、ますます妖艶な雰囲気を醸し出していた。
そのアリサは不思議な縁で、あの後も出会っては別れてを繰り返し、紆余曲折あって夫婦の関係になっていた。これが最後のお別れと思う事は多々あったが、切っても切り離せない赤い糸で結ばれているのだろう。
「これはね。飛車を打つ場所が肝心なんだよ。もう少し、広く場所をみてごらんよ」
「私、こっちの詰将棋の方が好きだな。ほら、盤上に全ての駒が揃っているやつ」
「全く、全然集中力が無いんだから」
カタカナの「ヒ」の形になっている初形曲詰。七年前の失敗作を改善しようと思いたった時、足慣らしがてらに作った物だった。持ち駒が無いために変化も少なく、三手で簡単に詰んでしまう。
「ヒサキもこっちの方が良いって思うよね」
隣の布団でご機嫌そうに眠る赤ん坊にアリサが話しかける。ヒサキは僕とアリサの子で、最近二歳になった。育児は手のかかる事だが、自分の子供の寝顔を見るとつい微笑んでしまう。
だけど、寝相が悪いからという理由でアリサは僕とヒサキを隣に寝させてはくれない。安全面からの配慮だが、少々、腹が立つので軽口を叩きたくなる。
「いつの間にか、我がままだった君もすっかり母親になったね」
「なに、随分と偉そうな物言いね」
アリサは僕の方を振り返ると、僕の胸を押さえつけて馬乗りになった。それから、身体を丸めるようにして僕の顔に自らの口を近づけてくる。最後に、アリサは僕の鼻を思いっきり噛み付いた。痛さで思わず声が出る。
「痛いよ。酷いじゃないか」
「あなたみたいな冴えない男が、私みたいな素敵な女性を妻に出来る幸運を忘れた罰」
「全く、凶暴だな」
僕は呟いた。普段ならこうしてふざけあった後、アリサが僕の身体から降りるが、この日は微動だにしなかった。長く訪れる沈黙。二人の男女は顔と顔を見つめあう形になった。
「赤裸々に言うと、そろそろ二人目が欲しい」
「生活とか大丈夫かな」
「まぁ何とかなるでしょ」
彼女の呆れるような強気な態度に、僕は訝しげると同時に救われてきた。彼女が部屋を消灯する。世界が闇に包まれる。そして、唇と唇を吸いつけあい、舌を絡ませて激しい口づけをした。
夜空で輝いていた満月は雨雲によって影を潜め、熱帯夜に小雨が降り始めた。今日の夕方に初めて咲いた月下美人。その白い花びらも雨露で濡れていた。
やがて、雲と雲の隙間から微かな日差しが顔を覗かせる。幸い、二人とも休日だった為、若い男女は眠りの中にいた。その夢幻の中で僕はあの日の世界に居た。
暗く茂った森の中を僕は歩いていた。僕は興奮していた。どうしても、あの神社を目指したいと思い立ち、彼女との二人旅行でそこに通ずる道を探した事があった。しかし、その道はおろか気配すらなく、木々で埋め尽くされた雑木林をただ眺めるだけだった。
あれだけ見つけたいと思っていた神社への獣道を僕は夢中になって歩く。すると、西日が差し込み、辺り全体が緋色の世界に移り変わった。郷愁が僕の心を支配する。堂々とした風格の社殿が姿を現した。泣きそうになった。
幻だと思ってきた世界。僕は目を凝らして正面を向いた。すると参道の中で一人の少女が竹箒で掃除していた。見かけた事のある清楚な面影、僕は思い切って声をかけた。彼女が振り返る。白衣に緋袴を着た美しい女性。思わず感情が溢れた。
ずっとずっと、伝えたいと思っていた。僕が君と別れてから七年間、様々な事があった。心が折れそうになった事もあった。それでも、あの時の日々を思い出し、今はそれなりの幸せを手にした。その中で微かに覚えている記憶。
寒い白銀の世界で見つけた温かいひと時。美しい月と星々の夜空。神々しい大地の上で健気に咲かせる色とりどりの花々。忙しない日々の中で消えゆく美しい思い出。その中の中心で、一際優しく微笑みかけてくれた君の姿。
僕は君の名前を呼ぼうとした。でも、どうしても思い出せない。代わりに君は顔を紅頬させ、とびっきりの笑顔で僕に話しかけた。耳に響き渡る五文字の言葉。本当は僕こそが君に何かを伝えたい。
せめて、返事がしたかった。だが、口を開こうとすると上手く話せなくなる。そうして、たじろいでいる間に世界は光に包まれ、眩しい輝きと共にどこかへと消えてしまった。
「ほら、もうお昼になっちゃったよ。早くご飯食べないと」
濃厚な甘い匂いに包まれ、僕は目を覚ました。アリサが焼いた食パン一切れを、お皿の上に載せて渡してくれた。パンの上には蜂蜜がたっぷりと塗られていた。気怠い暑さに服を着るのも億劫になった僕は、パンツを履いて裸の姿でパンに噛り付いた。
「ヒサキも美味しそうに食べてるね」
半年程前から、少量だが蜂蜜を与えるようにした。ヒサキも最初は怪訝な顔をしていたが、今では、扇風機の風にあたって美味しそうに食べている。
先に食べ終わった僕は、朝食で使った皿を洗う。そんな作業をしながら、今朝の夢について考え、物思いに耽るのだった。
この悠久なる時の中で、人々は営みと繁栄を繰り返す。その生活の影で、爽やかな空気を纏って優しい微笑みを振りまいてくれる。そんな天使のような彼女は、きっと、今も何処かにいるはずだ。
たとえ、記憶から消えたとしても、この胸の中で生き続けてくれると僕は信じている。
振り返るとアリサが居た。
「あなた、ヒサキがパパ遊ぼうだって。早く服を着て行きましょう」
お揃いの緋色の縁の眼鏡の底から、男女が見つめあう。僕はアリサを抱き寄せると、彼女は笑顔で僕のこめかみに手を添える。そして、蜂蜜の香りを漂わせ、二人は甘いキスをした。
最初の詰将棋の回答
☗2六飛、☖1一玉、☗2五桂、☖1九桂成、☗1二歩、☖2一玉、☗1三桂不成 (☖2二玉☗1三桂成も可)、☖3二玉、☗2三飛成、☖4二玉、☗4三龍、☖5一玉、☗5二龍まで13手詰め。
二つ目の詰将棋の回答
☗2六飛、☖同角、☗2八金まで3手詰め。
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