プロローグ
視界がぼやけてきた、足も痛い・・・・・・
咄嗟にこの林に逃げ込んだけどあいつらしつこい・・・・・・
このままじゃ死んじゃう・・・・・・
こうなるとは全く思ってなかった、少し食べ物を盗もうとしただけなのに。
どれくらい走っただろうか、段々と走るスピードが遅くなっていくのを感じる。
このままじゃ追いつかれる、もっと速く走らないと・・・・・・
体力の限界が近いのを感じ取っているが、それすらも振り切って進み続ける。
あいつらいつまで追ってくるの?
少し食べ物をくすねただけなのに。
落ちていたスピードがだんだん上がっていく──────
「あっ」
何かに躓いて、地面にうつ伏せで倒れた。
今すぐ立ち上がって走らなきゃ・・・・・・
体を起こして後ろを確認にすると、追ってきていた敵、狼のモンスターがすぐそこに迫っていた。
「嫌、来ないで・・・・・・」
それでもモンスターは迫ってくる。
まだ死にたくない、生きて理不尽な生活を抜け出したい。
「誰か、助けて・・・・・・」
逃げようと立ちあがろうとするが、力が入らない。
モンスターがすぐ目の前まで来て咄嗟に目を瞑った。
今までの人生の記憶が掘り返される。
食べるものがない生活、毎日ちゃんとした寝る場所のない生活。
今更思い出したくもない、日常の記憶、今の場面では何にも使えない理不尽な世界の有様の記憶が溢れ出てくる。
これが走馬灯なら、私の人生はとてもつまらないんだね。
私はこのまま何もできずに死ぬんだろうな。
強くなって、この理不尽な世界に抗いたかった。
今となってははもう叶わないけど、次の人生に託そう・・・・・・
視界が暗転していき、そのまま意識を失った。
こうして走り回っていた少女は理不尽な死を迎えた──────
はずだった。
目を覚ますと、目の前には美しい女の人が立っていた。
「貴女はいったい、それに私は死んだはずじゃ・・・・・・」
女の人はこちらを見て、少し微笑んだように見えた。
今、笑った?
私は死んだはずだし、これも幻覚かな。
など思っていると、女の人が口を開いた。
「これは幻覚ではない、現実だよ。私はツクヨミ、私が君を助けたんだ」
なんで心が読めて・・・・・・
それよりも助けられた?
あの状況から?
なんで私なんかを?
聞きたいことが山ほど出てくる。
「色々と聞きたいようだけど、私は全てを答えられない。まずは君の名前を聞いてもいいかな?」
やっぱり読まれてる。
名前か・・・・・・
「私の名前は、わかりません。そもそも、私に名前があるのかすらも」
女の人、ツクヨミは少し考えたような顔をして口を開いた。
「なら、私が名前を考えるね。命の恩人だし、こういうことも許されるかな。というわけで、君は今日から月宮結衣だよ」
「月宮、結衣」
「そう、月宮結衣。じゃあ結衣、私と取引をしない?」
私はその名前を自然と受け入れていた。
なぜかその名前に親近感すらも覚えた。
だけど今はそれを考える時じゃない。
「取引?内容は?」
「簡単だよ。私の眷属にならない?」
眷属?
ツクヨミさんはもしかして──────
「それ以上考えてはいけないよ。それ以上考えたら君にどのような影響があるかわからない」
結衣の口にツクヨミさんの指が添えられた。
その姿に、自然と目が惹かれ、動きをしっかり捉える。
動きに見惚れているうちに何を考えていたか忘れてしまった。
何が起きているかわからないまま、軽くコクリと頷いた。
再びツクヨミさんは口を開く。
「それで、答えを聞くよ。イエスかノーか」
ここで眷属になって恩を返す生活を送るか、よくわからない存在に関わらず再び理不尽な世界に身を投じるか。
答えはひとつしかない。
「もちろんイエスです。貴女はあの理不尽な世界から連れ出してくださったのですから」
ツクヨミさんは微笑んだ。
その笑顔は自然と輝いて見えた。
「ふふ、ありがとう。なら、この祝福を結衣にあげよう」
ツクヨミさんが手をかざすと光が結衣の体を包み込んだ。
暖かくも残酷な光・・・・・・
というのが第一印象だ。
私の体に何かが入っていった・・・・・・
「これで終わりだ。月の光は残酷だからね、その力は上手く使うんだよ」
力?
私は助けてもらった上に力まで貰ったの?
力については、いつかわかるよね。
それよりも──────
「それで、私は何をすれば」
眷属、が何かはまだ理解していないけど、何かをさせたいんだろうな。
「それは追って連絡するよ。連絡は直接飛ばすからすぐわかるよ。とりあえず、外を自由に見て回っておいで。戻りたい時はただ一言、リターン、だよ」
その言葉を最後に視界が白転する。
リターン、覚えた。
いつでもここに帰ってこられる。
これで、ツクヨミさん───ツクヨミ様に呼ばれても大丈夫だ。
私の第二の人生とも言える人生が始まった気がした。




