Ⅰ大人になる(8)
自分と向き合う場所で、心の中を開ける、こじ開けられるようなことがあるのだという。その場所を異世界とのハザマの一部分だという人もいるし、よくわからないことだらけなのだけれども、始まりの村の人間が大人になるための通過儀礼である。
「へぇ、無事にパートナーが来たわけか」
「2人も来ちゃったの。それは珍しいわね」
村の中では、カタルパやそのパートナーである転送人カメリアとレアルトのことでもちきりだった。
「サイン書いてよ、漢字で」
2人にはたくさんの人が群がり、握手やサインを求める。つい最近の話、カタルパたちが旅に出ている間にやってきた転送人が、群衆に対して、漢字でサインを書いたり握手をして回るということをしたことから、そういうことが求められるようになった。日本からの転送人は漢字が使えるので、それも珍しくて人気がある。
村の人たちは、魔法板をレアルトに差出して、そこにサインを書くように言った。
「書く?」
「そう、指で書けば、文字が出るから」
魔法板の持ち主は、板に触れるか触れないか分からないくらいの力で〇を書いた。
「ほらこんな風に。ハイ消去」
そういうと、書いた〇が消えて、もとの真っ白な板に戻った。
「ああ、タブレットみたいなやつか」
「タブレット? そういうのが日本にはあるのか?」
村の人はキラキラとした目で見つめてきたので、レアルトは恥ずかしくなって下を向いた。
「でも、消去って言ったら消えてしまうんだろ。書く意味あるのか?」
「持ち主がそう思ったら消えるのさ。そう思わなければ消えない。魔法はそういうものだろ。言葉よりも思いが大切なんだ」
魔法板はただの木の板、それに指が触れるだけで書けるというのも不思議な話だ。レアルトはそこに「貴」という文字を書いた。もっと他の文字も書いていたはずなのだけれども、それ以外は思い出せなかった。
カメリアも同じようにサインを求められて、魔法板に文字を書いた。それは「椿」という文字だった。
転送人は、もう一つの世界に居た時のことをすべて覚えているわけではなくて、こちらの世界に来た時に、置いてきてしまう。
「俺ってこんな名前だったっけ?」
「分からない。私も、名前を書きながらこれで合っているのか、不安になった」
カタルパはカタルパで、他の村の人たちに囲まれていたから、2人の様子を知ることはなかった。まぁ転送人が来るというのはこの村にとってはめでたいことなので、こういうやりとりも儀式の一部だ。