Ⅲ変わりやしない日常(7)
アラフォーの作者にとって、2人が自殺という結末を迎えたことは、馬鹿げているように思ったのだけれども、意外とそうでもないのかもしれない。2人なら死ぬことは怖くない。そう思って飛び降りる……。ありえないこともない。
沖縄本土決戦の話を昔聞いたことがあるけれども、ひめゆりの塔は集団自決をした若い女性たちの魂を追悼するために建てられたものだ。どうしようもならない状況に追い込まれれば、死ぬという選択肢を選ぶことはなにも不思議なことではないのだ。
それにしても、哀れなのは、この2人から麻薬が検出されているということである。ドラッグに手を染めるような2人だったから、EX-Shoppingビルから飛び降りてもおかしくはない。そんな感じで、些細なものとして見なされているのだ。
「死は平等に訪れるけれども、平等に扱われることはないのか」
この2人は、作者とは違う環境の中で生きている。彼女たちはどのように弔われたのだろうか。
ドラッグに手を染める。ということは、問題のある家庭だったのかもしれない。親が不仲だとか、離婚をしているとか。離婚……それは作者が子供の頃は、深刻な出来事だったのに、いつの間にか、些細な出来事になった。
「母親の方を擁護する気なんだけど、でも苗字を変えるのはめんどくさくてさ。早く結婚したいな、なんて」
最近、1人ではなく、何人かの友達が、「親が熟年離婚してさ」なんてこぼしていた。そんなときにぼやいたのがこの台詞……。これに対して、どう答えて良いのか分からなかった。
「即ち、結婚したいっていうのは、父親の苗字が嫌だからってこと?」
「そういうこと」
「お母さんはどうしたの?」
「もちろん苗字が変わったよ。だからこそ嫌なのよ。ウチのバカ、海外に女を作ってたんだから」
「……海外に女」
「子供ができててさ。まったくわかってなかったわけじゃないわ。海外勤務の多い商社だったからね。3人私にはきょうだいが居ることが分かったの」
「え、それはまた……」
「その三人は同じ女の子供でね。海外勤務がなくなって、会えなくなるっていうので、日本に呼びたい……みたいな。母さんに、子供の私の世話を任せておいてさ、男って最低よね」
海外で単身赴任の旦那が1人でやっているというのは、今の日本社会では当たり前のことだ。パートナーの女性にも仕事があることが多いし、子供が海外に行って十分な教育を受けることができるかという問題もある。




