Ⅱ旅が始まる(8)
産業が発展していないからといって、服がないわけではない。ファストファッションみたいな安い服がないのだ。魔法の使える人たちは、魔法の使えない人とは違って、自分で安価に服を作ることができる。魔法で布を織ったり、色や装飾をつけることも可能である。材料は、魔法使いの体力と精神力だ。
魔法使いが、ユニクロやH&Mのようなファストファッションの店を経営すれば儲かるというアイディアが浮かんでくるけれども、大量生産できるほど魔法使いは居ない。同じ服を想像し生産を続けるというのは、単調でつまらない。自分が一体何をしているのかよくわからないという気持ちにさせられてしまうような過酷な仕事である。
産業のないこの世界では魔法は暮らしや生活の面でも特別になる。魔法が使える人間が家族にいるかどうかで、その家族の生活は全く異なってくる。魔法が使えるかどうかで、その人生における勝ち組か負け組かというのが決まる、そんな世界だ。
「周りなんて関係ない。着たいものを着ればいいじゃない」
その台詞は、弱者に許される台詞であって、強者が言えば傲慢になる。
弱者には着たいものを着るという選択肢がないのだ。
「私たちは芸をして生活をしている。普通の人達を楽しませて、報酬をもらって生きてるの。その普通の人というのは、大体が魔法の使えない人なの。豊かな生活をしているような旅芸人が現れたって、そういう芸人が人を笑顔にしたいって言っても、そうではない人たちの心には響かないわ」
「そんなことないと思うわよ。アイドルはお金持ちだけどみんなコンサートに行くわ」
「アイドル? コンサート?」
「そう、芸能人よ。日本のいや、日本だけでなく海外を含めて色々なところで歌を歌う人よ。推しのコンサートだったら、飛行機に乗って遠征だってするのよ」
「飛行機? 推し?」
「飛行機は、空を移動する乗り物よ。値段が高いの。推しっていうのは、そのアイドルのことをとてもとても好きというか、愛していると思っているファンのことよ」
「ファンというのは、その芸能人のことを好む聴衆ということね?」
「そうよ……。あーもう、全然話が通じない」
世界が全然違いすぎて、自分の話を説明するのだけでカメリアの骨が折れた。現代日本のファンやオタク、特定の世代の中で用いられる専門用語をいちいち説明していかないと相手に理解してもらえないというのは、文化の違いだけでなく言語の違いも感じる。
「もーいや、なんで私はこんな世界にきちゃったのよ」
カメリアは、話にイライラを加えていくことしかできなかった。




