Ⅰ大人になる(33)
椿は、白虎塾に行けず観光案内所で過ごしていることが多かったけれども、そこで塾の宿題をするようになっていった。三屋は、そのことを咎めることはなくて、むしろ椿が他の大人から悪く言われないように事務室の中の机を椿にあてがってくれるなど、配慮してくれていた。
ウィイイイイン
それでも、観光案内所の自動ドアが開くと、椿は動揺した。肩が震えて、多分そのそぶりは三屋も気が付いた。観光案内所の外からやってきたのは、30代後半の穏やかな女性だった。彼女は、微笑みながら入ってきた。美人というわけでも不細工というわけでもなく、普通の顔、普通の体型、これといって特徴のない外見をした女性で、彼女が持つ柔らかい空気感は、周りの人たちを安心させる、そんな感じの女性だった。
彼女は、白虎塾に勤める、瓜生先生だった。
「椿さんは、今日も来てるの?」
「ええ、奥にいますよ。呼びましょうか?」
「いいわ。勉強の邪魔になりそうだから」
貴が椿に宿題を届け、その課題を終わらして提出物として貴が塾に届ける。
梓という友達を失うという状況に際しても、やるべきことができているのだから、それでいいと周りの大人は配慮してくれていた。
「ごめんね、三屋君、色々無理を聞いてもらって……」
「構わないですよ。観光客がほとんど来ない町だし、暇してますから」
「ほんとに……申し訳ないわ……」
三屋は、瓜生先生のことを特別に思っている。そのことに椿は気付いているのだけれども、瓜生先生はそういうそぶりを見せない。気付いていないのか、かわすためにそういうふりをしているのか。三屋に面倒を見てもらっている椿は恋だとか愛だとかにはあまり興味がない。ただ、この場所を利用させてもらってどうにかこうにかしている身としては、変化など起こらず、2人が今のような親しい他人という関係を続けていてほしいと考えていた。




