Ⅰ大人になる(28)
芸術祭が終わった後も、勉強する気持ちが起きなくて、
椿はとりあえず学校に行くだけの生活を続けることになった。
椿の母親は教育熱心だったから、そんな椿に対して強く当たった。
そうすることで、椿はより無気力になっていった。
別に何かができるわけじゃない。
学校に来れるだけでもすごい。
そう思いながら、貴は、椿を見守っていた。
「おはよ」
「よ」
「じゃな」
当たり障りのない挨拶は、一番効果のあるコミュニケーションだ。
椿が昔のように、軽口を叩けるようになるためには、時間がかかる。
なにせ、椿の大切な梓がいなくなったんだから。
「おはよう」
いつものように、貴が椿に声をかけると、椿は小さな声で問いかけてきた。
「アンタは、塾、行ってるの?」
「行ってるよ」
「そう、偉いのね」
貴にとっても、梓の死は大きなものだったのだけれども、
そのダメージが椿に与えたものがあまりにも大きかった。
梓が居なくなっても、貴の日常はそんなに変わるわけじゃない。
学校に行って、塾に行って、より良い高校を目指す。
ベルトコンベアに流される商品のようだけど、
その生活が、貴の精神を気丈に保たせてくれるものでもあった。




