Ⅰ大人になる(20)
椿に渡してもらった日本唱歌集のCDを梓は勉強机で眺めていた。窓からの夕日を反射させてキラキラとさせて遊んでいると、部屋に母親がやってきた。
「ねぇ、お母さん。椿ちゃんがね、これ、貸してくれたの」
また貸しであるということに対して、母親は慌ててブツブツ言っていたけれども、そんなことは気にせずに、ニコッと笑って言った。
「これってさ、椿ちゃんが、私のこと、考えてくれてるってことだよね……嬉しかったんだぁ」
自分の身体のことはなんとなくわかっている。悲しいこととか辛いこととかそういうことがいっぱいの身体……。他の人よりも長い間、検査や治療なんかで辛い時間を過ごしている。だから、普段はそういうことを考えずに生きていたい。そんな風に生きていよう。何もないいつもがとても幸せだったし、それを幸せであるように過ごしたいと思っていた。
「椿ちゃん、賢いからすぐにわかるの。なんの歌を歌ったのか、すぐ見つけちゃうんだよね」
梓は椿が自分のことを想っていてくれていることを知っている。
でも椿はそれを追求すると嫌がるから、知らないふりをしている。
椿は、梓のためにわざわざ時間をかけてくれている。
だからここにCDがある。
「ねぇ、お母さん、お願いがあるの。ビデオ撮ってくれない? できるだけたくさん」
1日に1曲を目標にビデオを撮ろう。そして、それを残しておこう。
その時が来た時に、それを求めている人に渡せるように。




