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Ⅰ大人になる(19)

 椿も貴もその時の歌を聴いていて、それで聞きほれたわけなのだけれども、

別にそれで梓の傍にいるというわけではない。好きだからなのだけれども、

それを誰かから指摘されるのを椿は嫌がった。


「多分、梓は、私たちより先に死ぬ」


 梓が病院にしょっちゅう言ってるのは知っていたし、小さいころから一緒にいたから、梓の脚はどんどん悪くなっていってることは2人には分かっていた。脚だけじゃない。他の面でも弱っていっていた。梓はそれでもいつも楽しそうだった。


 だからこそ、椿も貴もほっとけなかったし、それでも笑顔でキラキラと過ごす梓に惹かれていた。


「はい、これ」


椿は梓の机にCDを置いた。日本唱歌集という古そうで、洗練されていないデザインの中に「庭の千草」という曲のタイトルがあった。


「図書館にあったの。二週間で返さなきゃいけないから、すぐに聞いて返して」


市立図書館の資料のまた貸しはだめだと言われているのだけれども、そうでもしないと梓にこの曲を聴かせることはできなかった。


 椿も貴は塾に通っていて、週5回通っていた。英・数・国・理・社の全ての教科を曜日ごとに授業形式で教えてくれるという塾だった。梓と時間の都合をつけて図書館に行くということは難しい。そんな生活を送っていた。


「マジでクソ。もう塾なんていかない」


塾の数学の先生が、突然辞めることになり、教室長が数学を担当することになった。


「お前はまだこんなのも解けねーのか。これじゃ、志望校落とさないといけんよ」


塾長は椿に対して、酷い言葉を掛けてくる奴だった。

白虎塾、受験対策に特化したテキストをつかうので、この地域では有名で10教室くらいあり、

50年の歴史がある。

教室長は、塾長の息子で、妙に偉そうなやつだった。


中核都市のベッドタウンのような街のお山の大将みたいな塾なのだけれども、

塾長やその家族は特別なところがあって、塾長の兄弟は市議会議員をしているような家族だった。


「じゃあ、やめんのか、塾?」


「でも、やめたら、みんなに知られるじゃん。それもやだなって」


狭い社会の狭い人間関係、そこで上下関係というのがしっかりあって、そういうのを椿は面倒くさいと考えていた。



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