Ⅰ大人になる(1)
正直、もうふざけるなって思うこともある。でも、私は歌ってる。それが、私がしたいことだし、私にできる唯一のことだから。
「カタルパ、これ持っていかないかい?」
久しぶりに故郷に帰ってきたカタルパは、服屋のおばさんに言われて嬉しそうに振り返った。キラキラと光る赤いレースの端切れ。それでも、結構な長さがあった。
「いいの?」
「いいよ、端切れだからね」
「ありがとう」
「アンタの歌のお礼だよ。また旅に出るんだろ、その餞別」
カタルパは旅をしている。旅芸人一座、「子羊座」の歌姫見習いとして、歌姫アリアの前座として、時にはデュエット相手として舞台に立つ。まだ半人前の少女だ。
アリアは国で一番人気ともいわれる歌姫で、わがままぶりもなかなかのもの。カタルパはアリアのお世話係という役目もあったから、苦労も多かった。
「ルパ、アリアが呼んでる」
猛獣使いのラーナスは、「子羊座」のメンバーの一人。カタルパよりも5つ年上で、カタルパのことをルパという愛称で呼ぶ。
旅をする。それは誰でもできる簡単なことじゃない。この世界には魔物がたくさんいて、旅をしているときにいつ襲われるのか分からない。そんな世界だ。「子羊座」はそんな世界で暮らしている人々に祝福を与えるために、芸をして様々な村を回っている。