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あたたかくして寝る

作者: ガネコ

 毎年恒例の親戚一同集まって温泉に泊まっての大宴会。皆に会えるし、ずっと楽しみにしていたのに、こんな日に限ってどうして私はこうなるの。


「――あかね寒くないか?」

「んー寒気はするけど大丈夫。も、もう布団はいいよ」

「寒気するなら寒いんじゃね?」

「あっ」


 フワッと離された布団がまた一枚私の上に落ちる。重なったそれは結構な重さに感じた。これでもう何枚目だろうか……。


 急に具合が悪くなったからといって、久しぶりの宴会に水を差したくない。皆に気を遣わせるのも嫌なので、両親にだけ伝えて部屋に戻ってひとりで大人しくするつもり、だった。

 しかし航にはバレていたらしい。はとこの彼とは、親同士の仲が良く、歳が近い事もあって私達の仲も良い。

 あのどんちゃん騒ぎの中こそっと出ていった私に気づいてくれて、その上ここに来て付き添ってくれるなんて航ならこそだろう。優しい子だ。その気持ちはとても嬉しい。

 だけど、こんなに布団、いる?


「首寒くないか? この、使ってないタオルでも首に巻くか?」

「いいよ、つけなくても」

「でも首が寒そうだ」

「……うーん、わかった。わかったから自分で巻くってば!」


 私にタオルを巻こうとする航の手を遮って、タオルを引っ張る。布団といい、これといい、彼は向こうのおばあさんにされたことをそのまま私にしてきているようだ。前に会ったことあるけど、その時も風邪に気をつけろって言われて何かしら厚着させようとするおばあさんだったなぁ。


「うん。それならどうぞ」


 あっさり離してくれた。その瞬間少し自己嫌悪に陥る。

 ついさっきも彼自ら巻こうとしてきたのだが、その時私は首が弱いというのもあって、タオルがくすぐったくてたまらなかった。それがどうしようもなく恥ずかしくて恥ずかしくて外してしまった。

 風邪のせいで元から顔が赤かったのは不幸中の幸いだった。昔は笑いすぎて死ぬんじゃないかと思うほどくすぐり合ったのになぁ……。


 彼の手が首に触れた瞬間、嫌悪感のようなものを感じたのだ。

 つまり彼を頭ではそう思っていなくても、本能的には異性として意識しているということである。そういう部分が私はとても恥ずかしくて気づかれたくなかった。

 彼本人は全く悪くないのに。せっかく心配してくれているのに。今の言い方で気分を悪くしてないだろうか?


 見たところ気分を悪くはしてないみたいだが、このままここに居てもらうと変な事言っちゃいそうで怖い。熱のせいもあってうまく感情を制御出来る自信がなかった。


「航、早くみんなのところに戻って楽しんできなよ」

「……あかねは一人で大丈夫か?」

「薬も飲んだし、布団やタオルであたたかくなったし、後は寝るだけ。だから大丈夫だよ」

「ん、寝るだけなら俺は邪魔だな。分かった。じゃあ、かなり早いけどおやすみ」

「おやすみ。付き添いありがとうね」

「いや、別に。電気消していくけどいいよな?」

「うん、ありがとう」


 パチンと音が聞こえて、部屋は暗くなる。その後、扉の向こうからドアの開閉音やスリッパの足音、通りかかる話し声も聞こえたが、それもすぐ消えていく。私は一人になった。






 ――薬を飲んだものの、まだ効かない。それとも効いてこれなのか。体の関節がじわりじわりと痛む。

 布団が重いのもあってなかなか寝つけなかった。暑いしとってしまおうかと思ったが、航が良かれと思ってかけてくれた布団だと思うとなんだか出来なかった。

 そういえば、汗をかくのは風邪に良いんだっけ。そこまで考えて彼は布団をかけてくれたのかな。


 宴会に戻った航は楽しんでいるだろうか? みんなと一緒に。ふと、寂しさがこみ上げてきた。

 皆とワイワイしている彼と、今暗い部屋で一人布団に入っている自分。迷惑になりたくないからと部屋へ戻ったのも、ついてきてくれた彼を宴会へ戻らせたのも私自身なのに。

 

 気づくと目から涙が流れていた。いつもと違う自分に我ながらびっくりだ。一人が寂しくて泣くような歳でもないでしょ。

 枕が濡れて気持ち悪い。鼻が詰まって辛い。頭が尚更痛くなる。そう思ってもなかなか止まらなかった。


 遠くからスリッパの足音がこちらに近づいて来る。通り過ぎるのかと思ったが、この部屋の前で止まった。

 まだ宴会が終わるには早い。もしかしてお母さんが心配して早めに戻ってくれたのだろうか?

 鍵が開いて中へ入ってきた。いけない、泣いてたら小さい子みたいと笑われそう。布団でも被って誤魔化さないと!


「まだ起きてるか……?」


 航!? なんで、また戻ってきたの?

 布団の中でも聞こえたその声は母ではなく、間違いなくさっき戻っていった航の声だった。

 ヤバイ。わざわざもう一度、私がめそめそしていたら戻ってきてくれるなんて嬉しすぎる。違う意味でまた泣けてきた。

 布団の中に頭のてっぺんまで入れたせいか息苦しい。でも、寝てるふりしなきゃいけないし。地味にピンチだ。


「ごめん、部屋にちゃんと鍵かけたのか忘れて気になって確認しに……って大丈夫か?」

「あ、あんまり」


 布団の中の息苦しさに耐えきれず、結局布団をまくったところでふすまが開いて、航と目が合ってしまった。

 涙だけは布団に押し付けたが、目の周りは確実に赤くなってる事だろう。顔全体真っ赤な気もする。熱のせいっていえば誤魔化せ、ないか。


「実は、さっき布団かけ過ぎたのも気になってたんだが、当たってたか。ゴメンな」

「いやこれはまた別の」

「熱で目も潤んでるし」

「……違うってば」

「おい、あかね?」


 耐えきれず涙が流れた。せっかく勘違いしてくれたのに、駄目だなぁ。メンタルおかしいや。

 でも何も悪くない航が謝ってくるくらいなら、泣いて恥を晒した方がマシだ。


「俺が邪魔だからか? 寝てたの起こしたから? ごめんな」

「違うって!」

「でも泣いてるじゃん」

「これは嬉し泣きだからいいの!」

「……嬉し泣き?」

「あ」


 言っちゃった。航は意味が分からなくてぽかんとしてるし。ええい、もうどうにでもなれ!


「なんかね、寂しくなって泣いてたの」

「寂しく、て?」

「そう! 寂しくて! そんな時に航が戻ってきてくれたから、今度は嬉しくて泣いちゃったの。なんか悪い?」

「いや……悪くはないけど」

「戻ってきてくれてありがとう」

「あ、あぁ、どうも」


 かあっと彼も私のように赤くなった。ふふん、お揃いだ。

 少し話していたら自然と涙は止まった。


「あーじゃあ、ちゃんと寝るまでここにいてやる。安心しろ」

「うん」


 流石に多すぎる布団を少し除けてもらい、側に居てもらう事となった。

 この安心感はなんだろう。さっきは迷惑かけそうで早く部屋から出ていって欲しかったのに。絶賛迷惑をかけている今は心が軽くなった気しかない。


「体が弱ると心も弱ってくるもんだって、ばーちゃんがよく言ってた。だから涙もろくなったんだろ。皆には内緒にしといてやるよ。聞いたら爆笑しそうだけどさ」

「絶対言わないで!」

「わかってるって。あ、布団」

「あっ」


 めくれた布団をかけ直そうとした航と私の手がほんの一瞬触れる。さっきの首とは違って、一瞬でも航の手の方が熱いと分かった。

 やだ、またなんか変な感じになりそう。気まずい、と思っていたら、航が私の手をギュッと握ってきた。


「へ? なに? どうしたの?」

「手が冷たくて寒そうだったから」

「いや、そこまで冷たくないよ」


 熱あるからね、私。手汗が出てるくらい。

 

「あとさ、こうしてた方が寂しくないぞ」

「あ、そっかぁ……ってそうなのかな?」

「そうだよ」


 手は温かくてしっかりしていて、恥ずかしかった。でも確かに寂しさは無くなっていた。

 彼の手を見る。私より少し大きくて角ばっているけど、指や爪がとても綺麗だ。

 こうやってまじまじと航の手を見た事はなく、新鮮だった。


「航って指とか爪、綺麗なんだね」

「綺麗? そんなん言われた事ない」

「でも綺麗だよ。綺麗な手。爪は形がいいし指もシュッとしてる」

「そっかぁ? 手入れなんてしてないし、こんなん普通だろ……っておい」

「…………」

「もう寝るのかよ」


 効いてきた薬ともうひとつ、彼のおかげで楽になってきた。すぐにでも眠れそうだ。照れくさいのでもう寝たふりをしたけど。

 彼はこの後、私が本当に眠りにつくまで、ずっと手を握ってくれていた。








 ――――久しぶりに親戚一同集まった。

 以前は子供が多かったので結構頻繁に集まっていた。けど、その子達もみんな大人になった今、こうやって集まるのは本当に久しぶりだ。

 私達もお酒を飲める歳になっていた。だからと言って飲み過ぎてはいけない。


「うぅ……」

「大丈夫?」

「じゃない。寒気がする」

「じゃあ、もう一枚布団かけるね」

「そんなに、いるのか……?」

「いるいる」


 航は大して強くもないのに調子にのって飲み過ぎた。結局気持ち悪くなって部屋で寝込んでいる。私は付き添いだ。


「あの時の恩返し」

「恩返し? って、もうタオルはいいよ! あの時は悪かった!」

「残念。巻くと見せかけて汗ふくだけー。何なら手も握ろうか?」

「なんでだよ。俺はあかねみたいに寂しくて泣いたりなんてしてないぞ」

「うーん、でもさぁ。それはみんなに内緒にしといてやる、って話だったのによくもさっき皆の前で話してくれたわね」

「あー、もう時効だろ? みんな笑ってたから許せ……って手を握るんじゃなくてひねってるじゃねーか。いてて」


 航に会うのは久しぶりで、彼の手を間近で見るのも久しぶりだ。けれども相変わらず彼の手は綺麗だった。子供の頃とは違い、大人の男の手になっていたが綺麗な手に分類されるのに変わりはない。

 この綺麗な手といい、私への物言いといい、会わなかった時間を感じさせない。


「やっぱり綺麗」

「何が?」

「航の手。指も綺麗だし、爪も綺麗だし、綺麗」

「そうか?」

「ホントに。惚れ惚れするね」


 まじまじ手を見つめていると、航はぷいっと向こうへを顔を背けて呟いた。


「まぁ、あかねに言われてからずっと気になって、少しだけだが、手入れしてんだよ」


 手から目を離し、彼の顔を見た。

 布団に潜り込んでしまったので後頭部しか見えないが、酒に弱い男らしく耳も首も赤くなっている。


「もしも今、布団の中で寂しくて泣いてるのなら、手を握ってあげるよ?」


 絶対泣いてないだろうけど、聞いてみた。


「……頼む」


 思わずプッと吹き出してしまった。彼に聞こえてたらしく、恥ずかしそうに身をよじっている。

 航があの頃と変わってなくてとても嬉しい。


「はいどうぞ。って今は私の方が手冷たいけど」


 彼の手を握る。すると、私もあの頃のように、照れくさいながらもとても安心した気持ちになれた。

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