スイート・デート・タイム
デパートの一エリアが全てピンクとブラウンで彩られていた。立ち並ぶショーケースには宝石が詰め込まれていて、ラッピングされた箱たちで目がチカチカする。いつもと比べて確実に人が多い。薄いピンクのコートや薄いベージュのカーディガン、オフホワイトのポンチョなどを着た女の子たちがショーケースの中身を物色していた。
「今日ってまだ二月の頭だよね?」
「そうだよ」
「人多くない?」
「そうだね。ちなみにもう売り切れているものもあるみたい」
「激戦区じゃん……」
私がため息をつくと美海は私の背中を軽く叩いた。今日は美海とバレンタインチョコの確保に来ている。なんでも美海は、今年もう来たが私と回りたいとの理由でもう一度来ているみたいだ。去年はお互い忙しくて一緒にバレンタインチョコを選べなかったので今年こそはと息巻いていたらしい。薄い白の手袋を嵌めた手が私の手を導く。気が付けばこのエリアの奥まで来ていたらしい。繋がれていた手が腕をなぞり、絡み合う。美海との距離が近くなったことにより、彼女の好きな花の香りが私を蝕む。友達だというのに恋をしたときみたいにドキドキしてしまった。恋したことはないから憶測になるのだけれど。
「人気なのは奥にあるからね。壁サークルってやつ?」
「ちょっと違くない? 確かに有名どころは壁際に固まっているけどさ」
「私はここの限定のやつを自分用に買ったんだ。今日は家族の分を買う予定」
美海が指さした先にはSOLDOUTの紙が乗っているチョコレートボックスがあった。思わず美海の顔を見ると買っておいて良かった、いいでしょと言わんばかりにニヤついている。チョコレートボックスの値札には『2022年限定』と書いてあり少し羨ましくなる。白の正方形は二段になっており、中身はボンボンやトリュフなどの洋酒を使用したアソートらしい。
「先に来ておいて良かった、って感じ?」
「もちろん! 絶対欲しいから狙ってたんだよね。私はこのデパートまでチャリで来られるしね」
「やっぱ期間限定とか何月限定とか欲しくなるよね。私もそういうのに弱いから」
「この前も月限定シュークリーム買ってたよね」
「なんだかんだ買っちゃうんだよね。毎月買ってるからポイントカードもそろそろ新しいものになりそう」
「コンビニでも絶対シュークリーム買うじゃん。よっぽどだね」
「出かけるたびクリームソーダに憑りつかれる人がなんか言ってる」
美海はくすりと笑って私の服の袖を引っ張った。じゃれているらしく、頭を私の袖にこすりつけてくる。猫のようだと思いながらその感覚を楽しんでいた。
「限定のは売り切れているけどこの六粒入りのとかは良さそうだね」
「これ?」
美海が指さした先にはチョコレートが六粒入ったダークブラウンのケースがある。中には左からタイルの模様が入った四角いチョコレート、赤色のハートのチョコレート、金粉が乗った丸い形のチョコレート、花のような形の白いチョコレート、トリュフ、モカブラウンとベージュの二層になっているチョコレートが鎮座している。カウンター上にあるチョコレートの説明ではフルーティな味わいのチョコレートをセレクトしていると書かれている。値段も手ごろで大体二千円程だ。
「気に入ったの?」
「そうだね、母さんはあまり沢山食べるわけではないから」
「お母さんへのプレゼントなんだ」
「うん」
なんとなくこのチョコレートなら母さんも喜んでくれると思う。買おうと決意したのが伝わったのか、カウンターのお姉さんが近寄ってきた。普通に応対し、チョコレートを受け取ると美海がニコニコしているのが視界の端に映る。どうやら財布をしまう間は袋を持っていてくれるみたいだ。
「ありがとう、じゃあ他のところも見ようか」
「うん。妹ちゃんのとか必要でしょ?」
「勿論。なんとなくは決めてあるんだ」
「どういうのにするの?」
「あの子は抹茶が好きだからね、抹茶系統のものにしようと思ってる。抹茶チョコが無いはずないでしょ」
「まあ人気だもんね」
美海は頷くと先程の袋持つ手とは別の方を握った。彼女が足を進める方についていくと日本っぽい柄のラッピングが多いコーナーへと辿り着く。桜色のパッケージや包み紙が多くて所々に緑が混じっている。ショーケースの中身も『日本酒使用』や『抹茶』などの文字が躍っている。ここならばお目当ての品物を買えそうだ。
「ありがとう」
「いえいえどういたしまして!」
ショーケースの中には緑色の宝石が煌めいており、思わず端から端までじっくりと凝視してしまう。私が頭を悩ませていることに気が付いたのか、美海が私の手を引っ張った。
「悩んでるの?」
「うん、どれも美味しそうだしどれを選んでも妹は喜んでくれるだろうから逆に選びづらくて」
「じゃあお手伝いするよ。えーとね、まず日本酒系は良くないよね。妹ちゃんは生チョコ系は好き? お花の形をしたものもあるよ。形がきれいなのとかどうかな?」
「お酒が入ってるものは避けるよ。花の形も可愛いと思うけどあの子は結構渋い見た目の物を好むから、生チョコの詰め合わせは確かにいいかもね」
「いいじゃんいいじゃん! 決めちゃう?」
「そうだね、ここは決断の時かも」
美海の助けを借りながら購入を進める。さりげなく荷物を持ってくれるところにときめいてしまう。ショッパーを受け取ると、バッグを返してくれた。荷物を仕舞い、鞄の整理が終わったタイミングで私の手は美海に絡められた。さっきよりも近い位置に美海の顔が見える。
「これで必要なチョコは買ったかな。じゃあ、私のチョコ選びにも付き合ってよ」
「チョコはもう買ったって言っていなかった?」
「うん。でももう一つだけ買ってないの。せっかくなら相良ちゃんと選びたくて。サプライズっていうのもいいけど喜んでもらいたいから。相良ちゃんへのチョコ選び、手伝ってくれるよね?」
美海の大きな目が私を見ている。身長差があるので美海は上目遣いに私を見つめている。断れるはずもない。キラキラとした彼女の視線が私を貫く。引き寄せられるように思わず一歩踏み出すと、距離が近すぎたのか美海が私の胸に飛び込んできた。
「ご、ごめん。バランス崩しちゃったかな」
「大丈夫だよ。ね、時間あるよね」
「ある、もちろんある。……せっかくだからさ、私も美海にチョコを買おうと思う。だから一緒にもっと見て回って、チョコの送りあいをする、なんてのはどうかな」
「もちろんいいよ! えへへ、デート続行だね」
「ああ、もう少しデートをしてくれると嬉しい」
美海がそのまま私の背中に手を這わせ、私の体を抱きしめる。ここが隅の方で本当に良かった。一応周りの人の通行の邪魔になっていないことを確認し、美海の肩に手を回す。彼女が気に入っている香水の甘くていい香りがした。暖房が効きすぎているのか、顔が赤くなっているのがわかる。
「そろそろいこっか」
美海は私から離れると、私の背中を叩く。しばしフリーズしていた体の感覚が現世に戻ったことが分かる。私は彼女の言葉に頷きを返すと、今度は私の方から彼女の手に自分のそれを絡め合わせた。