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緑色の空 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
瀬原集落
6/49

実方龍顕


―良い匂いがする。御出汁の(よう)な、御飯の(よう)な。


 目を覚ますと佐織は、布団の上に寝かされていた。


 ガバッと起き上がって見渡すと、明り取りの障子が開かれていて、其処から窓が見えた。


 大きな窓から見える風景は、鬱蒼(うっそう)とした竹林だけだった。


 外はもう、庭の様子が他には分からないくらい真っ暗である。


 部屋の彼方(あち)此方(こち)には、古い間接照明が置かれている。


 佐織は漠然と、こんな辺鄙(へんぴ)な場所でも電気は通っているのか、などと思った。


 此処は、造りは似ていても、最初に通された部屋ではなくて、離れの奥の方なのだろう。




 ふと気が付くと、御昼に着替えをさせてくれた数人の初老の女性達が、部屋の(すみ)の方で、佐織の様子を窺っていた。

 間接照明の明かりのせいか、佐織は其れを、酷く恐ろしく感じた。


「起きられましたか」

「ええと、私…」

()()れですわな」

「えぎれ?」


「何か御召し上がりになり(たもられ)ませんと」


 考えてみると佐織は、随分前から空腹なのだった。

 如何(どう)やら貧血を起こして気絶してしまったらしい。


―目が霞むと思ったのは、気のせいじゃなかったんだ…。


 そして如何(どう)やら、何の説明も無かったが、あの後、食事会の予定だったらしい。

 佐織は其れより先に、何も食べずに倒れてしまった(よう)である。


 佐織は、間接照明の立ち並ぶ部屋で、用意された膳の品を、なるべく掻き込んで食べない(よう)に、上品に見える(よう)に気を付けながら、其れでも、残さずに食べた。

 何か妙な物を混入されて食べさせられていたら嫌だな、とは思いながらも、こう空腹では堪らない。


―あーあ。結構図太いのよね、私。背に腹は代えられないとか割り切って、こんな妙な場所の食べ物を、こうして食べちゃえるなんて。だから色気が無いって…。


 あの珍奇な衣装は、浴衣の寝巻の(よう)な物に、()()の間にか着替えさせられていたが、胸に巻かれた(さらし)は其の(まま)だった。


 其れでも、先刻(さっき)よりは締め付けられる部分が少なくて気分が良いし、頭がスッキリしている。


 一口食べる(ごと)に、視界がハッキリしてくる(よう)な気がする。


 皮肉にも、佐織は、こんなに眠れたのも、食べられたのも、随分久しぶりな気がした。

 そして、食べるだけで、随分と幸福感に浸れた。


 一通り食べ終えたら、自然に、少しだけ笑顔になっていた。


 老婆の一人に、此処で同じ食べ物を食べたら、もう御仲間ですね、という趣旨の事を言われた気がしたが、佐織は意に介さず、食事を続けた。

 方言は聞き取り(にく)いのである。


 第一、御仲間、と言われても、『もう帰れませんね』と言われたのと、そう変わらない(よう)に思えた。そんな事は今更言われるまでも無い事で、佐織は、また『逃げられない』と実感しただけだった。


―ああ、美味しかった。何か、忘れている気はするけど。


「ああ、起きたの」


 佐織が、声の方向を見ると、龍顕(りゅうけん)が居た。


―まただ。此の人は、気配が無いというか、足音が(ほとん)どしないわ。


「あ、あの」

「今日から、宜しく」


 佐織は『忘れていた事』の正体を思い出したし、『夫婦の組み合わせ』というのが、誰と誰になったかを瞬時に悟り、思わず黙り込んでしまった。


 戸惑う佐織を他所(よそ)に、龍顕は、穏やかに微笑んだ(まま)、部屋から出ていき、其の日は結局戻って来なかった。



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