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緑色の空 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
瀬原集落
4/49

呪文

 何日かそうしていたら、厳つい、黒い背広の人達が、沢山、佐織の家にやってきた。


 其の人達は、アパートを引き払うといって、家中の物を持っていこうとした。


 佐織の身に覚えは無かったが、借金取りかと思って面喰っていたら、彼等は自身を、佐織の父母の故郷の人間だと言った。


 そして宇子(たかこ)と佐織の事を(さま)付けで呼んだ。


 其の中に混ざっていた一人の白装束の若い男が、正座し、佐織に礼をした。

吉野(よしの)(たい)()と申します。以後、御見知り置きを」


 男は坊主頭で、矮躯(わいく)で前歯が出ていて、実に酷薄そうな顔をしていた。


(おさ)が佐織様を引き取ると申されております」


 其れを聞くや、佐織を庇って、其の男の前に立ちはだかった宇子は、あっという間に黒服の人達に取り押さえられた。

 宇子の綺麗な髪は乱れ、細腕は、折れそうなくらいに床に押さえつけられていた。


「何するの!此の子を連れて行かないで!」


「宇子さんに乱暴しないで!そんな、来いと言われて、()()り納得出来ません。事情も良く知らないのに、知らない場所には行けません」


 佐織が、そう言うと、男はニコリともせずに、威圧する(よう)な声音で続けた。


「住む場所も、御父上の御骨を収める場所も提供します。()(ばる)本家に御越しください。御承諾いただけないのでしたら、宇子様の安全は保証致しかねます」


 宇子を盾に取られたら、佐織には拒否権は無いのと同じだった。


 佐織は涙が出た。


 此の(まま)では宇子が何をされるか分からない。

 大好きな宇子を、危険な目に遭わせたくない、と、佐織は思った。


「やめて!」

 宇子が叫んだ。


 黒服は、宇子を一瞥した。

 宇子は全く怯まず、抑え込まれながらも、絶えず反抗的な目をし続けていた。


(おさ)とやらが何をしたか知っているわよ。其の子にまで手出しはさせない!」


 黒服の男達は、揃って嫌な顔をした。


 佐織は其の不穏な様子を見て、全身の血の気が引いた。

 宇子が危ない、と思った。




 其の時、白装束の男は、妙な呪文を唱えた。


(くず)(こうぞ)(ふじ)(つる)、天の蚕を敷き紡ぎ結い()()り纏いて、強き子を増やせ。()(こめ)、海は(うお)()て、(わざわい)去る。姿見えぬは山の神也(かみなり)、姿得て、田の神となる。山の神は海の神。火を噴く山はまた神也(かみなり)龍神也(りゅうじんなり)()()ふる山に(よな)(ぐもり)(よな)(いね)なり、(よな)(ほど)実る、神の田よ。月の神は山の神也(かみなり)、山の神は田の神也(かみなり)。神の田を耕せ」




 佐織は、急に、頭がクラッとする(よう)な感覚を覚えた。


 そして、何故か急に『逃れられない』と思い込んだ。


―あれ…?何だろう。行きたくないのに…。


 佐織の頭の中に、不思議な思考が流れ込んで来た。


 自分のものの(よう)な、そうではない(よう)な思考だった。


―私も宇子さんと行きたい。宇子さんと一緒に、其の家族と暮らしたい。でも、此れまでだって随分御世話になってきたのに、義務教育も終わって、()だ御世話になって良いの?多分、パパの病院から葬儀までの一切の御金を出してもらっている。此の上、御墓の事まで頼んで良いの?宇子さんに引き取ってもらって、一緒に住んで、高校に出してもらって。其れは、きっと、夢の(よう)な話だけど。…私には、もう親は居ないのよ。


 佐織は急に、涙が出た。


―此の(まま)だと宇子さんが如何(どう)なるか分からない。でも、此の人達についていったら、住む場所が在る。


 佐織は急に、強烈に、宇子に此れ以上迷惑を掛けたくない、と思ってしまった。


 そう思った矢先、黒服の男の一人に畳み掛けられた。

「御母上の御墓に、御父上の御骨も収められるよう、取り成しましょう」


 其の一言は、佐織には衝撃的だった。


―御母上の御墓。御母上の、御墓、御墓。


 其の言葉が、佐織の頭の中でグルグル回った。


 佐織は、母の事も、父の事も、よく知らない。


―ママの御墓。


 佐織は急に、知りたい、と思って、白装束の男に尋ねてしまった。


貴方(あなた)は、私の両親の事を御存知なのですか?」


「ええ。其れにしても、佐織様は、御母上に良く似ておられる。(おさ)も、さぞや御喜びでしょう」


「やめて!」

 宇子が、叫んだ。


 白装束の男は、宇子を一瞥して、冷たく言った。

「宇子様。御家族は大切になさるべきですよ」


 其の、家族に手を出すぞ、という(よう)な、脅しを含んだ其の一言にも、宇子は全く(ひる)まず、抑え込まれた姿勢の(まま)抵抗を続け、抑えた声で、しかし気高い程の迫力で続けた。


「其の子を離しなさい」


 白装束の男は、一瞬怯んだが、嫌な顔をし、再び、あの呪文を唱えた。


(くず)(こうぞ)(ふじ)(つる)、天の蚕を敷き紡ぎ結い()()り纏いて、強き子を増やせ。()(こめ)、海は(うお)()て、(わざわい)去る。姿見えぬは山の神也(かみなり)、姿得て、田の神となる。山の神は海の神。火を噴く山はまた神也(かみなり)龍神也(りゅうじんなり)()()ふる山に(よな)(ぐもり)(よな)(いね)なり、(よな)程実る、神の田よ。月の神は山の神也(かみなり)、山の神は田の神也(かみなり)。神の田を耕せ」


 只管(ひたすら)抵抗を続けていた宇子は、男が先程の(よう)に呪文を唱えると、刀にでも斬られた(よう)な仕草をしてから、急に、バタリと倒れた。


 佐織は、宇子が危ない、と直感した。


「分かりました、行きましょう。だから、宇子さんを離して」


 佐織は、そう答えるしか無かった。


 白装束の男は急に態度を軟化させて、宇子を送っていくように、と黒服達数人に言い、宇子を何処かへ連れて行かせた。


「宇子さんを如何(どう)する気ですか?」


「御送りするだけですよ。今回の命令では、貴女(あなた)を御迎え出来れば其れで良いのですから。宇子様も大事な人材なのです。何しろ、あの最後の巫女、坂元(さかもと)(よし)の孫ですからね」


「さかもとよし?」


 佐織が聞いた事の無い名前である。


「其れに、御本人自身、あの坂本自動車の会長、坂本(さかもと)彰二(しょうじ)の姪御さんでいらっしゃる。あの人が消えたら、酷く目立ってしまうのですよ。今後、我々も動き(にく)くなる。命じられてもいないのに、独断で、そんなリスクを冒したくはないものです。私は、自分が小物だという自覚は有るので」


「さ、坂本自動車って、あの、大企業の?」


「御存じなかったのですか?宇子様も、御結婚前は御勤めでいらっしゃいましたし、前会長は宇子様の御父様、坂本(さかもと)紘一(こういち)氏ですよ」


 そんな事は何も聞かされていなかった佐織は、酷く驚いた。


 思ったより、佐織は何も知らないらしい。


「さ、御準備ください。其れから、御車に。私は此処で失礼致します」


 そう言って、白装束の男は、やおら立ち上がると、黒服の男達と同じ方角に消えた。


 佐織は、残された黒服の男達に連れ添われ、車に乗った。


 ()(かく)もう、車に乗るより他は無かったのである。


 其の先で何が待ち受けているかなど、佐織には想像もつかなかった。



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