瀬原本家
飛行機を降りて、空港から一時間程、御迎えの車に揺られてやって来た場所は、一言で言って田舎だった。
舗装されているのにも関わらず、矢鱈と凸凹した道を只管進むと、鍋底の様な地形が現れた。
そんな鍋底の、底に在る集落に、佐織の両親の実家が在るらしい。
濃い緑の木々と一緒に、疎らに見える家々の屋根が、高い陽に少し光っていて、まるで、中華鍋の中で野菜と一緒に炒められている肉の様に、佐織には思えた。
考えてみると、そろそろ昼過ぎで、連れて来られてから飲まず食わずの佐織は、もう空腹である。
「佐織様。そろそろ到着致しますので、御支度を」
空港に迎えに来てくれた運転手の人は、佐織を様付けで呼ぶが、着古した制服を着て、ひもじがっている身には、馴染まない事此の上無かった。
黒尽くめの格好にサングラスで、運転手というよりはSPの様に思えるが、此の人は、見掛けの厳つさに反して、随分丁寧だ、と、佐織は思った。
佐織の家に押し掛けてきた黒いスーツ姿の男達よりは、かなり良い。
何だか、変な呪文を唱えていた不気味な白装束の男も居たが、其の呪文を聞いてからの記憶が曖昧で、自分でも、如何して此処に来る事を承諾してしまったのか、佐織には分からない。
車は、大きな屋敷の門の前で止まった。
立派だが、何だか生活感が感じられない。
木で出来た大きな門には瓦の屋根が付いていて、周りを取り囲む大仰な塀には、真新しい白い漆喰が塗られている。
佐織は、其の建物の立派さに委縮した。
佐織が車から降りると、門が開いた。
其処から出てきた和服姿の初老の女性が、此方に一礼し、挨拶した。
「ようこそいらっしゃいました」
方言なのだろうか、籠って聞き取り難い発音だが、佐織は、大体の意味を察した。
目の前の女性は、嫣然としているが、何処か厳しそうで、佐織は、其の小柄な和服姿の全身から、相手の、此方に有無を言わさない雰囲気を感じ取った。
佐織は、女性に促される儘に、門の中へと進み、広い庭の中を歩いた。
他に如何する事も出来なかったからである。
そして佐織は、塀の外から見えていた屋敷の裏手に在る、離れの様な場所に到着した。
「此処で御着替えくださいませ」
中に通されると、庭や、近くの竹林が見渡せた。
平屋なのに、二階建ての吹き抜けかと思うくらい天井が高く、明り取りの窓まで在る。
何処か開いているのか、湿度が高い割に通気性は良かった。
「着替えが済んだら、母屋に向かいますからね」
母屋とは、如何やら、門から見えていた立派な屋敷の事らしい。
離れの様な屋敷、と佐織が思った物は、如何やら離れで正解だった様である。
兎に角庭は広く、竹林の先は見通せない。
広い庭の中央に、母屋とは別の、一際大きな建物が見えた。
不思議な形の家屋だ。
古民家風、と言うより他は無いのだが、知っている建築物の中では、一切の装飾を取り払った神社の本殿に、一番印象が近い様な気がした。
庭も、日本庭園というよりは、里山に近いだろうか。
屋敷の外で見た、妙な石像も、彼方此方に立っている。
―御屋敷の裏に竹林が在るのかしら。
佐織が竹林に見惚れていると、和服姿の女性が数人、ゾロゾロとやって来て、佐織の着替えの用意を始めた。
佐織が驚いていると、行き成り、下着まで剥ぎ取られて、一糸纏わぬ姿にされた。文字通り、剥がされたのである。
制服を脱いだら、下着には、着た儘鋏が入れられ、ピッと引っ張られた。
佐織が驚いて、其の場に座り込むと、今度は靴下も引っ張られ、脱がされた。
佐織が呆然としていると、両脇を抱えられて立たされ、胸にグルグルと晒を巻かれた。
佐織は、物凄く惨めな気分になった。
―もう着られない。
着古した物ではあるし、捨てるのも別に惜しくはない。
其れでも、佐織の物なのだ。
幾ら此れから面倒を見てくれるからとはいえ、そして仮に、此れより良い物を与えられるからと言われて、此処までして良いという道理は無かろうと思う。
佐織は、此の家の雰囲気から何から、全てが気に入らない。
でも、もう、佐織には、守ってくれる親は居ないのだった。
こんな辺鄙な場所に来て、ひもじくて、もう、従う他に、佐織に何が出来るであろう。
もう如何にでもなれ、と、其の儘、無抵抗でいたら、どんどん身支度は進んだ。
最終的に、化粧まで施されて、仕上がった姿は、珍妙なものだった。
十二単を簡略化させた様な服。
長い袴は濃い紫色で、色とりどりの、打掛の様な物が数枚重ねられた上着は、ズシリと重かった。
動けない程の重さではないが、二十キロは有りそうだ、と佐織は思った。
素材は絹だろうか、柔らかな手触りで、思ったよりは着心地が良い。
何か、白梅の様な香りが焚き染められている。
ゆったりした服だが、其れでも、空腹の状態で晒を巻かれ、此処まで弄繰り回されると、佐織は気分が悪くなってきた。
―何、此れ。私、何かの儀式にでも参加させられるの?
呪文といい、あの白装束の男といい、胡散臭い、と、佐織は益々憂鬱な気分になった。