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緑色の空 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
瀬原集落
11/49

写真

「早佐様の写真、ですか」

「ええ。もし有ったら、見てみたくて」


 佐織は思い切って夕餉の後に紀和に尋ねてみた。


 紀和は幾らか同情的な声で言った。

「そうですね、そういった物は全て(ずるっ)(まと)めて、(おさ)が管理されている(ちょっ)そうですよ」


(おさ)が?」

「はい。此処には御座いません」

「そうですか」


 佐織は少し期待していただけに悲しくなってしまってしまったが、食い下がった。


「其れでは、あの、御墓、御墓は何処ですか」

「ああ、御墓ですか。御墓は、御屋敷の中に(んなけ)在り(あい)ますわな」


「…建物の中に、ですか」


「正確には御屋敷の何処かに御本家代々の、御遺骨を納める(びょう)在る(あい)という事(ちゅうこっ)です。其処が御墓といえば御墓ですね。其処は、瀬原本家の当主、今は(おさ)しか立ち入れません」


 また(おさ)か、と思うと、佐織はウンザリして、言った。

「母の御墓に御参りしたいのですが」


「決まりで、御本家以外入れませんので。私も入れませんし、私から(かぁ)は何とも」


 紀和は、相変わらずの、有無を言わさない、キッパリした言い方で、そう言った。

 今度は、先程(かも)し出してくれた同情心など引っ込んでしまった様子で、少し(とげ)すら感じる態度だった。


 如何(どう)してそうなるのか、という事では無く、正しいから、そうなのだ、という(よう)な言い方である。


 また、仕来り、また、決まりである。


 如何(どう)いう理屈なの、と、少し腹を立てながら、佐織は更に聞いた。

(おさ)は、何方(どちら)に?直接御願いしてみても駄目でしょうか」


(おさ)御忙しい(せわしか)方なので。今も、ソトに仕事に行かれております。御戻りも、何時(いつ)になるか(んなっか)は分かりませんが、戻られたら御会い出来る(でくっ)(よう)に御伝えしておきます。では」


 紀和が、そう言って去ると、佐織は、(つくづく)、嫌になってしまって俯いた。

 今まで自分の築いてきた価値観が崩れていくのが、こんなに嫌な事だとは、佐織は知らなかった。


―何もかも、決まり事が有って、(おさ)が一番偉くて、(おさ)在りきで。自分で何一つ決められない。…少し前まで、自分の進路だって、何だって、自分の事は自分で決めさせてもらえてたのに。パパ、ママ。私、二人が如何(どう)して此処を出たのか分からないけど、気持ちは分かる気がする。長く髪を伸ばして、長くて重い衣装を着けられて、外にも出られないなんて…。私だったら堪らない。こんな決まり事だらけの所から出たいって、私なら思う。…私も帰りたい。


 しかし、次の瞬間、また『逃げられない』と強く思った。

 佐織は悲しくなって、少し泣いた。




 夜になった。床は二つ並べられているが、佐織の隣の床の主は、()だ姿を現さない。


―…一年の間に、先に子供が出来た方が遺産を受け取る。養子、っていう話だと、無事に生まないといけないだろうし。考えれば考える程、(おさ)という人は何がしたいのかしら。其れに…誰にとっても急な話だった事は分かったけど、(りゅう)様は、如何(どう)いう心算(つもり)なのかしら。流石に…私と子供を作る気は有りますか、なんて質問出来ないけど。期限は一年。もし一年経っても此の(まま)だったら…。私、如何(どう)なるの?其れは其れで怖い…。


 佐織は其の時、途方も無い、深い、暗い淵を覗いてしまった気がした。


如何(どう)して、こうなったの?本当に違う国に来たみたい。宇子さん。宇子さんに会いたい。本当は高校に行きたかった。パパ。パパの御骨は、ママの御骨と一緒に置いてある?…御屋敷の中に御墓が在るなんて…御墓に住んでいる(よう)なものね。帰りたい。此処から出たい。


 しかし、帰りたいと思うと、『逃げられない』という、強い呪縛の(よう)な念が湧くので、佐織は何故か、其の思考の(かせ)が不思議に思えてきた。


―私、此処まで意気地無しだったかしら。こんな性格だった?


 佐織は、自分の事を自己主張が激しい性格だと思った事は無かったが、決めた事は努力して遣り遂げる(よう)にしてきた心算(つもり)だし、もっと物事を自分で決めていた(よう)に思う。


 しかし、何かが変だとは思っても、其れが何なのかは分からず、佐織は泣いた。




 気付けば窓の外は白んでいて、佐織は、また泣き疲れて眠ってしまった事に気付いた。


 布団の上で半身を起こし、隣の布団を見遣ると、やはり龍顕は居なかった。


 佐織はボンヤリと龍顕の枕を見詰めた。


 寝起きの頭では、自分に夫が居る事に対して現実感を抱く事が出来なかった。


―今までの事は全部夢で。本当は、(りゅう)様なんていう従兄(いとこ)は居なくて。パパが死んじゃったのも夢で。…ああ、そうなのかな。


 佐織は暫く布団でボンヤリしながら座っていたが、現実は変わらなかった。


 頭が覚醒してきた佐織は、何時(いつ)までも布団に座っても居られないと思い、起き上がる事にした。


 佐織は、ふと、枕元に何か在るのに気付いた。


 手にしてみると、其れは、一枚の写真だった。


 髪の長い、二人の女の子が、寄り添う(よう)にして映っていた。


 少し驚いた(よう)な、自然な表情で写っている二人は、仲の良い友人同士か、姉妹の写真といったところだろうか。


 古そうだが、カラーの写真で、二人の女の子の顔がハッキリと分かった。


 一人は、道を歩いていたら人目を惹く(よう)な、華やかな顔立ちだった。

 勝気そうな瞳に、大きな口。

 微笑んでいる其の唇は薄く、何か、赤っぽい着物を着ている。

 何処かで見た(よう)な顔立ちだ。


 もう一人は、寝間着の浴衣の(よう)な物に、華やかな羽織を肩から掛けた、病人の(よう)な姿をしていた。


 其の顔は、佐織に瓜二つだった。


 佐織は思わず、今まで誰にも呼び掛けた記憶の無い言葉を、写真に向かって呟いた。


「ママ?」


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