第五章 息抜きの、異世界人による、異世界人のためのファンタジーオンラインゲーム
俺が入ってからずっと、この探偵事務所には客足がなく、やって来るのは閑古鳥だけだ。
鳥って奴はずっと飛んでやがるから、足なんてあってないようなものだ。きっとだから昔の人は、客足のない店のことを鳥に例えたんだろう。……ホントのとこは、よく知らないが。
今のところ、俺の仕事は探偵様のパシリと、凝ってもいない肩を揉むことだけだ。
これが美少女――しかも水色の髪が美しく、おまけに隻眼という属性過多の美少女だから役得だと言い聞かせて我慢できているが、もし女ですらなくオラついたヤンキーが主人だったらトラウマものだろう。
教室の隅っこにひっそりと生息していた学生時代の記憶が蘇り、気がおかしくなっていたこと確実だ。
とはいえ鬱憤がたまることは間違いなく、そんな俺を見て探偵が唐突に休暇をくれた。
別に何かを言ったわけではないのだが、それとなく察したらしい。それがわかるとは、流石は探偵である。
そんなわけで、俺は久々の休日を味わうべく普段寝起きしている事務所を深夜に飛び出した。
行くのはもちろん、ネットカフェである。
今日滞在するのは、行きつけのネットカフェ「オールドファッション」……では、ない。あそこは古っぽいだけあって設備もしっかり老朽化しているから、パソコンが起動できるかどうか割と運なのだ。
ロシアンルーレットのようなものだ。単純に壊れているものもあるし、プログラム更新中で放置されたものが時々紛れ込んでいる。表ではネットゲームをがっつり宣伝しているが、座席に座ればそれなりに高い確率でゲームができないトラップ。その雑さ・アンダーグラウンド感が俺の好みだが、今日はパソコンに触りたいのであそこには行かない。
今日行くネットカフェはネットット、という小規模なネットカフェだ。
繁華街近くにあり、店舗が小さいだけあって漫画類はあまり充実しておらず、雑誌以外は王道も王道のマンガが多少並んでいるだけだ。
メジャータイトルしかなく、そのメジャータイトルもジャンルの偏りがある上にかなり微妙なラインナップで、悪いが俺は全く食指が動かない。店主の私物をついでに並べといた、といった感じだ。
しかしその代わり、かなり便利な立地にある上に値段は良心的で、ドリンクは種類豊富、パソコンも最新型が揃っていると長所の多い中々いい店なのである。
オンラインゲームを宣伝するポスターやのぼりを横目に見ながら階段を登り、俺はネットカフェ「ネットット」に入った。
どこにでもいそうな気のいいおじさん、といった雰囲気の店員に話しかけて席を確保し、コーラを片手に俺は自分の席に向かった。
着いて早々、コップを置いてパソコンの電源を入れる。
元日本のエンジニアの異世界転移・転生者達と魔術師の秘術が組み合わさって生まれた、異世界「アスゲルト」式のパーソナルコンピュータが、ブウンとお馴染みの唸り声をあげて起動する。
「……よかった、この席はWind〇ws型か」
こちらでパソコンを制作する際、Wind〇ws派とⅯacB〇〇k派で仁義なき戦いが勃発したと聞く。勝ったのは多数派を占めるWind〇ws派だが、ⅯacB〇〇k派も未だ健在であり、時々見かけることがある。俺自身そこまでパソコンにこだわりはなく、何となく使用経験の多いWind〇wsの方が使いやすいから、こっちの方がありがたかった。
個人用のパソコンとは違い、パスワード画面に映らずすぐにデスクトップが表示される。俺はその中にある、ファーストファンタジー11、通称F F11をダブルクリックした。
この世界で初めて作られた原初のオンラインゲームの一つ。だからファーストファンタジー、通称FFだ。きっと理由はそれだけだ。そうに違いない、迂闊に突っ込むと俺の人生がファイナルしそうなので、見て見ぬふりしておこう。
F F11は十一種類の中から好みのジョブを選び、フレンドとパーティを組み、剣と魔法で異世界を冒険する……まぁ詳しい説明はやめておこう。割とオーソドックスなオンラインゲームとだけ理解しておけばOKだ。
俺が今暮らしているこの世界も、冒険者やギルドがあり、魔法やスキルがありふれた異世界だ。だからこんなゲーム新鮮味がなくてツマラナイだろう……と、考えるのは早計だ。
俺たち異世界人も、この世界の本来の住人達も、この世界ならではの感性でこのゲームを楽しんでいる。
このゲームではスタート時に最初のジョブと、自身の種族を選ぶことができる。
「種族を選ぶことができる」……ファンタジックな世界の住人にとって、それはとても魅力的だ。
このゲームでは多くのジョブと種族を選ぶことができるが、最も不人気なのは人族と戦士だ。
そんなリアルでもありふれた種族やジョブではなく、ピーキーで珍しいジョブと種族が好まれる。
ずば抜けて高いルックスと膨大な魔力、半永久的な寿命を得る代わりに、スタート地点の森からほとんど動けず、街に行くだけでも高等スキルか課金アイテムが必要なハイエルフ。
現実では即御用の窃盗・強奪系スキルに特化した盗賊も、グラ〇フ感覚で人気があるみたいだ。地球だろうが異世界だろうが、現実ではできないこと……つまり「犯罪」をやってみたいという欲求は不変らしい。
俺の種族「クオーターヴァンパイア」の親とも呼べる種族、「ヴァンパイア」も根強い人気がある種族だ。
ハイエルフと同じく極めて整った容姿、ピーキーな能力、半永久的な寿命を持つが、その代わり吸血衝動に悩まされる種族。
現実では見つけ次第討伐されるか、能力封印の後に国家によって研究対象として厳正に管理されるため、この種族に生まれたい人はそうそういないだろうが……架空の世界でなら別というわけだ。
自警団や、軍隊を相手どって大暴れ! 暗闇に潜み、犯罪組織を隠れ蓑にして……と、常にリスクとメリットを天秤にかけるアウトローな生き方を体験できる。
俺がプレイしているのは、ハイエルフとアーチャーの組み合わせだ。
基礎ステータスがインチキめいてるかわりに、自給自足の村から動けず装備がゴミで、人族なら街で安価に買える短弓の半分以下の火力しかないウッドボウと、錆びた短刀しか武器がない。
森を訪れるプレイヤーから買うこともできるが、バランス調整のために運営が最低価格を高額に設定していて、とてもではないが手がでない。
「今日はそろそろ、パーティを組むか」
そこまで頻繁にプレイしていないから時間がかかってしまったが、ゲームシステムを理解するための、簡単なクエストはこの前ようやく全部終わった。そろそろ村に一つしかないギルドに赴き、パーティを組んでもいい頃合いだろう。
「今はネカフェ生活じゃないし……パソコンも持ってないからな。時々の参加で許してもらえるような、緩いパーティがいいんだが……」
そんなことを思いつつ、俺はギルドに向かった。