第三章 興味が湧く仕事……? あるのか……?
異世界転移しこの世界『アスゲルト』に舞い降りた瞬間、俺の身体は変貌していた。
……というほどのことは残念ながらなかったが、確かに種族は変わっていた。
人間から「クォーターヴァンパイア」に。
ハーフですらなく、クォーター。
ゲームや小説では見たことがないほど、ほぼ人って感じの種族だ。
月一ペースで血を飲む必要があるくらいで、これといった能力はない。
寿命が倍ってことくらいだ。
……だが、この寿命が倍ってのが地味にデカい。
肉体年齢が若い時代が長く、気ままにフラフラ生きることができる。
もうそろそろ二十代半ばか……とか、体も老化してきたな……とか、人間あるあるの老化をまだまだ気にせずフラフラできるのだ。
将来の不安を軽くできるので、フリーターやニートを長く続けることに躊躇いがない。
だから俺はネットカフェで寝泊まりする生活を続けている。
貧乏だろうが何だろうが、この不安定な日常が好きなのだ。
「フーム、名は浮雲鏡一、年は二十五歳、異世界転移者ね……」
目の前の自称・探偵が俺が持ってきたギルドカードを眺める。
ギルドカードは日本で言うところの履歴書と免許証を足して二で割ったようなものだ。これを持っていって口頭で志望動機を離せば、面接はそれで完璧だ。
「自己PRを教えて?」
「はい。私の強みは柔軟な発想ができることです。私は……」
俺はマシン。俺は機械……。そう自己催眠をかけながら言葉を口にする。
面接は苦手だ。おまけに、今回応募している仕事は探偵の助手である。何が志望動機や自己PRとして正解なのかまるでワカラン。
昨日ネカフェで漫画を読みつつ考えた、それっぽいことを言いながら相手の様子を観察する。
水色の髪を後ろでまとめた、隻眼の少女。また当然の如く美少女であった。ただし異世界はどういうわけか顔面偏差値が異常に高く、このくらいのレベルの美少女は案外町を歩けばちょいちょい見かける。俺もこっちに来た時に顔や体に軽く美形補正がかかったが、そもそもの平均が高かったので別にモテなかった。
こっちだと軒並み美形なので、髪型や服装のセンスはどうだとか、そういうことの重要性が日本より高い。
彼女は探偵らしく茶色のフロックコートを着ていて、髪は面倒だからか後ろでざっくばらんにまとめている。今見える限りだと別にオシャレではない。唯一変わっているのは、指に嵌めた翡翠の指輪くらいだろう。何らかのマジックアイテムだろうか?
だが日本基準だと超美人なので俺的にはどうでもいい。というか、そこがボーイッシュ? な感じがしてむしろグッときた。
これが面接じゃなければ、もっと普通に浮かれていただろう。
「うーん……」
雇用主様が渋い顔をする。残念ながら俺の自己PRはお気に召さなかったようである。
「異世界転移してからこっち、あんまり働いてないみたいだけど? 何してたの」
「クリエイター志望なので、そのための努力をしていました」
「ほう……?」
感心したかのような、疑心を抱いたかのような顔で俺を見る。
まぁ……正しい。真っ赤なウソである。
俺は俺の経歴を気に入っているが、社会が評価するワケがないので仕事が欲しくばガンガン嘘をつかざるを得ないのだ。
「絵でも描いてたの?」
「小説です」
絵と違い、文章なら上手い下手が分かりにくい。嘘でもそれなりに通用する可能性がワンチャンある。過去を振り返れば、遠い昔に少しくらい気まぐれで短編を書いたことがあるので、誤魔化しやすいし。
「フーン……どこに応募してたの?」
「アグ・タガ―ワ賞辺りです」
名前だけ憶えてきた賞の名前を言う。
「何だか熱意を感じないなぁ。……まぁいいか」
ギルドカードを俺に返してから、探偵がパイプをクルクル回す。ススや汚れの一つもない、新品のパイプだった。
うーん……。改めて見ると、フロックコートも使い込んでいるようには見えない。
探偵というより、コスプレ女じゃないか……?
「それで、いつから来れるの?」
「明日からでも。週三勤務希望です」
「うん、じゃあ明日からきて」
どうやら採用らしい。しかし、週三希望はスルーされてしまった。……クエストワークの求人には、週一からOK! って書いていたはずなのに……。
しかしここで駄々をこねるとせっかくの仕事を失いかねない。面接は苦手だし、俺は受かるまで一苦労する方だ。
……ここはこちらも流しておくか。
「わかりました。明日からよろしくお願いいたします」
――こうして、俺は明日からワトソンになることになった。
「ふー」
商店で買ってきた安酒とスパゲティもどきを堪能しつつ、耳を澄ませる。
遠くから、俺のように何かを食べる咀嚼音が聞こえてくる。いつもはガラガラのネットカフェ「オールドファッション」だが、今日は多少混んでいるらしい。
安酒で祝杯を上げ、ほのぼの系漫画をパラパラとめくる。
未だ現実感が薄い。
人生とは急に大きく変化する。……突然この世界に異世界転移した時もそう思ったが、面接をした日も、よくそう思う。
受かるにせよ、落ちるにせよ。その日の結果で、今後の人生がガラリと変わる可能性がある。
……まぁ、案外あっさり辞めるかもしれないが。
「フラフラネットカフェ暮らしも、暫く休業か」
この世界に大勢いる冒険者たちはだいたい宿屋暮らしだ。住所不定の連中は大勢いるので、それだけで偏見の目で見られることは日本よりは少ない。
少々寝づらいことを除けばこの暮らしに不満はなかったが、あちらが下宿として一部屋貸してくれるというのであれば話は別だ。そっちの方が安いし、生活の基盤はそこになるだろう。
ただ、これでネットカフェに来ることが無くなるのか? ……というと、そんなことは絶対にない。
――ネットカフェは、一つの結界だ。
それは異世界でも、日本でも変わらない。
外界から隔離された、心のセーフティゾーン。
家族も友人も恋人も、そしてもちろん仕事関係者も。誰もいない場所。何も考えなくていい場所。
疲弊するたびに、俺はここを訪れるだろう。
そして疲弊することは分かり切っている。
クズと言われようが何といようが、働くということ自体、俺はイヤなのだから……。
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