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ドキドキは突然やってくる! 〜壁ドンきゅんきゅん〜

作者: にちはみかん

 門伝もんでん翔一郎はじりじりと下がった。後方は高校体育館裏手の壁でそれ以上に下がることはできない。


 同じクラスの櫻井真亜子さくらいまあこが門伝を追い詰める。


 「何で北条ほうじょうさんと付き合ってるワケ?」

 「何でって言われても……」


 門伝の喉はカラカラに乾き、つなぐ言葉を必死に探すが出てこない。真亜子の視線が門伝に突き刺さり、何とかその視線から逃れようと門伝の目がキョロキョロとさまようも、じりじりと迫ってくる真亜子の顔と身体がその視線を阻む。


 真亜子が向かい合う門伝に一歩近づく。門伝の後ろは壁なので、門伝は身体を壁につけ手を壁に這わせた。真亜子がまた一歩近づくと門伝の背中、肩、尻、かかとが壁に密着してわなわなと震えている。真亜子が門伝の顔面横の壁に右手をドンッとついた。


 門伝は恐ろしくなり右に体を振ろうとしたが真亜子が左手を壁について門伝の行手を阻んだ。真亜子の般若のようにゆがんだ顔が門伝の顔とくっつきそうだ。


 「門伝く〜ん」

 その時、体育館横手の通路から女の子の声が聞こえてきた。門伝と真亜子の間でもめていた北条菜々《ほうじょうなな》だった。


 真亜子はハッとなり、とにかく場を取り繕おうと壁から手を放し門伝を開放した。


 「何してるの?」

 走ってきた菜々が無邪気な様子で門伝にたずねる。


 「いやその……。学生証を落として探してたんだ……」

 門伝はそう言って真亜子たちに背中を向けてしゃがみ込み、壁伝いに生えている草むらへ手をやった。


 歯切れの悪い物言いに菜々は疑うこともせず、

 「私も一緒に探してあげる」と無邪気に言って門伝の横にしゃがみ、真亜子の方へ顔を向けた。

 「門伝くんが迷惑かけてごめんなさい。後は私と門伝くんで何とかします」


 門伝は菜々の言葉に固まってしまった。真亜子の様子を窺いたくても怖くて振り向けず、焦点が定まらない目を地面に向けるだけだった。


 一方の真亜子は菜々の顔を爪で思いっきりガリガリっと引っ掻いてやりたいと思ったが、グッと我慢をし震えていた。菜々のあっけらかんとした様子に真亜子は怒りの矛先を探していたのだが急にどっと虚しい、悲しい感情がせき切ってあふれ出し、目には大粒の涙が溜まっていた。


 真亜子はその姿を見られまいとくるりと向きを変え、小走りに去っていった。

 もちろんそんな真亜子の感情経過なんて門伝は見ていない。菜々は門伝の横にピタリと身体をつけてしゃがみ学生証を探している。


 「う〜ん、見つからないね」

 あるワケないよごめん、菜々。そう思いつつも門伝は菜々にあわせて探すフリをした。


 そもそも門伝と真亜子はつきあっていたわけではない。二人が知りあったのは門伝が小学五年生の時で、櫻井家が門伝家の隣に引っ越してきたのだ。そして門伝が初めて真亜子を見たのは、真亜子が母親と一緒にあいさつ回りをしている時だった。

 

 真亜子は長い髪を右肩あたりでかわいいウサギの飾りがついたゴムで一つに束ねていた。そんなかわいい髪飾りとは裏腹に、まつげが長く目は奥二重で切れ長、すっとした鼻筋にぷくっと膨らんだ口もととイヤに大人びた顔つきだったので、門伝は真亜子を自分より年上だと思っていた。


 小中学生の時はお互いそれほどの付き合いもなく過ぎていったが、門伝と真亜子が同じ高校に入学しそして同じ塾に入ったのがきっかけで距離感が縮まった。そして距離感が縮まると真亜子は門伝の些細なことにまで口を出すようになっていった。


 門伝にしてみれば仲のいい友人の一人といったつきあいであり、一方真亜子にとってみても恋愛というよりは真亜子の所有物、私物といった感覚だったようだ。なので門伝はずかずかと自分のテリトリーに入って世話を焼く真亜子に半ば疲れ、逃避したい気持ちが強くなっていた。


 そんな折に門伝は菜々と知り合った。菜々は門伝や真亜子たちと別クラスであったが、同じ塾に通っていた。


 先日、門伝は塾で教科書を忘れて困ったことがあった。隣に座っていた菜々が門伝にそっと教科書を渡し、自分はタブレットがあるからと大丈夫と一言添え、門伝は無事に授業を終了することができた。授業が終わり礼を言うと、菜々は一緒に帰ろうと言うので一緒に帰ることにした。


 真亜子のクラスはまだ授業が続いている。そんな時はお互い別々に帰ることもあったので、その日は菜々と帰ることにした。その帰り道で門伝は菜々から告白されたのだ。



 門伝はそれほど菜々のことを知っているわけでもなかった。菜々は真亜子から刺々しさを取りのぞき、穏やかでソフトな印象を門伝に与え、何より程よい距離感が心地よく感じた。スラッと大人びた真亜子とは対照的に菜々は身長も低く、垂れ目であどけなくどこか幼さを感じさせる。些細なことや周りを気にせずマイペースな菜々。


 門伝は何でも真亜子と菜々を比較している自分に気づいた。それだけ門伝の中に真亜子が侵入しているからだろうと自分を分析した。


 「ん……」

 菜々の告白に門伝はなんて答えたらいいのだろうと無意識に小さく唸った。しかし菜々は門伝の唸りを告白が受け入れられたものと勘違いし、大喜びで門伝の腕に自分の腕を絡ませてきた。そこを塾が終わって追いついてきた真亜子に見られ『壁ドン真亜子事件』となったのだった。


 門伝はこの『壁ドン真亜子事件』以降、真亜子とはメールも電話も、もちろん話すこともなかった。そして通学や塾も別々に行くようになっていた。教室や塾で出会ってもお互いがそっぽを向き無視をした。


 最初の二カ月ほどは晴れ晴れと解き放たれた自由で心地よい気分を門伝は味わった。多少の罪悪感があるとはいえ、いつもまとわりついてくる真亜子がいないのだ。それに今は菜々がいる。細かいことを気にせず、おおらか過ぎて少し天然的なところもあるが、それはそれで菜々の魅力だと門伝は感じていた。


 そんなある日、真亜子が高校を欠席し塾にも来なかった。具合でも悪いのだろうか。欠席する時はお互い必ず連絡するようにしていたのだが何かあったのだろうか。今さらメールや電話も気が引ける。真亜子もそう思って連絡してこないのだろうか。


 塾から通達が配られたので、門伝は帰りに真亜子の家に寄ることにした。通達はメールで一斉送信されているのでわざわざ持っていかなくても済むことだ。しかし門伝は単に真亜子の様子を見に行く口実が欲しかった。


 門伝がそそくさと塾から帰る準備をしていると、菜々も一緒に行くと言うので断る理由もなく一緒に行くことにした。


 門伝と菜々が真亜子の家に到着し、門伝が玄関のチャイムを鳴ら

した。すると真亜子の母が出てきてくれた。


 「実はぽん子が今朝逃げちゃったのよ。ショックでご飯も食べてく

れなくて……」

 ぽん子というのは今年五歳になるオカメインコ・ルチノーのメスだ。真亜子が小学生の時にお迎えし、ぽん子が二カ月の雛の時から世話をしている。


 ぽん子は非常に甘えたで人懐こく、真亜子が帰ってくると大きな声で呼び鳴きをし、真亜子が家にいる時は真亜子からひと時も離れたがらず部屋を移動する時、トイレに行く時、二階へ上がる時とずっと真亜子の肩にのっている。もちろん門伝が真亜子の家にいる時には必ずぽん子が同席していていた。ぽん子は門伝にも頭を掻くようにと、いつもぽん子が催促するのであった。


 「ぽん子が……」

 「そうなのよ。いつも気をつけてたんだけど、水まわりのリフォームをお願いしていた業者さんが来てびっくりしたのかリビングから玄関にスッと飛んで逃げちゃったの」

 「…………」


 真亜子の母は心配そうに二階にある真亜子の部屋をチラリとうかがう。門伝が来ていることを玄関から大声で伝えてくれたが返事はなかった。


 真亜子のことだからきっと自分を責めてふさぎ込んでいるに違いない。しかし門伝は真亜子にどんな言葉をかけたらいいのかと考えるととっさに何も思い浮かばなかった。


 「おばさん、鳥は逃げたらおしまいよ。私、以前文鳥を飼ってたんだけど、カゴぬけしちゃってその子戻らなかったの。てへ」

 菜々がクスッと笑い、ぺろっと舌を出した。

 

 門伝は菜々の言葉に戸惑った。真亜子の母親もやはり門伝と同じ気持ちだったのか門伝に複雑な表情を浮かべた顔を向ける。菜々に決して悪気はなく、菜々なりのフォローなのだろうけれども、しかし……。


 真亜子の母は首をかしげてはぁとしか言わず、困った顔を菜々に向けて愛想笑いをした。そんな真亜子の母親の様子にも菜々は特に何も感じないのか続けてしゃべり出す。


 「でね、友達が迷子のチラシを作って配布して探そうって提案してくれたんだけど、探しても無駄だろうと思って私、その場であきらめたんです」

 菜々はまたここでクスッと笑って舌をぺろっと出した。


 「あ、今は飼ってないんですけど何だか思い出しちゃった」


 菜々がそう言葉を続けた後、二階から荒々しく扉の開く音が聞こえた。真亜子がドスドスと足音を鳴らして早足で降りてきた。門伝も真亜子の母もドキリとしたが菜々はそんな真亜子の様子に何も気づかないのか、菜々は真亜子を笑顔で迎えた。


 「あら櫻井さん、元気そうでよかった!」

 真亜子は肩で息をしながら菜々を睨みつけている。

 「鳥なんてまたペットショップで飼えばいいのよ。だから元気出して!」


 門伝と真亜子の母は再び固まってしまった。


 真亜子の目元は涙で腫れていて顔全体がむくんでいた。おまけに髪はボサボサでパーカーとスエットというなりで拳を握りしめて震えている。そんな姿で菜々を睨む真亜子は何とも言えない凄みがあった。


 門伝はとっさにやばいと感じたのか真亜子の腕をグッと引っ張り家の中に引き戻して戸を閉めた。真亜子は門伝に抵抗し門伝を振り切って戻ろうとするが門伝はそれを必死でとめる。


 「あいつ一発殴ってやる!」

 「真亜子落ち着け。菜々にあたっても何にもならないだろ!」


 真亜子の怒りが深い悲しみへと徐々にシフトし大粒の涙をポロポロと落とす。


 「ぽん子ちゃん、ぽん子ちゃん……」


 とにかく門伝は真亜子を二階の自室へ引っ張っていき、落ち着かせた。門伝にとってもぽん子がいないのは非常に辛かった。今朝逃げたのならまだこの近くにいるかもしれない。門伝は真亜子を少しでも励まそうと言葉をかけた。


 「俺が今から探しに行くよ。明日も、明後日も明々後日も。その次の日も見つかるまでずっと。だからさ……」

 真亜子の反応はない。真亜子は立ったまま顔を伏せて泣いている。


 とその時、門伝は真亜子の赤く腫れた頬にドキッとした。

 乱れた髪から覗く首筋、赤く染まった耳元が妙に艶かしく門伝の目に飛び込んでくる。おまけに真亜子が使っているリンスの甘いフルーティな香りが門伝の鼻を刺激する。


 門伝の心臓が激しくドキドキと鼓動し、門伝はみるみるうちに顔が紅色していった。今まで接してきた真亜子が何とも肉感的で生々しい真亜子に見えるのだ。


 真亜子は何も言わず、下を向いて声を殺してただただ泣いている。門伝は頭の中で必死に真亜子を励ます言葉を探っていたが、意識は渦を巻くように朦朧とし、真亜子に吸い寄せられていく。


 門伝は真亜子の顔面横の壁に自分の右手をそっとおいた。その手はブルブルと震えたかと思うと突然指一本一本に力が入り、強く拳を握りしめた。励ます言葉を探る門伝の思考は徐々に途切れていき、頭が真っ白になった。真亜子の足元は涙の粒がポタポタと落ちて濡れている。


 門伝は真亜子の泣きはらしてうつむく顔に自分の顔を近づけた。


 そしてうつむいた真亜子の顔下から門伝は自分の顔を合わせ、しゃくり上げ嗚咽する真亜子の唇に自分の唇を押しつけた。 


 たった一秒ほどの出来事だった。真亜子は状況がよくのみこめないのか、戸惑いながら腫れた目でじっと門伝を見つめた。真亜子は顔を背けようとしたが門伝は先ほどよりも強く長く真亜子の唇に自分の唇を再び押しつけた。そして門伝と真亜子はしばらく無言のまま向かいあっていた。



 「門伝く〜ん」


 階下から門伝を呼ぶ菜々の声が聞こえてきた。真亜子は菜々の呼び声に一瞬反応したが、そのまま下を向いた。門伝もこのままの状況を続けている訳にはいかない。それにぽん子のことが気になる。再び菜々が門伝を呼ぶ声が階下から聞こえてくる。


 「今からぽん子を探しに行ってくる。明日も、明後日も明々後日も。その次の日もその次の日も。だから泣くな、絶対見つかるから!」


 門伝はそっと真亜子から離れて部屋を出て行った。

 真亜子は閉まる扉をただただじっと見つめている。ぽん子がいない状況と門伝との間で今起こった出来事で真亜子の頭は混乱していた。


 門伝が玄関へ降りていく。菜々は喜々として門伝の腕に自分の腕を絡ませようとした。


 「ごめん菜々。今日はこのまま帰ってくれるかな」

 門伝は菜々の腕をはらい、そのまま菜々の横をすり抜けてぽん子を探しに早足で出かけた。

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