表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オムロ怪異研究所〜怪異の相談承ります

作者: my chin is break

八月の空は、既に陽が傾き始めていた。

薄暗い歩道に、2人の人影が見える。どうやら男女であるその二人は、やや距離を取ったまま、向かい合っている。


「あの、失礼。おっしゃる意味が分からないんですが」男の方が言う。

「ワタシ……キレイ?」女は言った

女は季節外れのロングコートを身に纏い、腰まで伸びている長髪は手入れが出来ていないのか皮脂や油でベトベトしていた。そして、その表情はマスクの下に隠れ伺い知ることは出来ない。

「はぁ、困ったな……何かのイタズラですか?」

男は助けを求め、周りを見回す。しかし、閑散とした通りには人の姿はおろか猫の子一匹見当たらない。

「ワタシ……キレイ?」女は尚も男に尋ねる。

「あー、はいはい。キレイですよ、これでいいですか?」

根負けした男が、投げやりに答えた。


その瞬間、女の目がギラリと光った。

「そう……、これでもキレイ!?」

女がおもむろにマスクを外すと、耳まで裂けた巨大な口が現れた。

「バカな男! 食い殺してあげるわ!」

燃えるような真っ赤な舌をくねらせながら、口裂け女は男に飛びかかった。


「バカはお前だよ」


次の瞬間、口裂け女の体は空中で何かにぶつかり、男の数歩手前で弾き飛ばされた。

「ぎゃあっ!」悲鳴と共に口裂け女の体は数メートル飛翔し、その身を地面に叩きつける。

それと同時に、男の背後の茂みから何かが飛び出した。それは白いアーマーで身を包んだ全長3メートルはある人型ロボットだった。

「おい! いきなりプラズマキャノン使うやつがあるか! 俺に当たったらどうする!」

男はロボットに向かって抗議する。

『悪い悪い、あいにく遠距離武器はこれしか無いんでね』

ロボット内部のスピーカーから女性の声が響いた。

『それより氷川、今は目の前の敵の対処が先だ。遠隔操作じゃ近接格闘はきつい』

「くそっ、後で覚えてろ!」

氷川と呼ばれた男は、手元のスマホを操作する。するとロボットの全胸部と大腿部のアーマーが開いた。滑り込むようにその中の入ると、それを感知したロボットがアーマーを閉じる。

「03《ゼロスリー》装着完了!」氷川が言った。ロボットのカメラアイが青白く光った。

対怪異攻撃用人体強化外骨格《occult offence outsidebuild》通称03(ゼロスリー)。それがこのロボに与えられた名だ。

「ううっ……。ふざけやがっ……て」

口裂け女はなんとか立ち上がったようで、鬼の様な形相でこちらを睨み付けていた。

その顔面は、先ほど高温のプラズマを浴びた為か赤く爛れており、服も黒く焦げている。


「おい尾室、あいつまだ動けるみたいだぜ」

『プラズマで霧散しないってことは人型妖怪タイプ、または変異人間タイプね……』

耳元のコミュニケータから返事が返ってくる。

「ごろじでやるっ!!」

口裂け女は身の丈の何倍も跳躍すると、真上から03に飛びかかった。

「うおっ!?」氷川は咄嗟に両腕でガードする。

しかし、口裂け女はその腕に取りつき、隠し持っていた鎌状の刃物で攻撃してくる。

「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」

凄まじい腕力でうち下ろされる鎌攻撃は、03の装甲に当たる度に火花を散らした。

超振動刃(ヴィブロブレード)、起動」

03の右腕から白熱する刃が出現し、口裂け女の腕を切り落とした。

「ぎゃあああああ!」口裂け女は絶叫し、たまらず03から飛び退く。

滝のように出血する腕を庇いながら、じりじりと後退する口裂け女。

「さあ、年貢の納め時だぜ」

「くそっ、覚えてろ!」そう吐き捨てると、口裂け女は脱兎の如く逃げ出した。

「あっ! 待て!」

『やっと見つけたんだから! 逃がさないでよ氷川!』

「分かってる!」

03の巨体が口裂け女を追って走りだす。

口裂け女は元々人間離れした身体能力を持っていたが、先の戦闘で負った傷が深すぎるのか思い通りに走れないようだった。

「この調子なら難なく追い付けるな」

『いや、まずい……』尾室が神妙な声で言った。

『この先は市街地だ、人目につく前に倒して、氷川』

「マジかよ……くそっ!」氷川は03の出力をさらに上げる。モーターの駆動音が大きくなった。

しかし、既に家屋や商業施設の一部が視界に映り始めた。このまま入り組んだ町中に逃げられては、追うのは困難だろう。第一、罪のない一般人を戦闘に巻き込むことになりかねない。

「ええい、一か八かだ! プラズマキャノン起動!」

03の左腕がU字型に変形した。

『何する気!?』尾室の声が叫ぶ。

「もう一発喰らわせる!」

『無茶よ! 動く的になんか当てられない、ましてや走りながらなんて』

「チャージ開始!」氷川は彼女の声を無視し、前方の口裂け女に狙いを定めた。03の左腕に紫電が発生し、鈍く輝きを放ち始める。

プラズマはその特性上、空気中で急速に拡散してしまう。プラズマキャノンは強力な磁場でその方向を制御しているのだが、それでも射程は5メートル程度だ。確実に倒すにはまだ遠い。

「まだだ、もう少し……もう少し」

街に繋がる大通りが見えてきた。買い物帰りの主婦や下校中の小学生達の姿が、もうすぐそこまで来ている。

口裂け女がこちらを振り向き、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。

「今だ!」

口裂け女の視界が眩い光で覆われた。ふと、自分の体が軽くなったような錯覚を起こす。

それは錯覚などではなかった。口裂け女の体は上半身と下半身に分離していた。裂けた胴体から臓器が無残に飛び散る。

一拍置いて、激しい痛みが口裂け女を襲った。

「ああああああぁぁ!」

断末魔の叫びが響いた。半分になった体がそれぞれ別の場所でのたうち回っている。

地面に転がる口裂け女の眼前にプラズマキャノンの銃口が突き付けられる。

「手こずらせてくれたな」追い付いた氷川が言った。

「はひゅー……くるひゅー……ひゅー」

既に肺の中の空気を吐ききったのか、口裂け女は渇いた呻き声を発しながら、残った腕で必死に自分の内臓をかき集めていた。

「悪いな……」

03の左腕が再び閃いた。



住宅街からは少し離れた静かな場所に、ひっそりと佇む寺院があった。その境内の片隅に、明らかに似つかわしくないガレージがひとつ、ポツンと建てられている。

ガレージの入り口には、小さな看板が出ていた。


[オムロ怪異研究所~怪異の相談承ります~]


カラフルなフォントで打たれた看板は明らかに周囲の景観を損ねていた。


「まったく……ヒヤヒヤさせないでくださいよ」

カビ臭いガレージの中、キズだらけになった03を修理しながら小沢大地は抗議した。

「仕方ないだろ、あそこで撃たなきゃ大事になるとこだった」缶コーヒーを啜りながらそう反論するのは、昨日口裂け女と大捕物を演じた氷川誠一だ。

「流れ弾が人間や建物に当たる方が大惨事だと思うんですけど……」

「ならお前が装着しろよ」

「ムリムリ! あんな化け物と面と向かうなんて恐ろしすぎるよ」

小沢は顔の前で両手をブンブン振った。

「俺からすればコイツも十分化け物だと思うけどな」氷川は03の方を見やる。

03はガレージの中央にしゃがんだ状態で鎮座していた。メンテナンスの為か、アーマーの各部が取り外され、内部構造が丸見えになっている。

「確かにそうですね。大学辞めた後、尾室先輩が裏でこんなもん作ってたとは……」


「おっ、二人ともいたのね! 丁度よかった」

背後からの声に二人が振り向くと、入り口に若い女性が立っていた。肩までかかる髪を後ろでまとめ、化粧けのない瞳に縁なし眼鏡をかけた彼女は、件の人物である尾室茜その人だった。

「お寺の方の仕事はいいんですか?」小沢が言った

「大丈夫、大丈夫。少々サボっても問題ないから」

「おい尾室、昨日の件だけどな……」氷川は一言文句を言おうと尾室に迫った。

「苦情なら後で聞くわ、今日はお客様が来てるの」そう言って尾室は氷川の言葉を遮る。

「さぁどうぞ、お入りください」尾室が入り口からガレージの外へ向かって手招きする。

「ど……どうも。諸星と言います」

頭を下げながら入ってきたのは、まだ十代であろう大人しそうな少女だった。氷川と小沢もつられて会釈する。

「諸星さんはね、ウチのホームページを見て遥々訪ねてくださったのよ」

そう説明する尾室はなぜか誇らしそうだった。

「はい……こちらで徐霊を行っていただけると知って来たんですが……」

諸星は言いながらガレージの中を見渡す。その表情に訝しみの念が感じられるのは仕方ないことだろう。

「……あれは何ですか?」諸星がおっかなびっくり指差したその先には、メンテナンス中の03が座っている。

「あれは我々が徐霊を行う道具です。対怪異攻撃用人体強化外骨格、通称03(ゼロスリー)と呼んでいます」尾室が答えた

「えっ……!? あれでですか?」諸星は驚いた様子で聞き返す。

「はい、私が作りました。何か問題でも?」

「いや、徐霊ってもっとこう……お祓いとか、お経とかそういう……」

「我々はそんな非科学的な手法は用いません」

「非科学的……?」諸星は理解に苦しんでいるようだった。無理もないだろう、幽霊退治を請け負っている人間が、お経やお祓いを非科学的と断じるのは一見矛盾している。

「徐霊方法についての詳しいお話は後ほど、まずは諸星さんの相談内容をお聞かせ願えますか? 」

諸星はまだ半信半疑といった様子で渋々うなずいた。


諸星は尾室達に連れられて、境内の中にある庫院(くいん)と呼ばれる場所に通された。

先ほどのガレージとは打って変わって綺麗に清掃された広い和室は、普段住職の居住スペースとして使われているが、同時に事務所も兼ねている。

諸星にはソファに座ってもらい、向かいには尾室が腰かける。

「始めは、ほんの遊びのつもりでした……」

諸星がゆっくりと口を開いた。

「あの降霊術をやった夜からです。変なものが見えるようになったのは……」

「降霊術……?」尾室が首をひねった。

「はい、ひとりかくれんぼです」

「あ、それ僕知ってる。人形と真夜中にかくれんぼするんだよね」

お茶を淹れに行っていた小沢が戻ってきた。諸星は丁寧にお礼を言ってからお茶を受け取る。

「はい、夜中に名前をつけた人形を用意して、真っ暗な家の中でかくれんぼするんです。最後に人形に塩水をかけて、三回[私の勝ち]と宣言すれば終了です」

諸星が手順を説明する。一見するとどこにでも転がっていそうな眉唾物の都市伝説のひとつ、といった印象だ。

「それで、私たちに相談に来るということは、その降霊術は成功したようですね」

「はい、まさか本当にこんな事が起こるなんて思ってませんでした」

「具体的にはどんな怪異現象が起こっているんですか?」

「毎晩、自室の窓の外に誰かが居るんです。良くは見えないけど、真っ黒な人影がじっとこちらを見ているんです」

「実際に誰か立っているのでは? 変質者とか、ストーカーとか、意外と変な奴は何処にでもいますからね」

「いえ、あれは絶対人間じゃありません。夜闇のなかで、女なのか男なのかも分からないのに、こちらを睨む両目だけが爛々としているんです。 そんなこと普通あり得ないでしょう?」

諸星は鬼気迫る様子で尾室達に訴えた。その言葉に嘘偽りは無いようだった。

「おばあちゃんも、きっとあいつのせいで……」

諸星の表情が一気に暗くなった。

「おばあちゃんがどうしたんです?」

「私は祖父母の家に三人で住んでいるのですが、つい先日、その祖母が自宅で急に苦しみだして……今は入院してます。医者も原因は分からないって」諸星は今にも泣き出しそうな顔で言った。

「きっと私のせいです。私があんなことしなければ……」

遂に諸星は両手で顔を覆い、泣き出してしまった。

「ひとつ気になるんだけどよ」

少し離れた所で話を聞いていた氷川が、突然口を開いた。

「その降霊術はどこで知ったんだ?」

「友達から聞きました。でも詳しい手順とかは知らなかったので、ネットで調べたんです」

諸星は鼻声になりながら返答する。

「ネットに手順が載ってるのか? 」

「はい、ただ……」諸星が視線を落とした

「怪異現象が起き出してから、もう一度サイトを見ようとしたんですが、いくら探しても見つからなくて、履歴からもいつの間にか削除されてました」

「それはそれで怖い話だな……」

「ちなみになんて名前のサイトだったんですか?」尾室が尋ねる

「たしか、《ネクロノミコン》ってサイトだったと思います」

氷川は自分のスマホで素早く検索をかける。

「確かに、何にもヒットしないな」

「ひとまずサイトのことは置いておいて、目の前の怪異に対処することにしよう」

「そうだな、早いとこ動いた方がいい」

尾室の意見には氷川も賛成した。

「では、請け負ってくれるんですね」

諸星の表情が少し明るくなった。

「任せてください、今夜にもお宅にお伺いさせてもらいます」



諸星は一階にある自分の部屋の明かりを消し、ベッドに横になった。

家の中は静まり返っていた。祖母の看病で祖父は病院に入り浸りだ。きっと今夜も帰って来ないだろう。古い一軒家は諸星一人で過ごすにはあまりにも広すぎた。

近くに民家はなく、周囲は田んぼや畑で囲われている。聞こえてくるのは猫や牛蛙の鳴き声だけだった。

「大丈夫かな、あの人達……」

天井を見ながら今日のことを思い出す。あの人達というのは勿論、尾室達三人のことだ。

諸星はこの怪異に悩まされてから、いくつもの神社やお寺に相談していた。しかし、意外なことに徐霊のお願いを聞き入れてくれる場所はほとんど無かった、中には幽霊の存在を否定している宗派もあったくらいだ。そんな中、藁をも掴む思いであの怪異研究所を訪ねたのだ。

しかしそこで見たのは、珍妙な人型ロボット。本当にあんな物で幽霊が退治出来るのだろうか……。

「いや、あの人達を信じよう」

唯一、私の為に動いてくれた人達なんだから。


”ザザッ”

突然、音が鳴った。諸星は驚いて飛び上がりそうになったが、すぐにそれが連絡用に尾室から渡されていたトランシーバーだと気付く。

『諸星さん、聞こえますか?』尾室の声だった。

「は、はい聞こえます」

『そちらはどうですか? 何か起きる兆候はありますか?』

「いえ、今のところは……」

『そうですか。何かあればすぐ連絡してください。待機している氷川が急行します』

氷川というのはあの目付きの悪い男の人だろう。あの人が幽霊を追っ払ってくれるのだろうか。

「わかりました、私はいつも通りにしてたらいいんですよね?」

『はい、なるべく普段通りに生活してください』

「わかりました」

トランシーバーの通信が切れた。再び室内に静寂が訪れる。

諸星はスマホで時間を確認した。

《午前0時30分》

いつもなら、そろそろあいつが現れる時刻だ。窓からは自宅の庭が見渡せる。10メートル程離れた庭の入り口に、いつもあいつは居るのだ。


諸星は庭の様子を確認しようと、恐る恐るカーテンをめくった 。

そっと窓から外を覗く……目の前に、あいつの顔があった。

諸星は絶叫して、後ろに倒れこんだ。

月光に照らされた()()は、血走った目で諸星を凝視している。


なんで!? いつもはもっと遠くに居たのに!


諸星はパニックのあまり、自分で叫び声を止めることが出来ないでいた。

一刻も早く逃げ出したいのに、なぜか()()の視線から目を逸らすことができない。

トランシーバーを手探りで探すが見つからない、さっき倒れた勢いで何処かに飛んでいったらしい。

()()は赤黒い両手を窓ガラスに叩きつけ始めた。数回目で窓ガラスは粉々に割れ、諸星の上に降り注いだ。

体のあちこちが切れたが、それでも諸星の体は固まったまま、金縛りにあったように硬直していた。


()()それはグニャリと顔を歪めた。笑っているようにも、憤怒しているようにも見える。そして、一歩踏み出し、部屋の中へ入って来ようとしている。


た、たすけて……だれか……


不意に、()()は動きを止めた。

大きな足音が聴こえてくる。それは少しずつ大きくなっていく。


諸星の視界が閃光で包まれた。同時に金縛りも解け自由に動けるようになった。


「おい! 大丈夫か?」

窓枠を破壊しながら、あの時のロボットが部屋に入ってきた。

「な、なんとか……」

「ならよし、ここからでるぞ!」

ロボットは諸星の体を片手で持ち上げると、庭の入り口まで走りだした。

いつの間にか、入り口には一台のトラックが停車している。

「おい! 開けてくれ!」

トラックの後方が自動で開いた。中から尾室が顔をだす。

「こっちよ! 早く!」

ロボットの腕に抱えれた諸星はそのままトラックの荷台の中に放り込まれた。そこはモニター類がところ狭しと並んでいる異様な空間だった。

「何があったんですか? 諸星さん」

すぐさま尾室が駆け寄ってくる。

「……あいつが、窓のすぐそばにいて……窓ガラスを割って……今までこんなことなかったのに」

諸星は顔面蒼白になりながらなんとか答える。

「物質に干渉できるのは、レベル(スリー)以上のアストラル投影体よ。一番厄介なタイプね」

「キャノンも躱されたしな」

03の中から氷川が言った。

「じゃあこの子を追ってここまで来るかも」

「プラズマキャノンで返り討ちにしてやるさ、彼女を頼んだぞ」

03はすぐさま庭の方へ走りだした。


尾室達は一般的に言う幽霊を、三次元より上の余剰次元に存在するアストラル的存在が、三次元空間に投影された影のようなものだと考えている。

低次元の存在は、高次元の存在を観測したり、干渉したり出来ないため、幽霊の本体であるアストラル体を叩くことはできない、だが、その影である幽霊を消し去ることはできる。丁度、自分の影にライトの明かりを当てれば、影は消えるように。そして、そのライトの役割を果たすのが03に装備されたプラズマキャノンと言うわけだ。


氷川は幽霊の位置を探った。03には、幽霊が出現する際に生じる重力場の歪みを、視覚情報として装着者のゴーグルに出力する機能がある。

諸星には()()が、黒い人影に見えると言っていたが、それは彼女の脳が高次元存在の姿を無理矢理に三次元で認識するために当て嵌めた、言わば仮の姿であり、実際は実体を持っていない存在なのだ。

目標はすぐに見つかった。重力場の乱れが、まだ諸星の部屋がある辺りをうろうろしているのが分かる。諸星のことを探しているのだろう。

03は、そっと近付こうと歩みを進める。

向こうもそれに気付いたのか、高速で此方に向かって来る。

「おぉ!? 速い!」

プラズマキャノンを構えるより速く、何かがぶつかったような強い衝撃が氷川をおそった。

03の巨体は軽々吹き飛ばされ、近くの庭木に叩きつけられた。

03のアーマーとアーマーの間隙には、装着者を守るために衝撃吸収ゲルが充填されているが、それでも完全にダメージを防ぐことは出来ない。

「いってぇ……」

氷川の全身に痛みが走る。

『ちょっと、大丈夫なの!?』

コミュニケータから尾室が心配している。

「ちょっと見くびってたかもな」

03はすぐさま立ち上がり、プラズマキャノンにエネルギーをチャージし始める。

この次元の物質ではない外物質(エクトプラズム)で構成されたアストラル投影体を消し去るには、プラズマキャノンによる大気圧プラズマの直撃しかない。


ガシンッ!


何かが03に取り付いたのが分かった。同時に左肩が重くなる。

あまりの力に03の体は左側に大きく傾いた。

「まずい……俺達の武器に勘づきやがったか?」

幽霊はどうやら左腕に抱き付くようにしがみついているらしい。

これではプラズマキャノンを当てられない。

「くそっ、離れやがれ! しっしっ!」

なんとか引き剥がそうと右腕で大体の場所に向かって殴りつける。

『何してんの! ただの投影体に向かって殴ったって意味ないわよ!』

そう、向こうはこちらに触れる事が出来るが、その逆は不可能なのだ。

「そうだった! くそっ!」

03の関節部がミシミシと悲鳴をあげ始めた。このままでは装着者である氷川の腕まで持っていかれそうだ。

「尾室!俺が時間を稼ぐから、諸星を連れて逃げろ!」

『あんたはどうするのよ!』

「そうだな、いざとなったら念仏でも唱えてみるよ」


トラックに待機している尾室のインカムから、氷川の薄笑いが洩れた。

「氷川さん大丈夫なんですか?」

小沢から手当てを受けていた諸星が、不意に顔をあげる。

「致し方なし……。小沢、運転してくれる?」

「分かった……」

「待ってください! 氷川さんを置いて行くんですか!?」諸星が叫んだ。

「今は諸星さんの安全が優先です」

「そんな……、もともとは私のせいです。私があいつの気を引いてきます!」

言うが早いか、諸星はトラックの荷台を飛び出した。

「あっ! ちょっと!」

慌て尾室がその後を追いかけるが、諸星の姿はあっという間に闇のなかに吸い込まれて消えていった。


相変わらず状況は膠着していた。いや、一方的にダメージを受けている分、氷川の方が不利だろう。

03は()()を腕に貼り付けたまま、じたばたと藻掻くしかなかった。

「ちくしょう、そろそろ本気で念仏唱えないといけないかもな……」

03の左肩関節のアーマーには亀裂が入っており、内部の配線や充填材が露になっていた。

もはや03が破壊されるのは時間の問題のように思えた。

その時、庭の入り口から人影が入って来るのが見えた。諸星だ。

「逃げたんじゃなかったのか!?」

諸星は裸足のままこちらに向かってくる。

「あなたの狙いは私でしょ! 私はここよ! その人から離れて!」

そしてあろうことか大声で()()に向かって呼び掛け始めた。

「あいつ、囮になるつもりか!?」

しかし、()()は確かに彼女を認識したようで、03の腕からズルリと重みが抜けるのが分かった。

同時に、()()は諸星の方へ向かって突き進んでいく。

「ひっ……」諸星の短い悲鳴が聞こえた。

赤黒い人影が猛然と諸星に向かっていく。


03はその場で跳躍した。

空中で体勢をひねり、諸星と()() との間に立ち塞がるように着地する。

既に眼前まで()()は迫っていた。

プラズマキャノンの銃口を向ける。既にチャージは完了していた。

眩い紫電のスパークと共に、庭全体が一瞬昼間のように明るくなった。

プラズマの直撃を受けた()()は、煙のように霧散し完全に消滅した。


静かになった庭内に、東側から朝日が射し込み始めた。

諸星は緊張の糸が切れたように、その場に座り込んでしまう。そして、疲労とも安堵とも取れる長い長いため息を漏らした。

「全く、無茶しやがって」

03のアーマーが開き、氷川が出て来て言った。

「でもお陰で助かった……礼を言うよ」

そう言って差し出された手を握り締め、諸星はふらふらと立ち上がった。

「ぜぇ……ぜぇっ……やっと追い付いた、幽霊はどうなったの? 」

尾室が肩で息をしながらやって来た。

「ちゃんと片付けたぜ」

「そう……なんだ……ぜぇっ……諸星さんも無事でよかったわ」

「あの、今のであいつは徐霊できたんでしょうか」諸星が尾室に尋ねる。

「はい、三次元空間への影響力は完全に無くなったと言えるでしょう。 もう大丈夫ですよ」

その言葉に諸星は安堵の表情を浮かべた。

「よかった……。ありがとうございます」

「例には及びません、これが仕事ですから……それで……報酬の方なんですが」


尾室が言いかけた時、一台の軽トラックが入って来た。中から降りてきたのは、年老いた白髪の男性だった。

「な、なんじゃこれはっ!?」

男性は崩壊した窓枠や、へし折れた庭木を交互に見ながら目を白黒させていた。

「おじいちゃん!」

諸星が男性の元に駆け寄る。どうやら彼女の祖父であるようだ。

「おお、#亜里沙__ありさ__#か! 一体わしらの家で何があったんじゃ!?」

「あのね、あの人達が幽霊を退治してくれたの。あの変なロボットみたいなやつで……あれ?」

諸星が振り返ると、そこに尾室や氷川の姿は無かった。代わりに、遠くでいそいそとトラックに乗り込む尾室と白いロボットの姿が見えた。

「あ! ちょっと!」

トラックは逃げるように諸星宅を去っていった。



「本当に良かったのかよ」

助手席の尾室に後ろから氷川が言った。

「仕方ないでしょ! あの状況どうやって家族に弁明するわけ?」

尾室はぶっきらぼうに告げた。

「確かに、依頼達成の為とは言え、人ん家の庭ボロボロにしちゃったもんね」小沢がハンドルを握りながら苦笑いした。

「あぁー! また赤字だわ! 03だって修理しなきゃいけないのに!」尾室は頭を抱えた

「うちが黒字出したことなんかあったか?」

「いや、僕の知る限りないね」

「じゃあつまり、いつも通りってわけだ」

うなだれる尾室を余所に、男二人は楽観的に笑った。

三人を乗せたトラックは、まだ薄暗い田舎道を安全運転で走っていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ