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6.名ばかりの婚約者と異なる展開

 生徒会役員の腕章を付けた男子生徒が名を呼んだため、生徒達が下がり教室の入口からエミリアの席まで一直線の道が出来た。


「イーサン様?」


 二年前に顔を合わせた時よりも随分背が伸びたイーサンは、記憶にある婚約破棄を宣言した時の姿と重なり、エミリアの声に戸惑いが混じる。


「貴女が、エミリア嬢か?」


 大声で登場したのにエミリアの姿を見た途端、戸惑いを見せたのはイーサンも同じ。

 椅子から立ち上がったエミリアの頭の先から見下ろしたイーサンの視線は、丁度胸のあたりで止まる。


「イーサン殿、女子をじろじろ見るのは失礼ではありませんか?」


 戸惑うエミリアを庇うように手を伸ばし、イブリアはイーサンの視線を遮る。


「それは、失礼した」


 イブリアに睨まれたイーサンは凝視していた視線を逸らす。


「お久しぶりです。イーサン様」

「久しぶり、だな。君が入学したのは知っていたが、進級してから生徒会役員としての仕事が忙しくて、挨拶に行けなかった」


 入学したことを知っていたならば、手紙や従者伝いに連絡する等の連絡手段はあったはずだ。

 それをしなかったのは、エミリアへの関心が無かったか対応するのが面倒だと思っていたからか。

 名ばかりの婚約者と連絡を取り合うのが面倒だと思っているのはエミリアも同じ。

 むしろ、訪ねて来てくれありがとうと感謝したいくらいだった。


「生徒会役員をされていることは承知しております。婚約者といっても、幼い頃親同士が決めた繋がりですから、学業優先でかまいません。私のことはお気になさらず、御友人との時間を大切にしてくださってかまいません。私も学園生活と勉学を楽しんでいこうと思っています」

「あ、ああ。分かってもらえて良かった」


 入学してから今まで放置していたというのに、「婚約者だと公言する気も、積極的に関わるつもりは無い」と直球で言うエミリアに対して、何故かイーサンは唖然として答える。

 イーサンが口を開き掛けた時に授業開始前の予鈴が鳴り、彼は軽く会釈をして教室を出て行った。


 教室の扉を出る前に一度だけ振り向き、エミリアと視線を合わせた。

 イーサンの姿が完全に見えなくなると、イブリアはエミリアの肩に触れていた手を外す。


「エミリアさん、貴女はイーサン殿の婚約者だったのですか? わたくしはイーサン殿とは幼い頃から知り合いですが、彼に婚約者がいたという話は聞いたことも無かったわ」

「幼い頃に親同士が決めた婚約でも、顔を合わせたのは二年も前です。互いへの興味関心が薄いのは仕方ないでしょう。それにグランデ伯爵家と縁続きとなって、嬉しいと思う方はあまりいないでしょうから」


 利益になることなら汚い手も使う守銭奴の父親と、伯爵夫人の立場を利用し享楽に走り他の貴族夫人達から敬遠されている継母。引きこもりの娘と我儘で頭の悪い息子。

 多少尾ひれがついているとはいえ、グランデ伯爵家の評価は貴族達に広まっている。

 犯罪すれすれの行為をする両親の行いは、自分でも顔を顰めたくなるくらい酷いモノで関わりたくないと思うのは当然だと、エミリアは苦笑いした。


「ですが、あの態度は婚約者としてあるまじきものだと思います。エミリアさんに励ましの言葉一つかけず突き放すだなんて。殿下に伝えて説教をしてもらいますわ」


 そっとエミリアの手を握ったイブリアは、イーサンの姿が消えた教室の扉を睨んだ。




 ***




 新入生歓迎会当日。


 生徒会役員が学園生活の紹介をして、各クラブに所属する上級生による新入生歓迎会は順調に進み、シンシアの上に照明が落下する演劇クラブの出番になった。

 記憶通り天井から照明が落下し、生徒達は騒然となる。幸いにも落下地点にいた生徒は大した怪我もせずに済んだため、会は一時中断するも予定通り終了した。


 照明の落下は同じでも、二つ違うことがあった。それは、落下したのがシンシアではなくダルスの上だったこと。上手く避けたため、怪我をすることも無くイーサンに庇われなかったこと。


「照明が落ちてくるなんて、ダルスの日頃の行いが悪いからだろう?」


 友人から面白半分に言われ、ムッとしたダルスは嫌そうに口をへの字に曲げる。


「俺の行いの何が悪いと言うんだよ」

「授業中に寝ているとか、平気で忘れ物をするとか、不真面目な態度?」

「眠くなるような授業をする教師が悪い。忘れ物はいつも何とかしているだろう」


 忘れ物をする度、A組に居る姉に借りに行っていることを知っている友人は、心底呆れた目でダルスを見た。

 毎日のように忘れ物をするダルスは、A組に行く口実を作るためにわざと忘れているのではないか、という疑惑を友人は抱いていた。



「ダルス君」


 友人と話しているダルスのもとへ、長い桃色の髪をゆるいツインテールに結った女子生徒が駆け寄った。


「さっきは吃驚したね。大丈夫だった?」


 女子生徒は心配そうに口元へ手を当ててダルスへ問う。

 髪と同じ桃色の大きな瞳を揺らし、上目遣いで見上げてきた女子生徒と一瞬視線が合い、ダルスと会話をしていた男子生徒は頬を赤らめる。


「怪我もないし平気だ」

「怪我が無くて良かったわ。あの、この後皆で図書館に行って勉強会をするんだ。一緒にどう?」


 恥ずかしそうに小首を傾げ、目元を赤らめた可憐な女子生徒からの誘い。

 傍に居る友人達の羨ましそうな視線を感じ、ダルスは息を吐いた。


「悪いな。今日は先約があるんだ」

「え?」


 あっさり断られるとは思っていなかったのか、女子生徒は笑顔のまま固まった。

 固まる女子生徒、シンシアの後ろにいた男子生徒は目を吊り上げてダルスに詰め寄る。


「おいっ、シンシアさんが心配してくれるのにそういう態度をとるのかよ。普段から女子に対する態度が悪い罰で、お前の上に照明が落ちて来たんじゃないのか」

「はぁ? 何だそれは?」


 不快感を露わにしたダルスの眉間に皺が寄っていく。



「ダルス」


 自分と対峙する男子生徒へ手を伸ばそうとしたダルスの動きが止まる。


「大丈夫だった? 怪我してない?」


 C組の生徒達の間をすり抜けてやって来たエミリアの姿を確認して、ダルスの眉間に寄っていた皺が消える。


「うまく避けたから大丈夫だって。エミリアとは違って、俺は反射神経がいいからな」

「私とは違うってどういうことよ」


 ほんの少し前まで苛立っていたなど微塵も感じさせない態度で、ダルスは何時も通りの意地の悪い笑みをエミリアに返す。


「……ダルス君、その人は誰?」


 不機嫌だったダルスの雰囲気が一気に和らいでいく変化。それを目の当たりにしたシンシアは怪訝そうに問う。


「俺の姉」


 短く答えるダルスの視線はエミリアに向けられたまま、シンシアの方を見向きもしない。

 まさか、ダルスの側にシンシアがいると思ってもいなかったエミリアは、僅かに目を開くが直ぐに表情筋を動かして笑みを作る。


「初めまして、エミリア・グランデと申します」

「……エミリア? シンシア・ミシェルです。よろしくお願いします」


 数秒の間の後、シンシアはエミリアの全身を頭の先から足へと一瞥して、作り笑顔と分かる笑顔を向けた。




 ***




「何をしている?」

「ひっ!?」


 所属生徒が特別教室へ移動して、無人の教室へ忍び込んだ男子生徒は突然現れた人物に、驚き声を発する前に停止した。

 時を止められたように、停止した男子生徒の手には泥で汚れた体育着。


「この体育着をどうするつもりだ? 誰の命で動いた?」

「……エミリア・グランデの体育着と入れ替えるつもりだった。俺に頼んだのは……」


 表情が動かない男子生徒の唇だけが動き、目的と首謀者の名前を暴露していく。


「ふっ、このまま潰してもいいが、まだ早いな」


 泥だらけの体操着をどうするのか自白させた執事姿のノアは、冷たい目を男子生徒へ向けて彼の額を人差し指で軽く突く。

 よろけた男子生徒の足元に転移魔法陣が展開していき、瞬く間に彼の姿は搔き消えた。



「きゃー!?」「誰かー!!」


 教室から離れた場所で複数の女子生徒の悲鳴が上がる。


「お嬢様に危害を加えたわけではないため、この程度の仕置きで許してやるよ」


 転移先で正気を取り戻した男子生徒は、真っ青になって震え上がっていることだろう。

 一年A組の教室に居たはずが、気が付けば女子更衣室に居たのだから。


 窓の外へ視線を移せば、女子生徒達の悲鳴を聞きつけた教師達が廊下を走って更衣室へ向かっているの見える。

 更衣室から逃げ出した男子生徒が教師達に捕獲されたのを確認して、満足げに頷いたノアは音も無く教室から姿を消した。


終われなかった。

あと一話で完結します。

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