5.学園生活の始まり
緊張の学園生活が始まります。
女子寮を出て直ぐにダルスに絡まれてしまい、危うく入学式に遅刻しそうになったエミリアは、ノアの転移魔法により入学式会場の裏手にある茂みへ転移した。
圧力から立ち直れないでいるダルスを引き摺り、受付終了間際に受付を済ませたエミリアは額の汗を手の甲で拭う。
開始時間直前に入場した、悪名高いグランデ伯爵家の姉弟。
周囲から向けられる好奇の視線を浴びながら、エミリアとダルスは受付で渡されたクラス名簿に載っている指定席へ座った。
(まさか、私がA組でダルスがC組だなんて……あれだけやるように言ったのにあの馬鹿、自主勉強をしていなかったわね)
鞄に仕舞ったクラス編成表によれば、エミリアはA組、ダルスはC組所属と書かれていた。
一年時の所属クラスは入学前試験の結果で決まる。
前のエミリアよりも勉強に励んでいる今のエミリアがAクラスなのは、六年間の努力の結果と全教科満点に近い試験結果が返ってきたため頷けるが、一緒に勉強していたはずのダルスが前回と同じC組ということは誤算だった。
これでは、またダルスがシンシアに歪んだ感情を抱き、彼女へ付きまとい行為を繰り返してしまう可能性がある。
時間が無くてクラス名簿をチェックしきれておらず、記憶通りC組にシンシアが居るのか分からない。
ダルスが妙な動きをしていないか知りたくとも、彼が座る場所まで離れていて様子を知ることが出来なかった。
不安感を抱くエミリアをよそに入学式が開始され、学園長挨拶の後、新入生代表の言葉へと続く。
新入生代表は前と同じく、一学年上の王太子の婚約者である公爵令嬢だった。
前のエミリアには遠い存在だった公爵令嬢と同じA組になったのは、破滅回避に繋がるのかは分からない。とはいえ、身分学力ともに上位の公爵令嬢の不興を買う真似はしてはばならない。
緊張のあまり倒れそうになりながら、入学式を終えたエミリアは担任教師に連れられて他の新入生達と一緒にA組へ向かった。
「お帰りなさいませ。入学式はどうでしたか?」
入学式とホームルームを終えて、女子寮へ戻ったエミリアをメイド服姿のノアが出迎える。
「A組のクラスメイト達は身分もあり優秀な方々ばかりだったわ。半日だけでも気疲れして、もうフラフラだよ」
ソファーへ座ったエミリアは背凭れに凭れ掛かり、両手を上げて大きく伸びをした。
「お嬢様、制服に皺がついてしまいます。先ず着替えてください」
「分かったわ」
欠伸をしてソファーから立ち上がり、ジャケットを脱ぎハンガーを手にしたメイドに手渡す。
脇にあるファスナーを下ろして脱いでワンピースをノアに手渡して、上はブラウス、下はブルマとハイソックスだけとなったエミリアはハッと顔を上げた。
「ノア、着替えたいから出て行って」
メイドの格好をしていても、魔法で女性よりに姿を変えているだけで本来のノアは男性、心も体も男性だった。
頬をほんのり染めて恥ずかしがるエミリアに、一瞬だけ目を開いたノアはワンピースをハンガーに掛けて口角を上げた。
「今更何を恥ずかしがっているのですか? 屋敷に居た頃は、私の前であろうと平気で着替えていたでしょう。それにお嬢様の着替えなど見慣れています」
「ううっ、ノアがノアールの姿になってから何か急に恥ずかしくなったの。ノアールはノアだって分かっているのに変な感じ。恥ずかしいからこっちを見ないでね」
「それは、失礼しました」
クスリと笑ったノアは、自分に背中を向けてブラウスを脱ぐエミリアの背中を注視する。
ブラジャーのサイドベルトがエミリアの背中に、肩紐が肩に食い込んでいるのを見てそっと手を伸ばした。
「ひゃっ」
ノアの指先が肩甲骨付近を滑り落ちていき、ブラジャーのホックをトントンとつつく。
「採寸したのは三月前でしたね、少し余裕をもたせたのですが、少しきつくなっていますね。早急に採寸し直して新しい下着を作りましょう。このままでは、お嬢様に悪い虫が付きかねない」
両手でブラジャーのサイドベルトへ触れたノアは、慣れた手つきでホックを外して一段外側のホックにかけ替える。
「ノア? どうしたの?」
「いえ、お嬢様はまだまだ成長期なのだと思っただけです」
振り返ったエミリアの頬を一撫でしたノアは、用意していた水色のカットソーを彼女の頭から被せた。
***
入学式から丁度半月が経ち、新入生達も少しずつ学園生活に慣れて来た頃、新入生歓迎会が開かれるらしい。
生徒会役員が一年生専用掲示板に張り出したポスターを見て、エミリアは生徒会役員と初めて関わるこの行事を思い出した。
新入生歓迎会は、クラブ活動の紹介や他学年との交流会を目的としたもので、運動部から料理研究クラブ、演劇部などがあり、興味を持った生徒は身分関係なく入ることが出来る。
中には大掛かりな装置を使用するクラブもあり、前のエミリアの記憶では、クラブ紹介時に誤作動した天井の照明器具が落下し、シンシアに直撃しかけたのをイーサンによって助けられるのだ。
幸いにも大事には至らなかったが、シンシアは擦り傷を負い彼女を庇ったイーサンは擦り傷と打撲を負う。
その後、二人揃って保健室へ向かい、保健室内で何が無いが起きたのかは知らないがイーサンはシンシアを意識するようになった、らしい。
この事故がきっかけとなり二人の距離が近付いていったのだと、前の学園生活中、学園新聞クラブのゴシップ好きな女子生徒が教えてくれた。
(イーサン様とシンシアさんが恋に落ちる過程とか心底どうでもいいけど、少しでも二人に関わったら「嫉妬している」って嫌がらせの犯人にされそうだわ。幸いダルスはシンシアさんには興味を示さない、というか嫌っている? ダルス曰く、シンシアさんは頭の中が空っぽの尻軽女で、彼女を姫扱いする男子とよく一緒に行動していると言っていたもの)
短慮で面倒くさがりのダルスが頭の中が空っぽだと評するのは、相当ヤバイ性格をしているということだ。
A組とC組ではフロアが違うため、エミリアはC組へ行かなければシンシアとは顔を合わせることは無い。
今のところ特別教室へ移動する授業も重なることなく、多くの生徒が利用する食堂もノアお手製のお弁当を食べているため利用していない。
しょっちゅう忘れた教科書を借りに来るダルスも一緒に弁当を食べており、シンシアと彼女の友人達とはクラスメイト以下の関係でいるようだった。
ただ、頭の中が空っぽのシンシアに婚約者を奪われたのかと、イーサンへの恋慕は全く無いとはいえ婚約破棄をされた場面を思い浮かべると、複雑な心境になる。
今後の展開を考えてしまい、授業の内容が全く頭に入ってこない。
険しい顔で薬草学の教本を握るエミリアの手に力がこもっていく。
「エミリアさん、どうしたの?」
授業が終わっても教本を両手で持ち、固まっているエミリアに金髪の女子生徒が声を掛ける。
「ひぁっ、イ、イブリア様、今の薬草学の配合で分からないことがあって……」
大きく肩を揺らしたエミリアは、声を掛けて来た女子生徒へ愛想笑いを返す。
身を屈めて覗き込んできたのは、イブリア・ペリオン公爵令嬢。
A組学級委員長でもあり一学年上の王太子の婚約者だった。
「様、なんていらないと言っているでしょう? 博識のエミリアさんにも分からないこともあるのね」
毛先を緩く巻いた金髪、青い色の瞳に切れ長の目をしたきつめの美人、といった外見のせいで高飛車な性格かと思いきや、話して見ると厳しい一面もあるが面倒見がよく可愛ものが大好きというイブリアは、何かとエミリアを気にかけてくれる。
「分からないことがあるのなら、今日の放課後一緒に、」
ガララッ!
イブリアの言葉を遮るように、勢いよく教室の扉が開く。
「エミリア・グランデ嬢はいるか!?」
大教室内に居た生徒が一斉に振り向くほどの大声で、エミリアの名を呼んだのは腕に生徒会役員の腕章を付け、燃えるように赤い髪と赤銅色の瞳をした長身の男子生徒だった。
出来る執事はお嬢様の下着のチェックも怠りません。
イブリア様は可愛いものが大好きで、エミリアちゃんのことがお気に入り(*´ω`*)
次話で終わる、予定です。