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4.王立学園と女装執事

王立学園生活の始まり。

 朝食後、玄関前に並んで立つノアと使用人達に見送られエミリアは馬車へ乗り込んだ。


 同じく学園へ入学するダルスが行きたくないと駄々をこねているらしく、説得に手間取っているのか父親と継母の見送りは無い。

 異母弟を待たずに出発するという伝達を頼み、エミリアを乗せた馬車は王都へ出発した。




 整備された街道とはいえ、半日以上馬車に揺られ続ければ腰も痛くなってくる。

 同行するメイドへ休憩を訴えようかとエミリアが口を開きかけた時、ようやく王都の街並みが見えてきた。


 古の聖女の加護を与えられている王都は、グランデ伯爵領よりも当然ながら栄えており整備された街並みは色とりどり花で彩られていた。


 前のエミリアの記憶にある王都と重なる光景に、エミリアの胸の奥に不安が湧き上がってくる。


(大丈夫だわ。今の私は前の私とは違うし、ダルスも性格はゆがんでいても標準体型を維持しているし、ギリギリ美少年で前みたく女子には嫌われない。シンシア嬢へのつきまとい行為を防げば、婚約破棄されても同じ結果にはならない)


 華やかな車窓からの景色を楽しむ余裕もなく、これから通う王立学園へ向かい馬車から降りた。


 白百合のレリーフが掲げられている男子禁制の女子寮。

 男子は足を踏み入れることも出来ないため、同行しているメイドと一緒にエミリアも御者が馬車から降ろした荷物を持って寮の扉をくぐった。



 必要書類へサインし入寮手続きを済ませたエミリアら、初老の寮母に先導されて部屋へ移動する。

 休日とはいえ、寮内は静まり返っており此処で三年間も過ごすのかと不安を抱く。


「エミリア嬢の部屋は此方になります。先にいらしたメイドの方が部屋の掃除をされていますよ」

「先に?」


 同行したメイド以外のメイドが王都へ来ると聞いておらず、エミリアは首を傾げる。

 荷物を持つメイドを見ても彼女はただ微笑むだけ。


 寮母が部屋のドアを開けると、室内の掃除をしていた長身のメイドが振り向きエミリアへ向けて一礼した。


(え? 誰?)


 メイドの顔を見て、エミリアはポカンと口を開いて固まってしまった。

 手にしていた箒を壁に立てかけたメイドは、エミリアの手からスーツケースを自然な動作で抜き取る。


「荷解きは静かに行ってください。寮生活における規律を守り、騒がしくしてはいけませんよ」

「は、はい。これからよろしくお願いします」


 立ち去ろうとする寮母へ、エミリアは慌てて頭を下げる。




 扉が閉まり寮母の気配が離れていくのを確認してから、ようやく長身のメイドは口を開いた。


「お待ちしておりました。お嬢様」


 女性にしては低い声でも、見た目は完璧な“女性”のメイドの口調には聞き覚えがあり、エミリアは目を見開いた。


(え、どうして?)


 そんなことはないと、何度も目を瞬かせてメイドの全身を見る。

 エミリアよりも頭一つ分背の高いメイドは、陽光で淡い金髪に見える銀髪を後頭部の高い位置で一纏めにしており、印象的な深紅色の瞳とすっと通った高い鼻、意志の強そうな薄い唇をした、一度顔を合わせたら忘れないほど綺麗な外見をした女性だった。


 頭の先から足元まで凝視して……彼女の放つ雰囲気が誰に似ているのか理解したエミリアは、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「ノア?」

「はい」


 此処にはいないはずの執事の名を呼べば、メイドは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。

 見た目は女性にしか見えないのに、気配は慣れ親しんだノアのものへと変化する。


「やはり、お嬢様は分かってしまいましたね」

「どうして此処に? その格好は……?」


 学園の女子寮には、親族であろうと緊急時を除き男性は入れない。

 規則を守れない場合は謹慎以上の罰則があると、先程寮母から説明を受けた。

 それ以前に、ノアとの契約期間は今朝終了しているのだ。


「私はお嬢様の側に居て、貴女を守ると誓ったでしょう。此処は、男子禁制でしたので仕方無く女装をすることにしました。この姿の時は“ノアール”とお呼びください」

「じょ、そう……?」


 唇に人差し指を当てて微笑む仕草は、どう見ても完璧な女性そのもの。


 見た目だけでなく仕草も声もノアとは違うのに、どうなっているのかとか、聞きたいことは沢山あるのにあまりの衝撃の強さからエミリアの体から力が抜けていく。


「お嬢様!?」


 暗転する視界の隅に慌てるメイドの姿と、傾いでいくエミリアの体を支えようと手を伸ばすノアールの顔、そして珍しく焦ったノアの声が耳元で聞こえた。




「ノア」


 遠ざかろうとする背中へ、幼いエミリアは手を伸ばす。

 一人は寂しくて悲しい。

 だから、精神は大人でも魔物から助けてくれた彼に縋ってしまった。


「……ここにいる」


 仕方ないと息を吐き、振り向いたノアは伸ばされたエミリアの小さな手を握る。


「俺のお嬢様は甘えん坊だな」


 目蓋を閉じていても、彼が苦笑したのが気配で分かった。


「あたま、なでて」

「仰せのままに」


 大きな手で頭を撫でられると不安が無くなっていく。

 眠りの淵へ半ば落ちている時は、外見年齢に精神が引きずられているのか、エミリアは大きな手の平に頬を擦りつけて甘えた。




 ***




 部屋に射し込む朝日の眩しさでエミリアは目蓋を半分開く。

 昨日、ほとんど眠れなかったのとこれからの学園生活への緊張で疲れていたらしく、朝までぐっすりと眠っていた。


「あれ? 此処は?」


 いつもと違う部屋の内装に目を瞬かせたエミリアは、ベッドに手をついて上半身を起こして室内を見渡した。


(寮の部屋? ノアが部屋に居たのは夢だったの? そうよね、メイド服を着たノアが女子寮に居るなんて)


「おはようございます」

「きゃあっ、うぐっ」


 気配を全く感じさせずかけられた声に驚き、悲鳴を上げたエミリアの口を大きな手の平が塞ぐ。


「しっ、大声を上げるのは他の方の迷惑になりますよ」


 灰色に青紫が混じったラベンダーグレイ色の髪を後頭部で一纏めにした長身のメイドは、エミリアの口から手を外し自身の唇へ人差し指を当てた。

 身を屈めた彼女の口から発せられたのは低いけれど女性の声。

 やはり、昨日の出来事は夢では無かった。


「ノア、いくら似合っていてもその上背では無理があると思うわ」


 見た目は女性でも、彼女は小柄なエミリアよりも頭一つ分近く背が高く、メイド服で多少カバーしているとはいえ、互いの息遣いを感じる至近距離では女性にしては筋肉質な体つきなのが分かる。


「ノアール、です。これでも魔法で背を低くして女性的な骨格に変化させています。何もない所でも転ぶお嬢様は危なっかしくて目が離せない上に、体が小さいとお嬢様を守るのも抱きかかえられません」


 名前を訂正したノアはエミリアの脇に手を差し込み、幼子を起こすように抱きかかえようとする。


「か、抱えなくてもいいって。自分で歩けるから」


 密着して互いの熱を感じ、我に返ったエミリアはノアの腕を押さえて止めた。

 昨日の朝までノアに抱えられても平気だったのに、女装した彼に抱えられるのは恥ずかしくてエミリアは彼女の腕を押さえて止める。


「では、早くベッドから出て着替えをしてください」


 朝日の眩しさも相まって、メイドの擬態を解けば性別が男に変わるのが信じられないくらい、ノアは完璧な仕草でスカートの裾を直しどこから見ても女性の顔で微笑んだ。




 寝間着から制服に着替えを済ませ、部屋に運んでもらった朝食を食べたエミリアは、メイド姿のノアと共に女子寮を出た。

 腕時計を確認すると、もう入学式受付時間の十分前。


「転移しましょうか」

「駄目よ。敷地内は特別な理由がある場合、一部の魔法以外は使用禁止よ。って、あれは……」


 女子寮の門を出て直ぐの外灯を背にして、腕組みをした男子生徒を発見したエミリアは「うげっ」と声を漏らす。

 まさか、心細くなって一緒に行こうと誘いに来たわけではないだろう。

 入学式会場へ向かっていなければならない時間に今こんな場所に居るとは、何を考えているのだ。


「おい!!」


 自分を無視して通り過ぎようとするエミリアの前へ立ち塞がった男子生徒、腹違いの愚弟ダルスはエミリアを睨み付けた。

 伯爵家に居た時は大して身だしなみに気を使わないダルスでも、入学式は特別なのか少し癖のある髪についた寝癖は直し、服装もシャツも釦を上まで止めてきちんと制服を着ていた。


「俺を置いて先に行くとはどういうことだ!」


 鼻息が荒いダルスの背後には、鞄を両手に持った顔色を悪くしている従者がエミリアへ助けを求める視線を送る。

 二人そろって入学式に遅刻するのは、ただでさえ評判の悪いグランデ伯爵家姉弟の評判がさらに悪くなってしまう。

 思わずエミリアは片手で顔を覆った。


「そこを退いていただけますか? お嬢様が入学式に遅れてしまいます」


 ダルスと前へ進み出たノアは、自分の背にエミリアを隠す。

 全く敬意を払わないメイドの態度に、ダルスの額には青筋が浮かぶ。


「何だお前? 見ない顔だな。また冒険者上がりで生意気なメイドか?」

「ノアール、と申します」


 自分よりも長身のノアを見上げたダルスの表情は、眉を顰めたまま固まった。


 口元は僅かに弧を描いているのに、瞳は全く笑っていない冷笑を浮かべたメイドに、心臓を鷲掴みにされたような気分になったのだ。

 心臓の鼓動は速くなり、湧き上がってくる恐怖から背中に寒気が走り抜ける。


「ひいぃぁっ!?」


 植え付けられた恐怖で青ざめたダルスは、悲鳴を上げて後方へ飛び上がり地面に尻もちをついた。


「お坊ちゃま?」

「ああああ、何で、何で? 姿は違うのに、お前は彼奴と似た魔力を持っているんだ!?」


 全身を恐怖で震わせて涙ぐみダルスは、駆け寄った従者にしがみ付く。

 数年間に及ぶ、ノアによる教育という名のお仕置き、もとい矯正の結果、ダルスの心の奥深くまでノアの存在が恐怖の対象として根付いていたようだ。


 怯えきって立ち上がれないでいるダルスと、彼に冷笑を向けるノアを交互に見たエミリアは溜息を吐いた。


「ノアール、圧をかけるのは止めて。緊急事態として入学式会場近く、ダルスも一緒に目立たない場所へ転移してもらってもいい?」

「はい。学園側に感知されないよう、慎重に転移します」


 そうすることが当然のように答え、ノアは右手を地面へ向けて転移魔法陣を展開した。


女装執事はこうして登場しました。

あと少しだけ続きます。

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