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2.破滅回避のための時間

自分語り回です。

 建国の祖を聖女とするレティシア王国に籍を置く貴族のほとんどは、聖女の血を引く者達であり個人差はあるものの貴族達は皆魔力を持って生まれて来る。


 他国に比べ貴族と王族との繋がりは強く、それ故に規範から外れた者達は目立っていた。

 その中でもグランテ伯爵家の評判は、領地の特産品である上質な絹織物と真逆だと社交界では有名だったのだ。


 辺境伯の次女だった前妻が死去した後、グランデ伯爵が後妻に迎え入れたのは平民の女性。

 しかも、新しい妻との間には前妻との間に生まれた娘と同じ年齢の息子もいるという。

 それだけでも噂話が大好きなご婦人方を楽しませてくれているのに、平民出身の後妻は派手好き新しい物好きということもあり浪費も激しく、古くから伯爵家に仕える執事を悩ませていた。

 さらに、王家から任された水源の管理を怠っている現グランデ伯爵家当主に対し、領民の評判は下降していくばかり。


 冷静に見れば見るほど両親の振る舞いは酷いもので、エミリアは嘲笑を浮かべた。


(虚栄心とプライドが高いグランデ伯爵と贅沢を好む教養の無い平民出身の夫人、引きこもりで意地の悪い娘、我儘で肥え太った息子、最悪な一家だわ)


 婚約を破棄され逃亡の末、最果ての修道院で病に倒れ幕を閉じた前のエミリアの記憶。


 命を落とした記憶を持ったまま、どんな力が働いたのかは分からないが気が付くと九歳の時へ巻き戻っていたのは、人知を超え存在がエミリアを憐れみもう一度やり直す機会を与えてくれたのか。


 記憶の混乱から顔合わせを終えた夜に高熱を出し、どうにか熱が下がってきた二日後の深夜。

 力の入らない体を叱咤してベッドから抜け出したエミリアは、メイドに用意してもらった真新しい日記帳に破滅への記憶を書き記すことにした。


(騎士団長子息、真っ赤な髪色の婚約者なんて地味な私と釣り合わないのに。前の私は幼かったから素敵な婚約者が出来たと喜んでいたけれど、今なら分かるわ。ケンジット侯爵との繋がりを作るためのもの。侯爵夫人が失敗させた事業の援助を笠に伯爵が婚約を推し進めたのね。前の私は好かれようと努力していたけれど、最初から憎々しく思われていたなら上手くいくわけはないわ)


 込み上げて来た笑いでエミリアは小刻みに肩を震わす。

 婚約者となったイーサンは始終エミリアを睨み、侯爵夫人は愛想笑いすら無くこの婚約に納得していないことが伝わってきた。


(将来有望そうな騎士団長の息子と、悪徳貴族が無理矢理婚約したときたら、我が家の評判はまた下がってしまうわね。それとも、私が父親に我儘を言い婚約を取り付けてもらったとでも思われているのかもね。今ならイーサン様に嫌われていた理由も、シンシア嬢にのめり込んでいった理由もよく分かるわ)


 婚約者、騎士団長子息イーサン・ケンジットは、前と同じ様に数年後、男爵令嬢シンシアに惹かれてエミリアと婚約破棄するのか。


 顔を両手で覆い、一部朧げになっている記憶を探る。

 冷静に考えれば、婚約者のイーサンとシンシアの仲の良さに嫉妬し意地悪をして婚約者に嫌われるという、物語でいう恋のスパイス、当て馬な役割だったのだ。

 今後数年とはいえ、政略結婚の道具として父親から利用されるのも、イーサンの恋のスパイスとして当て馬役にされるのも、陰険異母弟と仲良く退学して破滅するのも絶対に嫌だ。


 破滅のきっかけとなるイーサンとの婚約は、すでに両家の間で結ばれてしまった。

 これからやるべきことは、破滅を回避して生き延びるために子どもなりに奮闘し、貴族令嬢の地位を捨てて生きる道を思い描くこと。

 ただし貴族令嬢の地位を捨てた後、自由に生きられるとはいえ魔力量の少ないエミリアが冒険者生活を送るのは不安定過ぎる。

 安定した生活を送るには、職に就くこととまとまった金銭が必要だと、修道院へ流れ着くまでの経験で分かっていた。


「知識と学歴、人脈づくりが必要ね」


 決意したエミリアは、翌日から破滅回避に向けて行動に移した。


 前のエミリアと同じ道を辿らないように、継母と使用人から嫌がらせを受ける本邸から一人別邸へと移り住み、愚弟の尻を叩く役目で家庭教師から剣技と魔法の授業を受けることにしたのだ。




 それから六年の月日が流れ、エミリアは十五歳になった。


 前のエミリアが苦手とした勉強も真面目に受け、使用人達とも積極的に関わるようにして伯爵家内で味方を増やした。

 父親が怠っていた水源の管理も、冒険者ギルドへ足を運び定期的に冒険者を派遣してもらえるように雇用契約をして、数年後領地を襲うだろう干ばつ被害が最小限になるよう尽力した。

 努力が実り、エミリアの周りには伯爵家外の人材が集まり、彼女自身と雇用契約を結んでいた。



「お嬢様、たまには奥様が開かれているお茶会に参加するのはどうでしょうか?」


 本邸から戻ったメイドから近々義母が茶会を開くと聞き、溜息を吐いたエミリアは首を横に振った。


「嫌よ。ご婦人方のお喋りの場に行っても、容姿と教養を貶されて疲れるだけだもの。愚弟はここぞとばかりに嫌がらせをしてくるだろうし」

「貶すなど! お嬢様はこんなにも可愛らしいのですから、悪く言う方は居ません! それに、お坊ちゃまが何をしてもノア様がお仕置きをしてくれますよ」

「うーん、お相手するのが面倒くさいからいいわ。それにノアはやり過ぎちゃうからね。私はグランデ伯爵家の変わり者でいいのよ」

「お嬢様……」


 眉尻を下げるメイドから顔を背け、エミリアは窓の外を見た。


 窓から見下ろした別館の入口、庭師と話をしていた黒色スーツ姿の若い執事は視線に気付き顔を上げた。

 吹き抜けた風に執事の銀髪が揺れ、彼は目を細めて髪を押さえる。


 離れていても分かる整った容姿の青年は、数年前、初めて行った領地の水源となる湖で偶然出会い、紆余曲折を経て専属の執事兼護衛となったノア。

 前のエミリアの記憶では名前すら出て来なかったノアとの出会いは、破滅とは違う道が開けるかもしれないという希望を抱かせてくれた。


 ジャケットを脱いだノアの側には、庭師と髪と服を土だらけにした腹違いの弟、ダルスの姿があった。


 もうすぐ王立学園へ入学するというのに、ダルスはエミリアを目の敵にして嫌がらせを止めようとしない。

 今朝、散歩へ出ようと玄関から出たエミリアがダルスの掘った落とし穴に落ち、別邸はちょっとした騒ぎになった。

 駆け付けたノアにより直ぐにエミリアは救出され大事には至らなかった。

 本邸の物置に隠れていたダルスも冒険者から転職した別邸の使用人達に捕獲され引き渡されて、屈強な庭師監修のもと穴を塞ぐ作業をさせられているのだ。



「毎回ノアにお仕置きされているのに、ダルスも懲りないわね」

「ダルス様はきっと、お嬢様と親しくなりたくて悪戯ばかりされるのですよ」

「親しくなりたいのなら、落とし穴を掘ったり虫の詰まった箱を贈り付けないわよ」


 嫌がらせをする度に、元冒険者の使用人達とノアの手でお仕置きされているのに愚弟は懲りない。

 度重なるお仕置きとエミリアへの対抗意識により、以前は怠惰により肥え太っていた体型も標準体型となったダルスは思春期を拗らせているのか、自分よりも家庭教師達の評価が良いのが気に入らないようで嫌がらせを繰り返していた。


(もしかして、嗜虐趣味でもあるのかしら? 多少性癖が歪んだとしても、シンシア嬢に対して付きまとい行為をしなくなれば、それはそれで良かったのかもね)


 親しくなりたいからという理由でも、幼稚な嫌がらせをする相手とは仲良くしたいとは思えず、エミリアは半べそで土を運んでいるダルスを睨み付けた。




 時計の秒針と自身の呼吸音しか聞こえない静かな夜。


 夜中になってもエミリアは寝付けず、何度もベッドの上で寝返りをうつ。

 朝になればエミリアは領地を離れ、王都にある王立学園へ向かわなければならないのだ。

 此処から離れられる嬉しさと今後の不安、半々の気持ちが混じり合い複雑な心境で寝付けない。


 レティシア王国では、貴族の血を継ぐ子は皆十五歳になった年の春から三年間の間、王都にある王立学園への入学し学ぶことを義務付けられる。

 王家を支える官僚と成れる者や、王国を守る要となる騎士や魔術師候補となる者を見極め育成するためだと言われているが、平和な世の現在では貴族の忠誠心を試すためでもあった。

 王立学園では貴族以外の平民にも入学が許されており、入学試験で優秀だと判断された者や強い魔力と有する者が学費免除での入学を許可されていた。

 王都にある王立学園に通うため、多くの生徒は実家を離れ学園の寮で共同生活を送ることになる。


 グランデ伯爵家から離れられると喜ぶ反面、六年間過ごした別邸を離れなければならないと思うと憂鬱な気分になり、眠気も失せていく。


 デビュタントにも参加しておらず親しい友人もいないエミリアは、領地を出て王都へ向かうのも初めてだった。


 世間知らずの変わり者と言われ、領地から出て来ない自分が周囲からどう思われているのかも、前のエミリアの記憶とノアに集めてもらった情報で知っている。

 淑女教育よりも剣技と魔法の習得に力を入れ、別邸に住みデビュタントも参加しなかったエミリアを、周囲の者達は変わり者だと面白おかしく評価していた。

 デビュタントに参加しなかったのは、愚弟の嫌がらせで川に落ち風邪をひいたからだ。

 それなのに、王都の貴族と婚約者殿はエミリアが表に出て来ないのは、外に出せないほど醜い容姿をしているからだと勝手に判断し、卑下しているらしい。


 六年前に父親が援助を笠に着て結ばれた婚約者、王宮騎士団第一団長ケンジット侯爵子息イーサンとは、ほとんど顔を合わせておらず。

 エミリアの悪評を知った婚約者殿は、都合の良い理由を作り婚約を解消したいと考えている、ということも知っていた。

 婚約解消をされたら貴族令嬢としてはお先真っ暗だが、継母のご機嫌取りのため、後継者の異母弟を優遇しエミリアを冷遇するような本邸の使用人達に囲まれているよりも、信頼できる者達と心穏やかに暮らす方が環境は良い。

 常に愛情に飢えた前のエミリアとは異なり心身ともに満たされていた。

 よって、恋慕も情も全く抱いて無い婚約者から婚約解消されたとしても、大して問題ではない。


「さあ、破滅回避のためにも円満に婚約破棄をしてもらわなきゃ」


 自分に言い聞かせるように、エミリアは掲げた手のひらを見上げて呟いた。

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