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1.巻き戻った時間

短編予定だったけど、短編にしては長くなったため分けました。

 レティシア王国王立学園に通う生徒が一番盛り上がる、生徒会主催の学園祭。


 後夜祭が行われる会場手前の中庭で、とある女子生徒をエスコートしていた赤い髪をした男子生徒は突然歩みを止めた。

 戸惑う女子生徒の手を自分の腕から外し、男子生徒は立ち尽くす彼女から距離を取る。


「イーサン様?」


 男子生徒の名を呼んだ時、木の影から桃色の髪をした女子生徒が姿を現す。

 桃色の髪の女子生徒は、髪と同じ桃色のドレスの裾を翻して男子生徒の側へ駆け寄った。


「共に歩めるのは此処までだ」


 敵意を露わに、厳しい顔つきになったイーサンに寄り添う桃色の髪の女子生徒が着ているのは、彼が贈ってくれたドレスとほぼ同じデザインで違うのは生地の色だけだと気付き、女子生徒は目を見開いた。


「エミリア、俺は君をエスコートは出来ない」

「シンシア嬢? どういうこと、でしょうか?」


 イーサンに寄り添う桃色の髪の女子生徒、シンシア・ミシェル男爵令嬢の様子から、二人の親密度が分かり眩暈がしてきた。

 そして自分が着ているドレスは、桃色の髪の女子生徒のために仕立てられたものなのだと、エミリアは理解した。


「君が直接手を下したわけではないが……君との婚約は今この場で破棄させてもらう。そして、君は弟の愚行の責任を取らなければならない」

「……分かりました」


 たった今まで婚約者だと思っていたイーサンから告げられた婚約破棄宣言。

 イーサンの背中に庇われた男爵令嬢を睨み付けることも出来ず、震え出しそうになる体を抑えるためにエミリアは両手を握り締めた。


(弟を止められなかった私を退学へ追いやり、イーサン様はシンシア嬢と幸せになるというのね。イーサン様の実家も我が家の過失による婚約破棄という形にして莫大な違約金を受け取れる)


 金銭目的と地位、互いに利用価値だけで結ばれた婚約とはいえ、数年間婚約を結んだ相手にかける情は微塵も無いとは。エミリアの喉から乾いた笑いが漏れた。


 桃色の髪の男爵令嬢が、可憐な容姿と無邪気な言動で数多の男子生徒を魅了しているのも、他の女子達からの噂話で知っていた。

 今まで自分の婚約者だと信じていたイーサンと男爵令嬢が距離を縮めていたことも、お節介な友人達から聞いて知っていた。

 しかし、同じ学園に通っていても互いに嫌い合い、ほとんど交流を持っていない腹違いの弟が行っていた男爵令嬢への行き過ぎた付きまとい行為は、学園祭三日前まで知らなかった。

 甘やかされて育ち、怠惰と暴食で肥え太った男子生徒に付きまとわれるのは、恐怖でしか無かっただろう。

 学園祭を一緒に回ることを男爵令嬢に断られ、激高した末の暴行未遂をした愚弟は弁解の余地すら与えられず、学園長から即退学処分を言い渡された。

 自業自得だとしか言えないし、恐ろしい思いをした男爵令嬢に対して同情はする。

 だが、弟の愚行を制止しなかったとして、処罰されるのは納得しきれなかった。


 付きまとい行為をされたのは気の毒だと思うが、恋愛感情は無いとはいえ他の生徒の婚約者と恋仲になるのはマナー違反だ。

 マナー違反でも、生徒会の一員であるイーサンには幼馴染の王太子、王宮騎士団長の父親という後ろ盾がある。

 悪役姉弟のおかげで、イーサンは可哀そうなヒロインを守る騎士として生徒達が思い描く恋物語の主人公となり、学園内、貴族内で関係の正当性を認められるのだ。



 婚約破棄宣言後、その日のうちにエミリアは逃げるように領地へ戻った。

 その後、エミリアの婚約破棄と愚弟の暴行未遂による多額の慰謝料の支払いのため、実家の財政は切迫する。

 さらに追い打ちをかけるように、領地を干ばつと山林火災が襲い干ばつの水源である湖の水が枯れ、作物が不作となり追い詰められた領民達が反乱を起こしたのだ。


 屋敷が領民達に襲われる混乱の中、着の身着のまま脱出したエミリアは各地を転々とした末、最果ての地に在る寂れた修道院へ流れ着いた。




 婚約破棄を告げられ、王立学園を退学してから三年。


 最果ての地へ流れ着いてから二年後、王都では王太子の結婚式が盛大に行われると、エミリアは旅人から聞いた。

 王太子妃となるのは、王太子の婚約者だった公爵令嬢ではなく桃色の髪の男爵令嬢だという。

 あの日、自分から奪った元婚約者はどうしたのかという疑問が浮かぶが、エミリアは首を振ってすぐに消した。


 学園内で起きた茶番劇を知る伝手も、想像する余裕はエミリアには残されては無い。

 病に蝕まれやせ細った体は、最果ての地の冬を乗り越えることは出来ないだろうから。


「あ……?」


 急速に視力が失われていく中、ほのかに感じた香りは甘い薔薇の香り。

 王都がある中央に比べて香りの強い鑑賞用の花は育ちにくい。

 追放されたとはいえ、貴族の血筋でも魔力量が少ないエミリアでも分かるほど強い魔力を持っていたあの人が、最後の餞にと花束でも持ってきてくれたのだろうか。


 固い木のベッドに横たわり咳き込んでいたエミリアは、口元を覆っていた手を退けてゆっくりと顔を動かした。


「きて、くれたの、ですね」


 一人で逝くのは寂しいと、ベッドの上で涙を流していたのが伝わったのか。

 今際の時に駆け付けてくれただろう人物に向けて、エミリアは力の入らない腕を伸ばし微笑んだ。




 ***




「……エミリア、どうした?」

「え?」

 

 聞き覚えのある、しかし、聞こえるわけがない声にエミリアはハッして顔を上げた。


「お父様……?」


 顔を上げて見えた視界が明るいのに驚き、次いでオリーブ色の髪を後ろへ撫でつけた男性の顔を見て悲鳴を上げかけた。


 領民の反乱により屋敷から引きずり出され処刑された父親と、愛人の裏切りにより逃走先で追手に捕まった継母の生きている姿に大きく目を見開いた。


 此処は何処かと周囲を見渡し、エミリアの脳内はさらに混乱していく。

 修道院のヒビが入った硝子窓から見えた雪を降らす重たい灰色の雲も、周囲の壁も煤と埃でくすんだ石の壁ではなく、魔石が混ぜられた壁材の壁だった。

 自分が立っているのは、病に伏せっていたエミリアが横になっていた殺風景な部屋とは全く違う、辺境の地へ追放される前に住んでいた伯爵邸の、特別な賓客用の応接間へ続く廊下に似た場所だったのだ。

 

「今更、顔合わせに怖気付いているのか? エミリア、お前は黙って愛想笑いでもしていればいい。くれぐれも失礼の無いようにしろよ」

 

 頭上から冷たい目で自分を見下ろす父親、派手な扇を口元に当てている継母の言葉を、エミリアは呆然と聞いていた。

 

(……お父様とお義母様? どうして?)

 

 領民の反乱により捕らえられ、処刑されたはずの両親は健在で若く自分よりもずっと背が高い。

「顔合わせ」とやらは、幼い頃父親が無理矢理取り付けた婚約者との顔合わせのことか。

 これは今際の時に見ている走馬灯かもしれないと、エミリアは自分の頬を抓る。


(痛い。では、これは夢ではない?)

 

「早く行くぞ。ケンジット侯爵をお待たせするわけにはいかない」


 廊下を歩き、執事が天井近くまである両開きの扉を開く。

 入室の挨拶を告げた執事が横に動き、見えた応接間の光景にエミリアは息を飲んだ。

 

(……そんな、これは)

 

 天井、壁、部屋の至る所に細かな装飾が施された応接間には最高級のテーブルと椅子が置かれ、大きな花瓶に大輪の薔薇が活けられていた。

 椅子に座るのは、一見して階級が高いと分かる軍服を着て、燃えるように赤い髪を短く刈り込んだ、厳めしい顔つきの男性。男性の両隣には黒に近い藍色の髪と藍色の瞳を上品なドレスを着た貴婦人、そして男性と同じ色の赤い髪をした活発そうな少年だった。


(この方達は、でもイーサン様は私の一つ年上だわ。なのに、幼い姿になっている?)

 

 ふと、応接間の棚の上に置かれた大きな花瓶が目に入った。

 曇りひとつなく磨きあげられた黒色陶器の花瓶は、鏡のように自分の姿を映し出してくれる。

 

 花瓶の表面に映るのは、腰まであるマリーゴールド色の髪を大きな髪飾りで結いあげ、水色のドレスを着た可愛らしい少女の姿があった。

 多少歪んでいるとはいえ、幼くなっている自分の姿に驚き、エミリアはターコイズ色の瞳を丸くして固まる。


(夢、じゃない? まさか、過去に時が巻き戻っているというの!? どうして?)


「エミリア、ご挨拶しなさい」

「エミリア・グランデ、です」


 父親に促されたエミリアは、震える手でドレスの裾を持ち会釈をしながら乾いた唇を動かす。

 久しく名乗っていなかった家名を言った声は幼く、過去に戻っている事実を受け止めきれない混乱と恐怖で掠れていた。


この後、もう一話更新します。

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