天女のリボン
こちらは黒森 冬炎様主催の『劇伴企画』参加作品となります。
カテゴリーはBですが、もしよろしければあなたが大切にしている、贈り物の音楽を聴きながらお読みください。
「ちがうって、いけないことなのかな」
ショーウィンドーにうつった自分の顔を、うららはじっと見つめていました。青いひとみが、おびえたように見つめかえしています。
「みんなとちがったら、いけないのかな」
「なにがいけないの?」
ショーウィンドーの横からひょいっと、男の子がのぞきこんできました。思わず、うららはとびのきました。
背の高い男の子が、うららのとなりに立っていました。ジーンズのポケットに手をつっこんだまま、にこっとわらいかけます。
「あの、わたし……」
うららはもごもごと口ごもってしまい、言葉が出てきません。男の子はかまわずつづけました。
「ぼくは清麿。君はなんて名前なの?」
「……うらら」
「何年生? どこの学校?」
「天ノ丘小学校。四年生よ」
「そうか、同じ学校だね、ぼくは六年生」
うららはなにもこたえられませんでした。クラスのいじめっ子たちを思いうかべて、うららは身をかたくしました。清麿はうららとならんで、ウィンドーのなかをのぞきこんでいます。
「あのさあ、どうして泣いていたの?」
うららは急いで、ショーウィンドーにうつる自分の顔を見つめました。涙のあとが、まだのこっていました。
「それは……」
顔をあげると、はじめて清麿と目があいました。
「なにかいやなことでもあったの?」
清麿は心配そうに、うららを見つめかえしました。
「……うん」
うららはゆっくりとうなずきました。手のひらで目をぬぐってから、うららはかぼそい声でたずねました。
「ちがうって、いけないことなのかな」
「いったい、どうしたの」
「わたし、みんなとちがうでしょ。目が青い色なの。わたしのママも、おばあちゃんも、みんな青い色なの。だから、みんながおかしいって。ちがうって、いけないことなの?」
「同じ色の人なんて、だれもいないと思うけど」
「でも、みんなは黒い目なのよ。それなのにわたしだけちがうから、いつもなかまはずれにされて。みんなから、『お人形さん』ってからかわれて」
「そうなのか。うららは自分の目が、好きじゃないの?」
「うん」
「ぼくはその青い目、すてきだと思うよ」
「いやなの、青い色なんて大きらい」
清麿はじっと、うららの目を見ていました。
「ねえ、ぼくについてきてくれる? すっごく青い星が見えるところがあるんだ」
いきなり清麿は、ものすごい速さでうららをひっぱったのです。
――ああっ――
転びそうになり、うららは手をふりほどこうとしました。大声をだそうとしましたが、声が出ません。まわりの風景が、ぐんぐんうしろへ遠ざかっていきます。
商店街から、せまい路地に入りました。上り坂を、清麿はぐいぐいひっぱっていきます。
だんだんとあたりが暗くなります。
がさがさがさっと、風で木の葉がざわめきました。木がアーチになっています。うららは清麿の手を、ぎゅっとにぎりしめました。
「もう少し、あとちょっと、それっ!」
とたんにぶわっと、冷たい風が顔にふきつけました。思わず目をつぶりました。
「さあ、ついたよ」
うららはこわごわ、目をあけました。そこは、街灯がぽつんと一つだけある、さみしい公園でした。
「どうして、ここはこんなにくらいの?」
「ここはね、『天女の丘』とよばれているんだよ」
「天女の、丘?」
「ほら、見てごらん」
清麿がにっこりわらって、空をゆびさしました。うららは空を見あげました。
「うわあ」
天の川がくっきりと見えます。なんとたくさんの星がちりばめられてるのでしょう。
「すごいだろう、星ってあんなに青くてきれいなんだよ。うららの目とおんなじだ」
「こんなきれいな空、見たことないよ」
「ここはね、ずっと昔に、天女さまが降りてきた丘なんだ。それで、天女の丘とよばれているんだ。でも、天女さまは空に帰ることはできなかった。空に帰るための羽衣が、なくなっていたから。悲しかったんだろうね。天女さまはずっと、ここで歌を歌っていたんだって」
うららはうなずくのも忘れて、天の川をながめています。まるでずっと昔から、この空を知っていたような、なつかしい気持ちに心がつつまれます。気がつけばうららは、口ずさんでいました。ずっと昔に、ママが歌ってくれた子守唄を。
なくしてしまった羽はどこなの
届くことのない歌を歌って
帰ることのないふるさとを想い
わたしはずっと探しつづけます
「そうか、やっぱり君がそうなのか。君の青い目を見たとき、そんな気がしたんだ」
清麿はふうっと息をすいこみ、歌いました。
あなたの羽を持ちつづけながら
あなたの歌った歌を想います
届けることのできない自分を
わたしはここでずっと悔やんでいます
「その歌、にてる。ママの子守唄とにてるわ」
「ぼくの家に、ずっと昔から伝わっている歌なんだ。ぼくのおじいちゃんがいっていたよ。その昔、ぼくの先祖は、この丘で天女さまを見たんだ。とてもきれいな人だったそうだよ。それで、ぼくの先祖は天女さまの羽衣を、盗んでしまったんだ。その盗んだ羽衣を、お城のお姫さまに贈ったんだ。お姫さまとぼくの先祖は、結婚して幸せに暮らしたそうだ。けれど、天女さまのことが、ずっと気になっていたんだ。そしていつか、この羽衣を天女さまに返したいって」
清麿が何かを手わたしました。ふわりと、そよ風がなでたようなやわらかさです。すきとおった虹色の、美しいリボンでした。
「うらら、君は本当は天女さまの子孫なんだよ」
「まさか」
うららはこまったようにわらいました。自分が天女だったなんて、信じられるはずがありません。
「君のその目……。ぼくの先祖が出会った天女さまも、あの星のように、青い目をしていたんだから」
「うそ? そんなはずないわ」
「きっとそうだよ。さ、つけてみてよ」
黒くて長いかみの毛に、うららはリボンをまきつけました。ずっと昔からそうしてきたように、羽衣のリボンはかみにしっくりなじみました。
「ほら、うららの青い目に、とってもにあってる。さあ、見てごらん」
清麿はポケットから、古めかしい手鏡を出しました。
青いひとみに、黒いかみ、そしてすきとおった羽衣のリボンは、まるで今までの自分じゃないようでした。
「わたし、よくわからないわ」
うららは、こまった顔のままでした。
「でも、ありがとう」
清麿はうなずきました。
「どうだい、今でもうららは、自分の目が好きじゃないかい?」
「……ううん、好きになれそう」
「よかった」
清麿はほっとしたように、うららの手をとりました。木のアーチが空をおおい、冷たい風がふきつけてきました。
気がつくとうららは、ショーウィンドーの前に立っていました。
「あれ、清麿くんは?」
うららはあたりをきょろきょろ見わたしました。
「まさか、夢、じゃないよね」
ショーウィンドーにはうららの長いかみにつけた、羽衣のリボンがゆれていました。ひゅっと一瞬、清麿のすがたがうつったと思いましたが、それはすぐに消えてしまいました。
お読みくださいましてありがとうございます。
ご意見、ご感想などお待ちしております。
また、この場を借りて素晴らしい企画を運営してくださった、黒森 冬炎様に感謝の意を表明いたします。本当にありがとうございます(^^♪