伏して讃えなさいナクロ様と
クリスライセが召喚したドラゴン
それはカースドラゴンと呼ばれるこれまたエンシェントドラゴンの一種である
呪いを得意とする種類であり、ゆえにフウカの呪詛が効かないうえに強さも圧倒的にカースドラゴンのほうが上だ
そしてそんなドラゴンを平然と召喚できるクリスライセは紛れもなく天才であり、だからこそこれまで彼女にできないことはなかったし手に入らないものもなかった。彼女に逆らうものもいなかったがゆえに増長してしまい、自分のやることはすべて正しい。自分こそが絶対と思い込んでしまったのだ。
それはあの決闘で敗北した今も変わらない、いやむしろ悪化していた。
だから気づかなかった。もう一人カースドラゴンの前に小さな少女がいることに
黒い髪に褐色の肌の小さな少女、その名はナクロ
ヒスイの可愛い飼い猫(だとヒスイだけは思っている)の魔獣である。
誰が見てもこの場には似つかわしくない容姿の少女
それがカースドラゴンの前に立っていた
そしてフウカに襲い掛からんとしていたカースドラゴンの片足を素手で引きちぎった
カースドラゴンが痛みに悲鳴をあげる
ナクロは引きちぎった自分の胴体ほどもあるドラゴンの脚をしばらく見つめた後…それにかぶりついた
静まり返った部屋の中にナクロの咀嚼音だけが響く
小さな少女が明らかに体積にあってない大きさのドラゴンの脚を胃袋に収めていく光景をクリスライセは茫然と見つめていた
やがて脚が完全にナクロに食べられ…爆発が起こった。
ナクロを中心に衝撃が走り倒れていた男たちごと辺りを吹き飛ばす
フウカは眠るヒスイを庇いながらすでに退避していた。そして煙がはれそこに少女の姿はなく一人の美女の姿があった
ヒスイと同じように黒く長い髪をふくらはぎの辺りまで伸ばし、豪華な装飾が施された着物のような服をはだけさせその肉付きのいい褐色の肌がところどころのぞいている。
その美女はめんどくさそうにこれまた豪華な意匠が施されたセンスをゆらりと振っていた
「一応どなたか聞いておきましょうか」
クリスライセはあくまでも冷静に美女に問いかけた
明らかに普通ではない登場をした謎の美女に警戒をしたからだ
美女は扇子をぱたんと閉じると縦長の瞳孔が入った真っ赤な水晶のような目をクリスライセに向けた
そして真っ赤な朱色のひかれた唇を開く
「今…名前を聞いたの?この「わたくし様」に名前を?無礼がすぎないかしら?死にたいのかしら?」
その瞬間強烈なプレッシャーが辺りを襲った
まるで押しつぶされるような、いや実際に何かに圧し潰されていた
部屋全体がきしんでいる、体が動かない。自然と床に這いつくばるような姿勢になってしまう
それは常に人の上に立っていたクリスライセにとって屈辱的な姿勢だった
「ぐっ…!何を…この私を誰だと思っているのですか!今すぐにこの変な魔法を解きなさい!」
「誰?誰なのあなた?知らないわ…わたくし様、覚える価値のない物の名前は憶えないタイプなの」
「この…!カースドラゴン!いつまで寝てるの!主が侮辱されたのですよ!はやくその女を排除なさい!!」
カースドラゴンが咆哮を上げその口から黒く濁ったブレスを吐く
しかしそのブレスは美女が持つ扇子を一閃すると綺麗にかき消えてしまった
「…わたくし様に唾を吐くなんてしつけがなってないトカゲだこと。悔い改めて来世でやり直しなさい」
美女の腕から黒い何かがこぼれ落ちる
地面に落ちたそれはシミのように広がっていきカースドラゴンの足元までたどりつくとその体に黒い痣のようなものが広がりやがてカースドラゴンはその動きを止めた
「これも汚れたからもういらぬ」
そして先ほどの扇子を放り投げ、こつんとカースドラゴンに当たる
その結果、ドラゴンの巨体が砂のように崩れ去った
「あぁ…あぁもう…なんでどいつもこいつも皆役立たずばかり…!!どいつもこいつも私の足を引っ張ることしかしない!!」
クリスライセは細剣を手に無理やり立ち上がると美女に向かって突き出した
美女はどこからともなくもう一つ扇子を取り出すとクリスライセの細剣をあろうことか扇子で受け止めた
「…この!」
負けずと剣を振るい続けるもそのすべてが扇子によって受け止められていく
そしてなにより彼女を苛立たせるのはその美女がクリスライセの事を一切見ていない事だった
つまらなそうにどこかをぼんやりと見つめているような目をしていた
「私を馬鹿にするな!!」
クリスライセはそこで魔法を放った
得意とする光の魔法、そのなかでも威力に特化した対象に爆発を起こす魔法だ
それを剣先に込めて扇子に受け止められた瞬間に解放する
瞬間、小範囲の爆発が起こり美女を巻き込んだ
「はぁ…はぁ…これは私を侮辱した罰です。甘んじて受けなさい」
クリスライセはフウカとその後ろで眠るヒスイのほうを見ると今度はそちらに細剣を向ける
「次はあなた達です。正義の裁きを受けなさい」
そう言ったとき後ろから頭を掴まれるような感覚がクリスライセを襲った。そして
「服が汚れてしまったではないか小娘。誠意をもって謝罪しなさいな」
そのまま床が抜けるのではないかという勢いで床に顔を叩き作られる
「な、なに…!?」
なんとか目線だけを上に向けるとそこには無傷のあの美女が平然と立っていた
「はぁ…わたくし様に剣を向けるってだけでも大変な事なのに魔法まで…身の程をわきまえないにもほどがあるわね?」
美女がクリスライセの頭を踏みつける
「その足をどけなさい!私をクリスライセ・レーテルだと知っての事なの!?」
「知らないって言っているでしょうに。まぁもういいわどちらにしろアナタはもう殺すわ。心の広いわたくし様でもここまで侮辱されたら…ねぇ?」
頭を踏みつける足にさらに力が加えられる
「ぐぐ…ぅ!わたくし様わたくし様って馬鹿みたいに!いったい誰なんですかあなた!」
「…あなたのような小娘が私に名前を聞くなんてどれだけ罪深いことかわかってるの?まぁでもわたくし様は寛大な心で名乗って差し上げましょう。跪いて感涙にむせび泣きながら聞きなさい」
クリスライセは唐突に蹴り飛ばされる
そして飛ばされた先で再び謎の力に押さえつけられる
「伏して讃えなさい、わたくし様はナクロ。黒の邪神と恐れられし偉大な存在ですのよ?」
「ふざけてるのですか?」
「ふざける?どこにふざけてる要素が?…あぁ、可哀そうに。わたくし様という偉大な存在を前に理解が追い付かないのね?わかるわ、わたくし様もたまに自分の偉大さに恐れおののくことあるもの…いいわ特別にナクロ様と呼んでもよろしくてよ?」
徹底的な上から目線
自分こそが上だと信じてやまないその姿はクリスライセに通じるものがあった
しかし決定的な違いも同時にある。それは存在としての格である
この世の頂点の一人、生まれながらの神。それに比べればクリスライセなど欠片ほどの価値もない
それでもクリスライセはそれを認められない
彼女の傲慢さはもはや止められないのだ
「邪神とはやはり帝国の民は邪悪な心に囚われているのですね!ならば私が救わなければ…私は革命の乙女!悪に屈したりなんて」
「あぁもういいですわ。うるさいし…わたくし様の耳に入るにはあなた音痴が過ぎますわ」
先ほどと同じようにナクロの手から黒い何かがこぼれ落ちる
そしてそれはクリスライセに向かっていき
「…っ!ああああああああああああ!!!!」
瞬間クリスライセの身体を強烈な激痛が襲った
神経の一本一本を残らず丁寧に焼かれているかのような強烈な激痛
明らかに脳のキャパを超えているのに気絶することもできない、結果悲鳴をあげることしかできない
「あらら?やればできるじゃない!なかなかいい音色ですわね~?さすがわたくし様、無知蒙昧な小娘にこんな素敵な歌を歌わせることができるなんて…自分の才能が怖いですわぁ」
静まり返った部屋の中にクリスライセの悲鳴だけが響き渡る
ナクロは満足げにそれを聞いていたが不意に美しい声がそれをさえぎる
「_悲鳴をあげないで_」
フウカの呪詛だった
それによりクリスライセは悲鳴をあげることができなくなった。
先ほどまで呪詛が効かなかったのはひとえに呪いを主とするカースドラゴンの加護によるもの
よってそれを失った今、クリスライセにあらがうすべはなかった
「あら?あらあら?なぜ今わたくし様の邪魔をしたのかしら?」
「お嬢様が起きてしまいます。ご自重ください」
「あら!それもそうね!わたくし様ったらうっかりしてたわ~?」
ナクロはそれまでとは打って変わってうっとりとした笑顔でヒスイの元まで歩く
そして眠るヒスイの頬を撫でながらつぶやく
「くすっ、わたくし様のかわいいかわいいご主人様。あなたの全てはわたくし様の物…だからあなたもあなたの周りも全てわたくし様が守ってあげましょう?」
くすくすと少女のようにナクロが笑う
最初は気まぐれに契約をしてみたがヒスイと過ごす毎日は思った以上にナクロにとって満足のいくものだった
だから彼女は呪う
ヒスイにとって要らないもの全てを。自分の思うがままに
「あら?なんだか外が騒がしくなってきたわね?」
「そろそろ時間ですのでスズノカワの人たちが乗り込んできたのかと」
「なるほど…わたくし様、騒々しいのは嫌ですの。あとはよろしく?」
「かしこまりました」
ナクロの身体が黒いドロドロとした何かに溶け出していく
そして完全にどろどろの液体になり…小さな魔獣の姿に戻ったのだった
フウカは眠るヒスイと子猫の姿に戻ったナクロを抱え部屋の外に出た
「カチコミじゃオらぁ!!!!!」
「ようスズノカワ舐めてくれたなアホんだらがぁ!」
屋敷の中で大勢のいかつい男たちが暴れていた




