セリック視点 見失った意味
雨が降りしきる王都の下層部
いわゆる貧民街と呼ばれているその場所で傘もささずに飲めもしない酒をあおる
なぜこんなことになってしまったのか
どこで間違えたのか考えだしたらキリがない
私…いや俺、セリック・アイルマナーは幼いころから騎士になりたかった
父が王国に仕える騎士だったのだ
王国の平和のため、力を持たない者のために剣を振るうそんな父が誇りだった
だから息子である俺が騎士を目指すのは必然だった
母親には反対されたが最終的には認めてくれた
幸い俺には才能があった。魔力も人より多めで身体強化の魔法が得意だった
そんなこんなで18になり学園を卒業するころには無事に騎士となることができた。
そのころには父も引退して母と二人で僻地に行き暇を謳歌していた
たまに手紙をよこしてくるが相変わらず仲がよさそうで微笑ましいやら恥ずかしいやらである
だが二人の励ましの言葉も綴られており
両親に顔向けできる自分であろうとさらに気を引き締めた
しかしそこで俺は理想と現実の違いを思い知ることになった
端的に言うとその場所は腐っていた
弱者を守るはずの騎士が弱者を守らない
犯罪者を見つけても賄賂を貰い見逃す
日々の鍛錬などしない
己を鍛えようと初めて訪れた鍛錬場に誰もいなかったときは唖然とした
そのくせ権力者にはごまをすり誰もかれも自分は有能なのだと売り込む
あの副長がいい例だ
あいつは今の騎士の負の部分がすべて詰まっている
どうも今の王の統治になって変わってしまったらしい
騎士を重要視しない今の王では腐っていくのも道理なのか
しかし俺は諦めきれなかった
夢を理想を、自分が憧れた騎士になりたかった
だから必死に努力した、したはずだった
それがどうだ
結局誰にも認められず
誰にも誇れやしない騎士長という役職だけ押し付けられ
そして今はすべてをなくしこんなところでやけ酒を飲むだけ
こんなんじゃ両親のもとにも恥ずかしくて行けやしない
これじゃあ俺の人生なんの意味もないじゃないか
ざーざーと降る雨の中
複数の足跡が聞こえた
それは俺の目の前でとまった。そいつらは汚い服を着て下品な表情をした男たちだった
「よーよー!兄ちゃんどうしたよこんなところで傘もささずによ~」
「女にでもフラれたか?ひゃひゃひゃ!」
「ところでよ~いい服着てるなぁ兄ちゃんよ~!高そうな酒も飲んでるしなぁ?俺たちにも少し恵んでくれや」
どうやら物盗りの類らしい
今までの俺なら捕まえていたところだが…もはや騎士ではない俺にそんな権限はない
通報したとしてもあの騎士達がわざわざ貧民街まで来るはずもない
もうすべてがめんどくさい
「…失せろ」
「ああん?なんか言ったか兄ちゃん」
「失せろと言った。俺は今機嫌が悪いんだ…お前たちにかまってやる余裕がないんだ」
「おいおい言うじゃねえかよ。こりゃあ俺たちがここのルールを教えてやらんとなぁ!」
「ひゃひゃひゃ!痛い目見ても文句言うなよ!」
グイっと胸倉をつかまれ立たされる
あ~面倒だ。本当に
「ん?おいなんだこいつ!片腕がないじゃねえか!」
「おおマジだ!なんだなんだ?魔物にでもやられたかぁ?それで職をなくしてこんなところにきちまったのか?わははは!こいつは傑作だぜ~!」
その時俺の中でいままで感じたことのないような激情が産まれた
激しい怒りだ
「おー!おー!じゃあこの哀れな弱っちい坊ちゃんにここのルールを教えてやるぜ!ここではなぁ…強いやつが全部を手に入れるんだよ!」
男の一人に顔を殴られた
あぁ…そうか…ここはこういう場所なんだったな…ならば
俺はさっき殴ってきた男の腹に膝蹴りをした
がふっ!と変な息を吐いて男が倒れた
「てめえ何しやがる!よくも俺様の手下を!」
ぎゃーぎゃーとうるさいやつだ
「強いやつが偉いんだろう?ならお前たちを全員倒せばもう静かにしてくれるのだろう?」
今度は左腕の拳を別の男の顔に叩き込んだ
利き腕ではないがそれなりに威力はあったようで何本か歯を折ってしまった
「ひ…ひぃぃい!」
「うるさい」
残ったもう一人の顔にも同じように拳を叩き込む
ざーざー
雨の音だけが響く
あぁよかった…静かになった
そうだ…このままこの場所にいるやつをみんな静かにしてしまうのはどうだろう
そうすれば俺は静かに暮らせるんじゃないだろうか?
それがいいそうしよう
俺は残った酒を飲み干すとゆっくりと貧民街の奥に進んで…
「ようやく見つけた」
誰かに呼び止められた
またうるさくなった
もう今の俺には自分以外のすべての声がうるさく聞こえる
俺はその声も静かにしようと振り向いて…言葉を失った
それはそこにいるはずのない人の姿だった
「あんた確か…」
「あら?私の事覚えててくれたのね?でも改めましてヒスイ・スズノカワよ。よろしく」
それはあの帝国貴族のお嬢様だった
そしてその背後に傘を差した女性がいた。顔は傘で隠れていて見えない
それよりも気になることは
「なんであんたがこんなところにいるんだ」
「あなたを探していたから」
「俺を…?なぜ」
「勧誘よ」
「勧誘だと…?俺を?」
「そう。あなたを」
「はっ…勧誘?この俺を?ははははは!こんな俺を何に勧誘しようってんだ!?」
「ん~考える限りは…軍事顧問とかかしら?なんかそういうの詳しそうだし。あとは護衛もかしら」
はははとつい笑いがでてしまう
ずいぶんと面白い事をいうお嬢様だと
「冗談はよしてくれよ、腕がない俺なんて何の役にも立たんよ」
「そうかしら…けっこう立ちそうだけど…?」
周りの倒れた男たちを見渡してお嬢様がそういった
「ははは。こんな奴らどうにかできたところで意味なんかないだろ?あんたのところにはもっと強そうな連中がいたじゃないか」
あの屋敷に行ったときは正直気が気じゃなかった
屈強そうな男が何人もいた
あそこで喧嘩なんかは御免こうむりたい
「いま他の人の話はしてないでしょう?私はあなたと話してるのよ?」
「あ~もううるさいな…だから俺なんか勧誘しても意味ないって言ってるだろう!?」
お嬢様は「はぁ」とため息をはいた
そして
「さっきから聞いてれば意味、意味ってなんなの?私はあなたは役に立つと思ってるから勧誘してるんだけど?」
俺はお嬢様のその言葉に無性に腹が立った
おかしいな…俺ってこんなにキレやすかっただろうか
でもとにかく今は静かにしてほしかった
だからお嬢様に掴みかかろうとして…後ろの傘を持った女性に蹴り飛ばされた
「はいはい~おさわりはNGです~ごめんなさいね~」
「ちょっとサーシャ…やりすぎじゃないの?」
「いやいやなんかあったら大ごとですからねぇ~私が姉さんに殺されますわ」
俺を蹴り飛ばしたその女性は…あぁ忘れるはずがない
記憶に焼き付いたあの圧倒的な強さと美しさ
あの時のメイド服の女性だ
しかし同時にほらみろと思った
「なんだよ…やっぱり俺なんていらないじゃないか…」
「ん?何か言ったもしかして打ちどころが悪かったかしら?ごめんなさいウチのメイドが…」
ふざけないでくれ
俺は自分のうちから流れてくる感情を制御できなくなっていた
「ふざけるなよ!やっぱり俺の事なんていらないじゃないか!あの時見た!そこの女性は俺なんかより何倍も強かった!なら右腕がない俺を欲しがる理由なんてどこにある!何もないんだよ!俺には!もう放っておいてくれ!!!」
肩で息をする
どうやら自分で思っていた以上にいろいろとたまっていたらしい
小さな少女に何を言ってるんだか
ほんとどうしようもないな俺は
「ねぇあなたさ…右腕がなくなったからって言ってるけど、右腕だけがあなたの価値なの?」
「は…?」
俺はお嬢様の言葉がよく理解できなかった
「腕がなくたってあなたはあなたじゃない?腕が本体な奇天烈な生き物じゃあるまいし…そんな自分を否定しなくてもいいじゃないの」
自分の拳からギリギリと嫌な音が聞こえ力が入る
「勝手なことを言うなよ…お前に何がわかる!俺は…俺は!騎士になるのが全てだったんだ!必死に努力して剣も扱えるようになって!でももうその剣を振るう腕がないんだぞ!ただでさえそこの女性にも勝てないくらいなのにだ!こんな俺になんの意味があるって言うんだ言ってみろよ!」
かなりの声量で怒鳴りつけているにも関わらずお嬢様は平然としていた
そして腕を組んでう~んとうなるとまた口を開く
「まずね?剣に関しては…私も一応少しは習ってるから大変さは少しだけわかる。でもね右腕でできたことが左腕でできないってことはないはずよ?あえて簡単に言っちゃうけどね」
それは無責任な言葉だ
こんな残酷で無責任な言葉があるだろうか
俺は言葉を失った
「それがどれだけの事なのかわかってるのか…?」
「ううん。わからない…でもね私も昔は身体が動かせなくてね、ずっとベッドの上で寝てるだけだったこともあるの…だから思い通りにならない苦しみって点では少しだけわかるかもしれない」
それは妙に実感のこもったセリフだった
10歳の少女にそんな経験があるのか…?なにかの病気とかだろうか
「んでもう一つ。あなたがずっと言ってる意味ってやつね?どうして自分に意味がないと思うの?」
「俺は騎士だ…でももう騎士じゃない…俺の人生はなんの意味もなかったんだ」
なぜだろうか
俺はいつの間にかお嬢様にぺらぺらと自分のことを喋っていた
この人なら何とかしてくれるかもしれないと思ってしまったのかもしれない
「なるほどね…ねえセリック?あなた誰かに親切にしてもらったことはある?」
「…は?」
「は?じゃないわよ親切にしてもらったことはある?って聞いてるの」
「あ、あぁ…ある…あると思う…」
「嬉しかった?」
「そりゃあまぁ…」
「それは意味のない事なの?」
「あ…?」




