変わらない運命
セリックは後悔していた
なぜこんなことになったしまったのか
やはりあのとき何が何でも殿下を止めるべきだったと
セリックの後ろには震える子供が三人
目前には聞くものを絶望させるような咆哮を上げるドラゴン
勝ち目はないかもしれない
それでもと剣を構える。なぜなら彼は誰かを守りたくて騎士になったのだから
事が起こったのは数時間ほど前
スズノカワ家から逃げ出したキースロイスは荒れていた
「くそ!あいつら…この僕を馬鹿にしやがって!おいまだ馬車の用意は終わらないのか!」
「はっ!もう少しで終わるはずです」
捨て台詞をはいて逃げ出したにもかかわらず馬車の用意ができていないため帰るに帰れないという格好のつかなさすぎる状況にイライラはつのるばかりである
その時だった屋敷からギア、メナ、タマリの三人がでてきたのだ
「あいつらは…さっきもあの場所にいたやつらだな?」
話をふられたセリックは嫌な予感を感じつつも相槌をうった
「ええおそらく」
「あの容姿…帝国民ではないな。王国の者か」
確かに三人の顔立ちはどうみても王国の人間のそれだった
そして同時に馬車の用意ができたと報告が入った
「だと思います。それと馬車の用意ができたそうです」
「そうか…よし!おい、あの三人を連れていくぞ」
キースロイスの突然の発言にセリックは最初何を言っているのか理解できなかった
いや理解したくなかった
「殿下…連れていくというのはいったい…」
「そのままの意味だ。あいつらを連れて帰る」
「お待ちください殿下!なぜそのような人さらいのようなマネを…」
「人さらいだと?貴様ふざけるなよ!これは次代の王による正義の行いだ」
「は…?なにを言っているのですか」
「ふん!そんなこともわからないのか!騎士長が聞いてあきれるな…いいか?あいつらは王国の民だぞ?ならばこのような帝国に乗っ取られた地で自ら住んでいるはずなどないだろう?無理やり連れてこられたに決まっている。だからこの僕が連れて帰ってやろうというのだ!どうだ?理解したか僕の尊い正義の行いを」
それはあまりにも無茶苦茶な言い分だった
道理も何もあったものではない
キースロイスは今年で10歳になったばかりの子供だ
しかし王位争いもなく周りからは甘やかされ持ち上げられ育てられたせいか傲慢で自分勝手な子に育ってしまっていた
それでもなんとかまだ正しく育ってはくれないかと護衛等で接する機会が多いセリックは苦心していた。
そして今回は絶対にいさめるべきだと思っていた
「殿下!それはあまりにもな言い分です。どうかお考え下さい…殿下のその行動には相手への配慮が欠けています!王となるからには民の言葉を聞いて…」
「お前は何もわかっていない!この僕が!王のいう事が民にとっての絶対だ!それに悪行を重ねているのならまだしも僕のこれは善行だ。なんの問題がある?」
「ですからそんな考えでは」
「もういい!貴様は常日頃から僕に口答えばかりする不快な奴だとは思っていたがもう我慢ならん!腕がいいからと調子に乗っているようだが帰ったら覚えておけ!おい他に誰かいないのか!」
「お呼びですか殿下」
そこに現れたのは騎士の副長という役職についている男だった
団長のセリックとは馬の合わない男で騎士内では派閥で対立していた
というよりはセリックが孤立していたというほうが正しいかという状態だった
「副長か。さっきの話は聞いていたな?あの三人を連れていくから連れてこい」
「かしこまりました」
「まて!騎士長としてそんなこと認めるわけには!」
「おやおやまさか王国に忠誠を誓った騎士の長たるあなたが殿下のいう事に逆らうのですか?」
「…くっ!しかし今やろうとしていることは人さらいと同じことだぞ!?」
「いい加減にしろ!どこまで僕を侮辱するつもりだ!早く連れてこい!そして帰るぞ!」
セリックの必死の説得もむなしく結局三人は無理やり馬車に乗せられ連れていかれてしまったのだ
そして今は三人の子供たちはセリックと同じ馬車に乗せられていた
キースロイスが煩わしいセリックを遠ざけたかったのと自分から指示を出しておいて貴族でもないものと同じ馬車になど乗れないとセリックと子供たちだけを追いやったのだ
「くそ!だせよ!俺たちをここかから!」
「あなたたちこんなことが許されると思っているのですか!」
「うぅ…お嬢…メリッサさん…ふぇぇ」
連れていかれる際に当然ながら暴れに暴れた三人は現在後ろ手に縛られていた
そして馬車の中でギア、メナはあふれんばかりの怒りをセリックにぶつけタマリは突然の出来事に涙していた
しかしそんな状況に誰よりも心を痛めていたのは紛れもないセリックであった
「…ほんとうに…もうしわけない…」
「うるせぇ!謝ればなんでも済むって思うなよ!?」
「その通りです。謝るくらいなら僕たちを早く返してください」
「すまない…今はどうすることもできない…しかし必ず私が君たちを家に帰すと約束するから今は耐えてはくれないか」
「なんで…うぅ…なんでそんなかってなことばかり言うの…ぐすっ…」
「すまない…」
セリックにはそう謝ることだけしかできなかった
その時だった
とてつもない轟音と咆哮が響き馬車が止まった
そして悲鳴が響く
「うわぁあああああ!」
それはキースロイスの声だった
「殿下!君たちはとりあえずここにいて…いやゆっくりと私のうしろからついてきてくれ!」
子供たちの腕を縛っている鎖を何とかしてやりたいが鍵はキースロイスが持っているためどうにもできないことを歯がゆく思いながらセリックは子供たちと馬車を降りることを選択した
おそらく魔物が現れたのだろうと判断したセリックは馬車に残すより自分と一緒にいたほうが安全だと思ったからだ
しかしその判断はあっていたともいえるし間違ってもいた
なぜならその魔物が
「な…これは…!」
セリックの眼前にいた魔物その名はエンシェントドラゴン
今の戦力では討伐不可能な魔物だった
「くそ!君たち絶対に私から離れるんじゃないぞ!わかったな!」
セリックは状況の把握に努めた
そして副長と数人の騎士に守れたキースロイスを見つけてとりあえずは無事だったことに安堵する
(問題はこれからどうするかだな…)
勝つことはまず不可能
ならば逃げるしかない、しかし殿下と子供たちを連れて無事に逃げることができるだろうかとセリックはこれまでにないほど頭を働かせる
そうしている間にもエンシェントドラゴンはその巨体をもってキースロイスのほうに進撃をしていた
「う、うわぁあああ!お前たち!はやくなんとかしろ!」
騎士達がなんとかキースロイスを守ろうと応戦するがそれを気にも留めずひたすらにキースロイスだけを狙うエンシェントドラゴン
(なぜだ!なぜ殿下だけを狙う?何かの習性か…?)
必死にエンシェントドラゴンの生態を思い出そうとして一つの答えに行きついた
やつらは個体数が少ないがその分仲間意識がとても強いことで知られている
そんなはずはないと思うが一つ確認をしなくてはいけない
「殿下!なにかエンシェントドラゴン関連の素材を持っているということはないですか!」
「なに…!?こんな時に何を言っているんだ貴様は!」
「あれは仲間意識が強い魔物なんです!ほかの個体の身体の一部などをなんの処理もなく持ち歩いてるとやつらに狙われたりするという話があるんです!」
「…!!まさかあれが…くっ!」
その話をきいたキースロイスはなぜかセリック達のほうに走った
そしてセリックを通り越して手を縛られたタマリに近づくとその服に何かを引っかけた
それは何かの牙の一部のように見えた
それを見たエンシェントドラゴンが咆哮を上げた
「殿下!なにをやっているのです!それは何ですか!」
「うるさい!叫ぶな!これは王宮にあった何かの欠片だ!気に入ったから拝借していたがまさかあの魔物の一部だったとはな!おい!副長!馬車を動かせ!ここから逃げるぞ!」
そのままタマリを突き飛ばすと先ほどまでセリック達が乗っていた馬車にキースロイス達が乗り込む
「殿下!この子たちも一緒に!」
「ふざけるな!いまそいつが狙われているんだろうが!僕たちが安全な場所につくまでお前たちで時間を稼いでいろ!」
「そんな…!!私が時間を稼ぎます!だからせめてこの子たちは連れて行ってあげてください!そもそもこの子たちを連れてきたのは殿下ではないですか!」
「僕はそいつらを助けてやろうとしたんだ!ならばそいつらも僕を助けるべきだろう!?」
「そんな自分勝手な道理が通るとでも本当にお思いなんですか!」
何とかタマリから牙を外そうとするセリックだったが焦りで指が思うように動かず
またタマリ自身もパニックになっていることもあり服に絡まるばかりだった
かくなるうえはと服を剣で切ろうとするがその時間をエンシェントドラゴンは許してはくれなかった
エンシェントドラゴンの口から炎が放たれる
それを何とか剣で受け止める
しかしその反動で身体が少し吹き飛ばされてしまう
「くそ!なんて力だ!なんの予備動作もない攻撃でこれか…!」
「あ~ちくしょう!この腕をほどきやがれ!俺も少しは戦えるから!」
ギアが叫ぶが10歳の少年に何ができるものでもない
それに鍵はキースロイスがもっておりそのキースロイスはというと馬が恐怖で動けなくなっており副長とともに四苦八苦しているようであった
「あぶない!」
メナが突然叫んだ
しまった…気をそらしてしまった
そうセリックが後悔した時には遅かった
突如エンシェントドラゴンがその巨体からは想像ができないようなスピードでツッコんできたのだ
狙いはタマリ
セリックにはすべてがスローモーションに見えた
「だめだ…!こんなこと許されるものか…!」
スローモーションの世界でセリックは必死に手を伸ばし、そしてタマリを突き飛ばした
そこにエンシェントドラゴンの口が通り過ぎて
「うぐぁあああああああああ!!!」
「…え…?」
タマリは見てしまった
自分を突き飛ばしたセリックの今まであったはずの右腕の肩から下がキレイになくなっていた
そしてセリックはあまりの激痛に意識を保つことで精一杯だった
「ぐ、ぐぅぅうううぁ…!」
「おいあんた大丈夫かよ!!」
「いけない!すぐ止血しなければ!」
ギアとメナは状況を何とかしようとするもやはり手を縛られた状態では何もできなかった
しかしエンシェントドラゴンはそんな彼らを待ってはくれない
またもやタマリに狙いをつけて行動を開始しようとする
「…やらせん…やらせんぞ…!」
そしてその間にセリックが立ち上がり割り込む
激痛に意識が持っていかれそうで
血も流しすぎてふらふらで
利き腕もなくなって満足に戦えない
それでもセリックは立っていた
「なんであんたそこまで…死んじまうぞ!」
「私は騎士だ……君たちのような子供が安心して暮らせるように平和を守りたくて…剣をとったんだ…だから死んでも…君たちは…守って見せるから…安心してくれ…」
霞む視界の中
剣をエンシェントドラゴンに向ける
来るなら来いと
たとえ命をなくしたとしてもここはどかないと
そして
エンシェントドラゴンがまた突進の態勢に入り
雷が落ちた
それは突然だった
何もない快晴の空の下
突然雷がエンシェントドラゴンのいた場所に落ちたのだ
エンシェントドラゴンが苦痛の叫びをあげる
「何が…おこったんだ…」
セリックは何が起こったのかさっぱりわからなかった
しかしいつの間にか自分の前に誰かが立っていることを認識した
それはメイド服を着た女性だった
「あ…サーシャさん!!」
子供たち三人がメイド服の人物、サーシャに駆け寄った
「あ~お嬢様に突然呼び出されてあの王子たちを追いかけろって言われた時はなんなのかと思ったけどまさかこんなことになってるとは…あなたたち大丈夫だった?ていうかなんで縛られてんのよ……っとこれでおっけー」
サーシャが三人の手を縛る鎖に触れるとまるで最初から鍵などついてなかったかのように外れた
「俺たちは大丈夫なんだ!でもこの騎士の兄ちゃんが!!」
「ん~?ありゃ…腕がキレイになくなってるじゃないのさ。まぁでもこの人らがあんたらさらったんでしょう?いい気味ってことでいいんじゃない?」
「違うんですサーシャさん!この人はタマリを守ろうとしてくれたんです!」
「うん…うん!」
「あ~そうなんだ…そういえばお嬢様からも騎士長は気にかけてあげてって言われてたっけ…しょうがないなぁ…ほいっとお兄さんこれで痛みはなくなったでしょう?」
サーシャが指をパチンと鳴らした
そういわれてセリックは右腕の痛みと血も止まっていることに気が付いた
「これは…」
「とりあえず止血もしてあげたから大丈夫でしょうたぶん」
「君は…いったい何をしたんだ」
「はいはいそういうのはあとあと!まずはあのドラゴンを何とかしないとさ…こういう荒事は姉さんの仕事なんだけどなぁ…まぁ仕方ないやれるだけやってやりましょうかね」
魔女とエンシェントドラゴン
いまこの世界における強者と強者が対面していた
こういう王子みたいな目に見えて将来痛い目をみることが決まってるような悪役が好きなのでついついめちゃくちゃ悪いことをさせてしまいます




