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1ー8

 結局、瑠璃川に押し切られる形で幕を閉じた帰り道。

瑠璃川はスーツから部屋着に着替えてくると言って一旦家に帰った。


 俺は家に帰って玄関の扉が閉まるのを確認すると、深い溜息と共にその場にへたり込んだ。


(なんでだ、どうしてこうなった…)


 どうやら、瑠璃川は俺が恐怖心を抱いていることに対して楽しんでいるフシがある。あの爛々と輝く目は、施設のガキどもが新しいオモチャを手に入れたときと同じ目に見えた。


(それに、あのときの蕩けるような表情…)


 思い出してすぐに(かぶり)を振った。

 とりあえず、瑠璃川が来るまでに準備しないと。


 気怠げにゆっくりと立ち上がり、スーツから私服に着替えてから(いつものスウェットに着替えるか迷ったが、一応女性が来るということで私服にした)冷凍していたカレーを取り出して温め直す。

 部屋は施設にいた頃の習慣で常に綺麗にするよう心がけていたため、掃除の必要はなさそうだ。


 焦げ付かないようカレーをかき混ぜながら、瑠璃川のこれまでの言動について考える。


(なんで俺なんだ。)


 そんなに俺が慌てふためく様子を見るのが楽しいか。だとしたら、あいつの性格はとんでもなく歪んでいる。


 そこでふと、高校の同級生と放課後にした会話が蘇る。



『真司、これまでに気になる異性はいたか?』

『はっ?そりゃいたことはあるけど…急になんだよ?』

『では、その子にちょっかいをかけたことは?』

『あー、俺はないけど、あれだろ?男子小学生特有の好きな子の気を引きたくて意地悪してしまうってやつだろ。』

『世間一般ではそう言われているが、私はそうではないと思う。』

『というと?』

『あれは、お前は私のものだと直接相手の心と身体に訴えかけているものだと考えている。DVなんかと一緒だな。』

『なんとなく分かる気はするが、小学生がそんなこと考えながら意地悪してるって思うとすげー嫌だな。』

『それは違うな。考えて意地悪をしているわけではなく、本能に従って意地悪をしているんだ。それは子供だけでなく、大人にも適用される。』

『なるほどな。つまり好きな人を傷つける行為は、独占欲からくるものだということか。』

『そうだ。もちろん個人差はあると思うが、もしかしたら相手のことが好きであればあるほど、相手を傷つけたい気持ちも強くなるのではないかと考えている。』

『うへー、俺にはまったく理解できそうもないな…』

『そこで私は思った。真司の身体を使って実験したいというこの気持ちは、もしかしたらキミへの好意からくるものではないかと。』

『えっ?いや、ちょっと——』

『あぁ、安心してくれ。今回の実験はいつもよりも比較的に軽いものだ。さらに私が真司に好意を持っているか分かるかもしれないんだ。とても嬉しいだろ?』

『とても嬉しくないから!意地悪と実験は違うから!

ちょっ…やめッ…あ”ぁー!!』



 …嫌な汗が背中を伝っていくのが分かる。

 カレーを混ぜていた手が止まっていることに気づき、慌てて再開させた。

 瑠璃川が俺に好意を寄せている?そんなバカな…

 見た目だって、世間一般的に見てもカッコいい訳じゃないことは自分で分かっている。出会って間もない俺のことをいきなり好きになるなんてことは考えづらい。

 やっぱり、怖がる俺をからかってただ面白がっているだけだろう。

 カレーが温まったところで時計を見ると、帰宅して30分は経っている。

 だが、瑠璃川はなかなか来ない。


(もしかして、来ないんじゃないか?)


 からかうだけからかって楽しんだから、今日はもう満足して家でゆっくりしてるんじゃないか?

 そうならそうでこっちとしてはありがたい。このまま自分が食べるカレーうどんを作って食ったら寝るか。

 そう考え始めたところで、まるで見計ったように家のチャイムが鳴った。


(そんな都合のいいことはないよな…)


 火を止めて玄関に向かう途中、昨日の夜と同じような行動をしていることに気づいて少し身体がこわばった。

 カギを開けて警戒しながら扉を開けると、玄関の前には白いセーターと黒のショートパンツを履いた瑠璃川がいつもの笑顔で立っていた。部屋着に着替えるって言っていた気がするけど、俺にはどう見ても私服にしか見えない。


「こんにちは。本日はお招きいただきありがとうございます。」


 ペコリとお辞儀をしながらご丁寧に挨拶してくるが、こっちから招いた記憶はひとつもない。


「…どうぞ。」


 愛想笑いもせず家に招き入れると、「お邪魔しまーす!」と元気な声で家に入ってきた。

 超美人な女の子が自分の家に上がって一緒にご飯を食べるなんて誰もが羨むこの状況。本当は泣いて喜ぶシチュエーションなんだろうな。

 けど、今の俺にはライオンを家に入れることとなんら変わらない気持ちなんだよ。

 部屋に入った瑠璃川は「ほー、へー」と物珍しそうに周りを見ている。


「おい、あんまりキョロキョロしないでおとなしく座っててくれ。」

「いやー、男の人の部屋って初めてだからさ、なんだか

珍しくて。散らかってるって言ってたのに、すごくキレイだね。」

「そ、そりゃさっきまで掃除してたからな。」

「ふーん…まぁ私を部屋に入れさせないための嘘だったんだろうけどね。」

「ぐっ…!」


 いよいよ遠慮がなくなってきたなこいつ。

 そもそも、あの計画はもう破綻したようなもんだしな。

俺も取り繕うのはやめよう。

 瑠璃川は俺の気持ちとは正反対に楽しそうで、ご機嫌に鼻歌まで歌っている。早くお帰りになっていただきたい。

 冷凍していたご飯をチンしてお皿に盛りつけたらカレーをかけて完成。スプーンと麦茶も用意して瑠璃川の前に運ぶと、彼女は「おーっ!」と嬉しそうにしていた。


「おいしそう!なんか色々入ってる!!」

「カレーなんて誰でも作れるだろ。」

「私は作れないよ?」

「怪しいとは言ってたけど、あれって作れないって意味だったのか?」

「そもそも、わたし料理したことないし。」

「じゃあ最初から正直に作れないって言えよ。」

「はぁ…旭くんは女の子のことが分かってないなぁ。」

「なんか無性に腹が立つな。いいから食え。」


 そのセリフ、地元で何回も言われてきたけど、まさかこっちでも聞くことになろうとは。

 …もうちょっと勉強したほうがいいのかな?


「あれ?旭くんは食べないの?」

「あぁ、俺は昨日カレーライスだったから今日はカレーうどんにしようと思ってな。」


 冷蔵庫から出汁を取り出して、鍋に適量を入れたら再び温め直す。うどんは電子レンジに入れてチンしたらすぐにできるやつだ。


「んー、じゃあできるまで待ってるね。」

「いや、冷めるから先に食っててくれ。」


 そして早く帰ってくれ。


「さすがにお呼ばれされて私だけ先に食べるとか気が引けるよ。」

「俺は気にしないぞ。あと呼んでない。」

「それじゃ1人で食べるのと変わらないよ。せっかく

一緒に食べれるんだからさ。」

「…瑠璃川って本当に強情だよな。」

「おっ?少しは私のこと理解してくれた?」

「いや、まったく。」


 そんな簡単に理解できたらこんなに悩んでねぇよ。

 どんぶりにうどんを入れてその上からカレーうどん用に作った出汁入りルーとネギを入れて完成。

 テーブルまで運んだら瑠璃川の対面に座り、手を合わせた。


「いただきます。」

「いただきます!」


 こうして奇妙な食事会が始まった。

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