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(くそッ…なんでだよ。)


 古今東西、嫌な予感ほどよく当たるとは言われてるが、なにもこんなタイミングで当たらなくてもいいじゃないか。

 眠気と衝撃で頭ん中グチャグチャだ。思考がうまくまとまらない。


「大学の入学式ってもっと適当なものかと思ってたんだけど、意外としっかりしてたよね。あっ、でもすでに髪の色とかすごい人いたね!見てるだけで目がチカチカしちゃった。」


 そんな俺を置いてけぼりにして、矢継ぎ早に話しかけてくる瑠璃川に相槌を打つこともできない。

 とにかく、早くこの場から立ち去らないとまた倒れかねない。


 どうすればいい?ここで用事があるからと立ち去るのはあまりにも不自然すぎる。正直にお前が苦手だから一緒に帰りたくないって言うか?いや、これからのことを考えると、人気者になるだろう瑠璃川と波風立てて変なウワサなんか流された日には、俺の大学生活は灰色と化してしまう。

 ここはやはり当初の計画通り、瑠璃川が他の人たちと仲良くなって俺のことをちっぽけな石ころ程度に思うよう、極力絡まないようにする。それまでは、できるだけ自然に接するよう心がける。

 やはり、これがお互いのことを考えても一番いい方法なんじゃないか?

 平穏な大学生活を送るためにも、ここは慎重に行動しよう。


 そうこう考えているうちに、瑠璃川が俺のすぐ横に立って「青になったよ。行こう?」と顔を覗き込んできた。

 そんなひとつひとつの行動に、思わずビクッと反応してしまう自分が情けなくて嫌になる。

 瑠璃川から体半身分、間隔を空けて歩き始めると彼女はムッとした表情になってその間隔を詰めてきた。

 その表情に気づかないフリをしてさりげなく離れようとしても、瑠璃川も自然に距離を詰める。

 これ以上イタチごっこを続けても不毛なので観念すると、瑠璃川は満足そうな顔をした。

 

「そういえば!さっきバッチリ目が合ったんだから声くらいかけてくれてもいいんじゃないかな?」


 一転、今度は私、怒ってます!と言わんばかりに頬を膨らませて文句を言う彼女に苦笑い。


(とにかく自然体で接しろ。弱みを見せるな。)


 もう休ませてください!とお願いしてくる脳みそを無理やりフル回転させて、なんとか逃げる口実を見つけねばと言葉を探す。


「いや、あんな囲まれてる中に入って声かける勇気なんかねぇよ。」

「えー、そこはかっこよく「早く帰るぞッ!」って腕を引っ張っていくところじゃない?」

「それ彼氏とかがとっていい行動じゃない?」

「そんな、私たちまだ出会ったばかりなのに…彼氏なんて気が早いよ…」

「おれ、そんなこと一言でも言ったか?」

「まぁ、彼氏にされてもドン引きですけどね。」

「じゃあなんで言ったよ!?」


 思わず素でツッコミを入れてしまったけど、この調子で相手のペースに合わせて、ある程度したら適当な理由をつけておさらばしよう。

 さて、どうするか…


「ねぇ?そういえばもうお昼だしさ、お腹空かない?」

「そうだな。」

「それじゃ、一緒にご飯食べに行こうよ!これからおいしいって評判のいいパスタ屋さんに行く予定だったんだ!」


 ここだ!この降って沸いたようなチャンスを必ずモノにする!!


「あー、実は昨日の晩めしが余っててさ、なるべく早く処理したいし材料も用意してるから今日は家で食べるわ。」


 よし!これは全部本当のことだし、さすがに瑠璃川もこれ以上は強く誘えないはず。二日連続で断るのは少し申し訳なく感じるが、これも俺の平穏な大学生活のためだ。すまない!


「えっ、昨日の晩ご飯ってカレーだったよね?」

「あぁ、カレーって1回で何人分も作るから1日じゃ絶対に食いきれないんだよな。だからしばらくは——」

「はい!私も食べたいです!!」

「…はッ?」

「これから旭くんの家にお邪魔していいかな?」


 緊急事態発生。

 ちょっと待て、こんな急展開(カウンター)まったく予想できなかった。いくら隣に住んでるとはいえ会ってまだ3日目だぞ!こいつの距離感どうなってんだ!!

 と、とにかく断らなければ…!


「い、いや…でもパスタ食べに行くんだろ?」

「そんなのいつでも食べに行けるよ。」

「部屋散らかってるし…」

「私は気にしないよ?」

「だったら瑠璃川んちに持っていくからさ、家で食べて——」

「後片付けとかいろいろ手間になっちゃうし、面倒くさいでしょ?それに、またの機会にって昨日言ったよね?ねッ!」

「うっ…」


 目をキラキラさせて責め立ててくる瑠璃川の勢いに思わず気圧された。なんで今日はこんなに強引なんだよ。

 思えば、今日の瑠璃川はテンションがぶっ飛んでる気がする。言動がこれまでより積極的というか、めちゃくちゃ楽しそうだ。

 まるで、オモチャを与えられた子供みたいに…


「決まり!旭くんの手作りカレー楽しみだなぁ。」

「ま、待てよ!瑠璃川はいいのか?」

「んっ?なにが?」


(クソッ!これはあんまり言いたくなかったが…)


「俺は男だぞ?」

「…?だから?」

「だからッ!そんなほいほい男の家に上がり込んでいいのかよってことだよ!」


 あぁ…そんな度胸もないくせに、何言ってんだ俺は。でも、これで瑠璃川が少しでも危機感を覚えてくれたらもしかしたら——


「あぁ、なるほど…それなら大丈夫だよ。」

「大丈夫って…ほんとに分かってんのか?」

「旭くんが私にエッチなことするかもってことでしょ?」

「…ッ!そ、そうだよ!いや、しないけど…でも、そんなのわかんねぇだろ。」


 自分でなに言ってるか分かんなくなってきた。顔から火が噴き出しそうだ。


「分かるよ。旭くんは大丈夫。」

「だからなんで——」


 突然、右肩に重みを感じたかと思えば、それが瑠璃川の白い手だと気づく。

 次いで俺の耳に甘い吐息が吹きかかった。


「だって、私が怖いもんね?」

「ッ!!」


 まただ。

 弱みを見せないようどんなことがあっても平然に振る舞おうと心に決めていたのに、身体に刷り込まれた恐怖心は全身を簡単に支配してくる。

 だけど、少しは耐性がついたのか(不本意ながら)、前回と違い身体が動いてくれる。

 急いで前に飛び退いて後ろを向くと、瑠璃川は口元に手を当てて微笑んでいるように見えた。

 最初、笑いを堪えてるかと思ったけど違う。

 目を潤ませて上気しているその表情は、どこか恍惚としていた。


 それはとても(いびつ)で、恐ろしいもののはずなのに、



 少しだけ綺麗だと思ってしまった。

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