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1ー5

 俺は生まれたときから両親がいない。


 いや、正確にはいたんだけどまったく覚えていないと言ったほうが正しい。


 ある日施設の前に、生まれて間もない赤ん坊の俺と、名前の書いた紙だけが置いてあったと高校生のとき施設のデータをこっそり見て知った。

 それを知ったところで、別に両親を憎んだりしなかったし、他人事のようにすら思えた。

 あくまでも俺の親は、施設の職員の人たちだ。

 本当の親がどんなものなのか分からないけど、血の繋がっていない何十人もの子供たちに愛情をもって育てることは並大抵のことではないだろう。


 本当に尊敬するし、感謝してもしきれない。


 そんな生まれたときから施設にいた俺だけど、そこには当然、何人もの先輩たちがいたわけだ。

 その中のひとりに、3つ上の女の子がいた。

 名前は夜桜よざくら 優希ゆうき

 少し赤みのかかった長い髪と、パッチリおめめに澄んだ瞳が印象的な子だった。


 優希お姉ちゃんはとにかくいい子でなんでもできる子だった。お手伝いだって率先してやってたし、遊びも年上の子たちができないようなことをサラッとやってのけたりする。

 職員の人の受けもよく、年少の子たちはみんな憧れていたし、俺も例外じゃなかった。


『しんじ、はやくいっしょにきなさいよー!』

『まってよー、ゆーきおねーちゃん!!』


 なんで仲良くなったかは覚えてないけど、優希お姉ちゃんとは遊ぶときもご飯のときも寝るときも常に隣だった。

 そのことに周りの子からは羨まれた俺は、他のみんなじゃなくて俺を頼ってるんだと誇らしく思ったし、優越感に浸っていた。


 そんなある日、優希お姉ちゃんと一緒に遊んでたら大きな犬と遭遇した。

 犬がこっちに近づいてきたとき、俺は怖くて姉ちゃんに泣きながら縋りついた。実際は近所で飼っていた大人しい犬で、遊んでほしくて近づいてきただけなんだけど、自分より大きいのが怖くて仕方なかったんだ。

 そのとき、姉ちゃんは大泣きする俺の頭を撫でながらあやしてくれた。けれど、この日からだったと思う。優希お姉ちゃんの様子が変わっていったのは…


 別の日。


『しんじ、みて?めずらしいキノコがはえてる。』

『ほんとだ!きれいないろだね!!』

『ちょっとたべてみて?』

『えっ?でもママせんせいが、しせつのものいがいはたべちゃダメだって…』

『だいじょうぶだよ。おいしそうだし。』

『でも…』

『しんじは、わたしのいうことがきけないの?』

『そ、そんなことないよ!わかった、たべてみる!』


 1週間、生死の境をさまよった。

 そしてまた別の日。


『しんじ、ここのこうえんには、ななつばのクローバーがさいてるんだって。』

『へー、ぼくはよつばのクローバーまでしかみたことないや。』

『わたしもみてみたいな。』

『そ、そうなんだ。それよりも、あっちに——』

『さがしてきて?』

『で、でもそんなのみつからないかもしれないし…』

『しんじは、わたしのいうことがきけないの?』

『わ、わかった!がんばってさがしてみる!』


 1週間、公園の隅々まで探し尽くしたが見つからなかった。

 

 その他にもカエルの味は鶏肉の味と同じなのか実際に体験させられたり、トイレに行きたいって言ったのに遊ぶと言って聞かなかった姉ちゃんにシーソーでトドメをさされたりと、散々な目にあってきた。

 しかも、他の子や職員さんには相変わらずいい子ちゃんでいつもニコニコ顔。ひどい無茶ぶりを要求してくるのは俺にだけだった。

 当然おれの言うことなんか誰も信じないし、チクッたらさらにハードルの高い無茶ぶりが待っていたから、途中からなにも言えなくなった。

 

 その優希お姉ちゃんも、俺が6歳になる年にあっさりいなくなった。

 どうやら遠い親戚が、優希お姉ちゃんが施設に預けられていることを知って引き取りにきたらしい。

 そのときの俺は心の底から安堵した。もうこれで、姉ちゃんから無理難題を押しつけられることはないんだって。

 周りの子たちは泣いてお別れしていたけど、俺はなにも言えずただ俯いているだけだった。

 そして別れる間際、優希お姉ちゃんは

 俺の耳元で——


『またね。』


 薄く笑いながら一言そう告げて去っていった。



 いま思えば、キノコが食えないのもカエルが苦手なのも全部優希お姉ちゃんのせいだったんだ。

 ていうか、なんでこんな濃ゆい内容を忘れてたんだよ。立派なトラウマじゃねーか。

 あぁそっか、このままだと俺の心が壊れるって自己防衛本能が働いたんだろうな…


 そうだ、瑠璃川 翡翠と夜桜 優希はどこか似ている。雰囲気はなんとなく違う気がするが、優しいところ、気の回るところ、常に笑顔なところ。

 そしてなによりも、とても綺麗で、純粋で、力強くて、有無を言わせない瞳。あの瞳の奥の輝きが、頭の中でも俺を縛りつけて離さない。


 あのとき瑠璃川は俺の目を見ていたけど、実際は別のところを見ていた気がする。少しオカルティックな気もするが、彼女は俺の心を覗き込んでいたんじゃないか。そんな気がしてならない。


明日からよろしくね(・・・・・・・・・)!』


 彼女の別れ際の言葉が、優希お姉ちゃんの別れの言葉と被って身震いする。

 まるで、あのときの続きがこれから…


 いや、もう始まってしまったんじゃないかと心が警報を鳴らしている。


 春の夜は、まだ少しだけ肌寒いみたいだ。

次回はようやく入学式です。

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