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1ー4

 街中やアパート周辺を散策し、必要な消耗品や食材を購入して家に帰ってくるころには夕方の5時を回っていた。

 大きな買い物袋から買ったものを取り出して冷蔵庫や棚に入れたあと、インスタントコーヒーを淹れて一息ついた。


「あ゛ー、疲れた…」


 ちょっとだけ奮発して買ってみた座椅子に身体を預け、脱力しながら天井に向かってぼやく。


 瑠璃川と別れたあと、とりあえず街中を歩いてみようと向かったはいいが、やっぱり都会は人が多い。

 引っ越しや下見のときも人の多さに圧倒されたけど、あのときは目的もあったし、初めての都会に緊張してたからそこまで気が回らなかった。

 改めてゆっくり観察してみると、どこも人のいないスペースを探すのが難しいくらい人で溢れている。なにより印象的だったのが、みんな忙しそうにただ目的に向かって早々と歩いているところだ。

 だから、ただ何の目的もなくぶらついている自分がひどく場違いな気がした。

 あと、驚いたことといえば…


(てか、コーヒーが1杯700円!?オムライスが

1,000円を超えるってどういうことだよ!!)


 昼の12時を回り、お腹が空いてきたとこで目の前に小洒落たカフェを発見。

 都会にきたらやりたかったこと第3位の『オシャレなカフェでまったりしながら本を読む』を早くも実行するときがきた!と意気込んで店に入ったまではよかったが、結局コーヒーだけ頼んで、一杯で粘るのも気が引けたので早々に出た。

 スーパーの食材も地元と比べればはるかに高いし、分かってはいたけど、都会っていろいろとお金がかかるんだなって身をもって体感した。


(…そろそろメシでも作るか。)


 昼はコーヒー1杯だけだったし腹も減って当然だ。

 よっこらせっと座椅子から立ち上がり冷蔵庫を開けてカレーの材料を取り出したあと、ピンク色のかわいらしいエプロンを装着。

 これは施設を出るときに、「向こうでも外食やコンビニ弁当ばっかりじゃなくて、ちゃんと自炊しなさいよ。」と職員さんが手作りでプレゼントしてくれたものだ。

 真ん中にウサギさんの刺繍があり、もらったときはマジかよって思ったけど、今はウサギさんと目が合ってちょっとだけ元気が出た。

 

 まず米も研いで水を入れたら炊飯器にセットし、ジャガイモとニンジン、玉ねぎの皮を剥いたあと野菜と鶏肉を一口大に切り、塩コショウで炒める。

 鍋に水を入れて中火で沸騰させたら、炒めた野菜と鶏肉を入れて20分くらい煮込む。

 あとはカレー粉と隠し味のインスタントコーヒーの粉を入れて完全に溶かしながらまた20分くらい弱火で煮込むだけ。

 今回はバタバタしてたから簡単なものにしたけど、生活に余裕が出てきたらもうちょっと凝ったものでも作ってみようかな。

 バイトも地元で働いてたときと同じで飲食店がいいかなとルーを混ぜながら今後のことを考えていたとき…


「ピンポーーン。」


 突然家のチャイムが鳴った。

 初めての来客に少し驚きながら、火を消してエプロンを脱ぎながら玄関に向かう。


(新聞の勧誘か?それとも…)


 こっちでの知り合いと言うと、該当者は一人しかいない。ドアアイを覗いてみるとやはりというか、瑠璃川が玄関の前に立っていた。


(こんな時間に何のようだ?)


 すぐにカギを開けてドアを開けた瞬間、恐ろしく整った顔が目の前に現れた。


「ウェッ!?」


 思わず後ずさってバランスを崩しそうになるのを踏ん張ってなんとか耐えた。驚かせた本人はというと、手を口に当てて必死に笑いを堪えていた。


「フフッ!ごめんなさい…昨日の仕返しと思って、フッ!私もやってみたんだけど。」

「昨日のは事故というか。決してわざとじゃないんだが…」

「分かってるよ。でも、「ウェッ!」ってなに!?旭くんってほんとおもしろい反応するよね。あーっ、おかしい!」


 ひとしきり笑って満足したのか、「ハァーッ」と息を吐き出すと、背筋を伸ばして仕切り直した。


「こんばんは。夜遅くにごめんね?」

「いや、俺も昨日は夜遅くに出向いたしな。」

「じゃあ、おあいこってことで。」


 ニカッという効果音がつきそうな笑顔に、俺も下手くそな愛想笑いで返した。

 この距離感は正直困るというか、こんな美女が目の前にいたら誰だってビビるだろ。

 改めて瑠璃川を見ると今朝とは違う服装で、パーカーとワンピースが一体となったような灰色の服を着ている。

 やっぱ美人はなに着ても似合うんだなぁって思ってたら、瑠璃川も視線に気づいたのか少し恥ずかしそうに視線を逸らした。


「あっ、そういえば部屋着で来ちゃった。ちょっと恥ずかしいや…」


 えっ、これが部屋着?部屋着って普通ジャージとかじゃないの?少なくともあいつは施設の中だと年がら年中ジャージだったぞ。


「あっ、カレーのいい匂いがする。旭くんって料理できるの?」

「あぁ、料理は家でほぼ毎日作ってたし、バイトも飲食店で働いてたからな。」

「すごい!私あんまり料理が得意じゃないからできる人って尊敬する!」

「大袈裟だな。今日なんかカレーで簡単に済ませちゃったし。」

「私はカレーでも怪しいくらいだよ。うーっ、なんか女子として負けた気がする…」


 そう言って瑠璃川はちょっと頬を膨らませて悔しがる。

 安心してくれ、世の中には野菜の皮も剥かずぶつ切りに切ってそのまま鍋にぶち込むやつもいるから。

 野菜は火が通ってなくて肉はなぜか固くて米もべちゃべちゃ。作った本人を除いた施設のみんなと泣きながら食った記憶が蘇る。


「あっ!いま笑ったな!?」

「ちっ、違う違う!ちょっと思い出し笑いしただけだ。」

「ほんとに?」

「そ、そういえばなんか用があってきたんじゃないのか?」

「なんか露骨に話題を逸らした気がするけど。」


 ジト目でにらんできた瑠璃川から目線を逸らすと、目の前にお洒落な紙袋を掲げてきた。


「今日行ったカフェでおいしそうなクッキーが売ってたからさ、昨日のお菓子のお礼にって思ってね。」

「えっ?いやいや、あれは引っ越しの挨拶で渡したものであって別にお礼なんか…」

「いやいや、私だって引っ越してきたばかりだし、これは私からの挨拶ってことで。」

「いやいや、瑠璃川のが早く入ってたんだし、俺が貰うのはなんか違うような気がするぞ。」

「いやいや、同級生なんだし細かいことは気にしないでっていうか。」

「いやいや、同級生とか関係ないだろ。」

「いやいや——」

「いやいや——」


 と、そこで一瞬の間。

 そして…


「ははははははッ!」

「あはははははッ!」


 なぜか2人とも大爆笑。

 しばらく笑ったあと、途中で夜であることを思い出して2人とも声を抑えた。


「ククッ、それじゃありがたく貰っておこうかな。」

「フフッ、これからよろしくお願いします。」


 ありがたく紙袋を受け取ると、瑠璃川は満足そうな顔をした。


 瑠璃川は本当にいい子だ。優しくておもしろくて気遣いもできる。

 こんな子と隣同士になれるなんて、俺は本当に恵まれたな。そういえば、いつの間にか瑠璃川と普通に接することができるようになっている。

 これから4年間、この息苦しさを感じる都会でもなんとかやっていけそうな気がしてきた。


「あっ、そうだ。ひとつ聞きたいことがあるんだけどさ。」

「んっ?どうした。」


 貰ったお菓子を棚の上に置いて瑠璃川に向き直ると、またしても瑠璃川の顔が目の前にあった。

 ただ、これまでと違い…




「なんで私を怖がるの?」




 全ての感情を失った、まるで能面のような顔だった。

 瞳孔の開ききった目でジッと俺の目を見つめてくる。

 思わず悲鳴をあげそうになるのをすんでのところで無理矢理のみこんだ。


「私たちって、どこかで会ったことあるかな?」


 蛇に睨まれたカエルとは、まさにこのことを言うんだろう。瑠璃川から出たとは思えない無機質な声。

 俺は質問に答えることができず、一歩も動くことができないでいた。


 そしてしばしの無言。


 時計の針の音だけが嫌に大きく聞こえる。全身から汗が噴き出してきて、一瞬でTシャツがビショビショになった。


 どれくらいこの状態が続いたからわからない。なにか答えようとしても、声が喉の奥でつっかえて出てこない。

 身体が熱い。汗が気持ち悪い。とりあえずなにか言わないとこの状態が永遠に続きそうな気がして、無理矢理息を吸い込んで言葉を発しようとしたとき…


 瑠璃川の表情がパッと笑顔になった。


「晩ご飯前なのに長居してごめんね。カレーの匂い嗅いでたら私もお腹空いてきちゃった。」


 いつの間にかあの雰囲気はどこかに霧散していて、一瞬、あれは幻覚だったんじゃないかと本気で思った。が、小刻みに震える身体と異常なほどの汗が先程の体験を物語っている。


「いよいよ明日は入学式だね。お互い頑張ろうね!」

「あ、あぁ…」


 そう言って彼女は笑顔のまま手を振ってドアノブに手をかけた。全身の力が抜けて、思わず座り込みそうになったところで——


「ねぇ?」

「……!!」


 再び声をかけられて、一瞬で全身に緊張が走る。


明日からよろしくね(・・・・・・・・・)!」


 これまでで一番の笑顔でそう言った瑠璃川は、今度こそ自分の家に戻っていった。

 俺は廊下の壁にもたれかかると、ズルズルとその場にしゃがみ込んだ。

 あぁ、思い出した。思い出してしまった。俺はまちがっていなかったんだ。

 身体の底からくる恐怖心。そして、ひどく懐かしい感覚。それは、俺がまだ小学校に上がるころまで施設にいた3つ上の女の子との思い出。


「優希お姉ちゃん…」


 あのときの感覚そのままだった。

 炊飯器から米の炊けた音が聞こえてきたが、俺はしばらく動けないでいた。

 

注:これはラブコメです。

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