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——ピンポーン
チャイムを鳴らし、姿勢を正して待っている間にふと頭をよぎる。
(そういえば勢いに任せて挨拶に来ちまったけど、どんな人なんだろうな…)
この辺りは俺の通う大学以外にもいくつかあるから、もしかしたら同じ学生かもしれない。
だとしたら友達になれるかも…
いやいや、学生より社会人のほうが多いだろうからやっぱり大人か?だとしたら礼儀正しくしないと。
まて、同じ学生でも礼儀正しくせないかんだろ!てかいつもの私服に着替えたけど最初が肝心なんだからもっとちゃんとしたやつがよかったか?
今から着替えて…てかチャイム押したんだからここでいなくなったらピンポンダッシュじゃねぇか!あぁ…もっと準備してから来るべきだった!
ガチガチに緊張して思考回路がショート寸前になるところで気づく。
「…出ないな。」
灯りはついているし、誰かがいるのは間違いないと思うが…
もう一度チャイムを鳴らそうと一歩前に出たところで急に扉が開いた。
「えっ…あ…」
実際に見たことないが、綺麗な子を見たときの例えでよく使われる、『フランス人形みたいだね』っていう言葉は今まさにこういうときに使うんだなぁって呆然としながら思う。
それくらい小さく整った顔が目の前にあった。
髪は眩しいくらいの金色で長さは肩よりすこしだけ短いショートボブ、眉は細く綺麗に整えられていて、びっくりするくらい長いまつ毛。高い鼻の下にピンク色のプルプルした唇がついている。そして、何より印象的な2つの大きな目が俺を捉えて離さなかった。
どこか幼く見える彼女とは不釣り合いに見える強い意志のこもった瞳から目を逸らすことができなかった。
と、その目がスッと細くなり、驚きから警戒に変わっていく。
「…どちら様ですか?」
やばっ、予想外すぎて思わず固まったわ。お隣さんが何故か男だと思い込んでた。
「あっ、夜分遅くにすみません!隣に引っ越してきました、旭 真司っていいます!よろしくお願いしゃす!これっ、つまらないもんですけどよかったらどうぞ!」
一息で全部言いきって菓子折りを彼女の目の前に差し出した。
なぜかめっちゃ体育会っぽいノリの挨拶になった気がするぞ。てか顔アッツい、背中の汗ヤッバい…
恐る恐る彼女を見ると、今度はキョトンとした顔でこっちを見て…そして太陽のような眩しい笑顔に変化した。その急な変化に心臓が跳ね上がる。
「あぁ!これはご丁寧にありがとうございます!私は瑠璃川 翡翠と言います。失礼ですが、学生の方ですか?」
「はい、北桜大学ってところなんですけど知ってますか?」
「もちろんです!私も今年から通う大学ですから!」
「まじか!?俺と一緒だ!あっ、一緒ですね。」
思わず声を荒げちゃったけど、なんちゅう偶然だよ。
大人っぽい対応しようとしたのに、一瞬で台無しじゃねぇか。
「ふふっ、同じ一年生でしたら敬語じゃなくて大丈夫ですよ。」
口元に手を当てて笑う人初めてみたけど、それが様になってて全く違和感がなかった。
それにしても…
「あぁ、じゃあそうさせてもらおうかな。瑠璃川さんも敬語はなしで。」
「分かりました!あっ…」
「おいおい、さっそく敬語使ってるじゃん。」
「恥ずかしいです…」
「ほらまた!」
「うー、旭くんはいじわるだ…」
「いやいや、瑠璃川さんが勝手に自爆しただけだから。」
「言わないでよ。余計に恥ずかしくなるから…」
かわいすぎる。
引っ越し先のお隣さんが同じ大学の一年生でめっちゃいい人そうで更に超絶美少女とか俺どこのラノベの主人公?
思えば、これまで出会った女性は全員が個性的すぎて目も当てられなかった。
お酒大好きで酔うと下ネタを連呼するバイト先の先輩や誰彼構わず人体実験したがる高校の同級生に婚活連敗記録を日々更新し続ける施設の職員さん。そしてひとつ年下のいじわる(物理攻撃主体)な女の子などなど。
大学生活は静かで平穏な生活を望んでいたけれど、彼女いない歴=年齢の俺もそろそろ恋に目覚めてみるのもいいんじゃないかな。
うん、きっとこれは恋の神様が今まで頑張ってきた俺にくれたご褒美なんだ。
決めた!この4年間、最高に甘々なキャンパスライフにしようじゃないか!
「おーい、旭くん?ぼーっとしてるけど大丈夫?」
「えっ!あぁ、大丈夫!ちょっと引っ越しで疲れただけだから。」
「そっか。疲れてるのに引き留めてごめんね?」
天使かよ。
「それじゃ、今日からよろしくね!」
「あぁ、よろしくな!」
ついに夢のような時間が終わりを告げ、最後に今日一番の笑顔で握手を求めてきた。
それに応じようと、手を差し伸べたその瞬間…
「……ッ!」
なぜか身体が拒否反応を起こしたように動かなかった。
「……?」
彼女は不思議そうに首を傾げるが、俺は目の前にある雪のように白くて綺麗な手を握ることができずにいた。
「どうしたの?」
「えっ!いや、なんでもない。」
うまく言えないけど、この手を握ると後戻りができないような気がして…今度は嫌な汗がじわりと背中を伝っていく。
けれど、ここで握手に応じないとかできるわけがないわけで、結局その手をとった。
その後、彼女は満足そうな顔で「おやすみなさい。」と手を振って部屋に戻っていった。
俺も部屋に戻ってシャワーを浴びた後はすぐに布団の中に潜り込んだ。
(なんだったんだよ…)
さっきの身体が拒否したような感覚。昔、似たような体験をしたはず。それがいつだったか、どうしても思い出せない。ただひとつだけわかることは、決していい思い出ではなかったということ。
ただ、なんだか懐かしい感じもしたから、そこまでひどい思い出じゃなかったんじゃないかと思う。
ほんとそう思いたい…
さっきまでの浮かれた気持ちはいつの間にかどこか彼方に吹っ飛んでいて、結局思い出せずモヤモヤしたまま眠りについた。