1-14
「な、なんだこれ…」
初めての講義(ほぼ説明会)が終わり、荷物をまとめて帰宅しようと外に出たら、そこには想像以上の光景が広がっていた。
(これ全員、サークル勧誘なのか?)
正門までの道のりがほとんど埋めつくされるほどの人、ひと、ヒト!
オリエンテーションのとき、赤岩先輩からサークル勧誘は凄まじいぞと聞いてはいたが、まさかこれほどとは思わなかった。一体どれだけの数があるんだ。
正直、サークルにあまり興味のない俺としてはこの人混みと熱気のなか突き進むのは勘弁したいとこだが、だからと言って別のルートで帰宅するとなるとアパートとはほぼ真逆の道に出るためかなりのタイムロスになる。
(まぁ、声をかけられても興味ありませんって断ればいいだけだしな。)
俺は街中のアンケートを断るような軽い気持ちで考えていた。が、それがあまりにも甘い考えだったことを知ることになる。
それは、歩きはじめて5秒後の出来事だった…
『めのまえにくっきょうなラガーマンがあらわれた。』
『ラガーマンはぶきみなえがおでこっちをみている。』
『しんじはにげだした。しかし、うしろにもラガーマンがいてにげられない!』
『ラガーマンのひとさらい!しんじはなすすべもなくつれさられてしまった…』
気づけばイスに座り、目の前には入部届。周りには何人もの屈強な肉体をした漢たち。そして、全員が無駄に真っ白い歯。
いつの間にか完全に逃げ道を塞がれてしまった。
ここまで20秒。
「あの…おれサークルに入るつもりは——」
「大丈夫だ!ラグビー部に入ればそのモヤシみたいな身体も1ヶ月ほどで素晴らしい筋肉が肉体に宿る!」
「いや、だからサークルに——」
「毎日プロテインも飲み放題だ!」
「いらないんで早く——」
「俺も昔はお前みたいにヒョロヒョロしてた。しかし、ラグビー部に入ってから俺は生まれ変わることができた。そう…世界が変わったんだッ!!」
「どうでもいいんだよッ!!」
「みんな、勧誘は順調かな?」
「「「キャプテン!!」」」
話を聞かない先輩にいい加減腹が立ってきたところで後ろから声がした。どうやらこの部をまとめている先輩のようだ。
全員が背筋を伸ばしてお辞儀をしている方向に振り向くと、そこには——
「みんな、お疲れ!!」
「お疲れ様ですッ!キャプテン!!」
やたらと濃ゆい色黒マッチョがそこにいた。
タンクトップからはみ出る筋肉がピクピクしててちょっとキモい。そしてやっぱり歯が白い。
ていうか、ラガーマンというよりボディビルダーじゃね?
「我がラグビー部は去年、惜しくも新大に負け優勝を逃してしまった。その前の年も、その前の前の年も…しかし!先輩たちの無念を晴らすためにも、今年こそは我が代で必ず優勝するんだ!!わかったか!!!」
「ハイッ!キャプテン!!」
やたらと声の大きいラガーマンたちに周りの人も注目している。その中心にいる俺も見られてるような気がしてやたら恥ずかしい。
「そのためにも、この新入生勧誘は…んっ?」
「……?」
そのキャプテンと目線が合ったかと思えば、急に黙り込んでしまった。なんだ?俺の顔になんかついてる?
そして、突如目を見開いたかと思えば速足で俺の目の前に立ち、両肩を掴んで顔を近づけてきた。
近い近い!!
「キミ、名前は?」
「えっ、旭 真司です。」
「そうか。俺の名前は赤座 貴章。」
「は、はい…」
「……。」
突然の自己紹介かと思えばまたダンマリ。
てか近いから、マジで離れてください。
と、その願いが通じたのかスッと両肩から手を離した。そして、赤座先輩はひと通り周りを見渡したかと思うと、全員に低い声で質問した。
「おい、彼を勧誘したのは誰だ?」
「はい、私です!去年、貧弱な私を誘ってくださったキャプテンが筋肉の素晴らしさを教えてくださったように、私も彼をムキムキにしてその素晴らしさを——」
「バカヤロー!!」
「ブペッ!?」
からの目の前にいた先輩に突然の平手打ち。あんなゴツイ人が1メートルは吹っ飛んだぞ…
「彼を選手にすることはこの私が許さない!」
よくわからんが、どうやら俺は赤座先輩のお眼鏡にかなわなかったようだ。よかった、これでラグビー部には入部せずに済む。
「彼はマネージャーとして我がラグビー部に入部してもらうのだから!」
「いや、なんでだよッ!」
意味がわからねぇ!
どういうことだと先輩を見ると、その表情は興奮していて紅潮しているような……えっ?
「彼はこのままでいいんだ。犬のようにフワフワした髪に釣り上がった生意気な目つき。少しだけ日焼けした健康的な肌に細すぎない絶妙な身体のライン!あぁ…完璧だ!!」
段々とテンションが上がってきた赤座先輩に恐怖を覚えた俺は震える声で精一杯の抵抗を試みる。
「いえ、ラグビーのことは…よく、わからないので…」
「大丈夫だ!私が教えてあげよう。なんなら——」
先輩は俺の耳元まで顔を寄せてくると、こう呟いた。
「これから私の部屋で何からナニまで…ね。」
ヒイイイイイィッ!!怖い怖い怖い怖すぎる!!
翡翠のときとはまた違った恐怖に全身が震え上がる!
誰か助けてと周りを見ても、道行く人は関わらないようにと知らんぷり。そりゃそうだよな。俺でも絶対に近づかん。逃げようとしてもラガーマン全員が取り囲んでいて突破できない。
…ダメだ。このままだと、俺は大切なナニかを失うような気がする。早くどうにかしないと!
どうする。どーする。ドースル!!
こいつらが少しでも目を離せばその隙に人混みに紛れて校舎に逃げるんだが、そんな都合のいいことが…
…ひとつだけ方法を思いついた。この方法なら、もしかしたらラグビー部全員の視線を一点に向けられるかもしれない。
だが、しかし…
いや、もう一刻の猶予もない!
俺の貞操の守るためにも…許せ!!
「あーッ!あそこにラグビー部のマネージャーになりたいって言ってた瑠璃川 翡翠がこっちを見てるぞー!」
「「「なにいぃぃ!!」」」
今や大学中に知れ渡る天使の名前を口にして適当な方向に指差すと、全員が想像以上に食いついた。赤座先輩もそちらに視線を向けている。今しかない!
俺は走った。とにかく走った。恐怖で震える足をがむしゃらに前に動かした。たとえすれ違う人に注意されてもその足を止めたりはしなかった。捕まった後のことを想像しただけでおかしくなりそうだから。
たぶん、これまで走ってきた中で一番速い。
今なら100メートルを10秒台で走れる気がする。
段々とハイになってきた俺は、今ならどんなやつにも追いつかれない自信がある。
今の俺を止められるやつは、誰もいない…
「真司くーんッ!どこにいったんだーッ!!」
ひいぃ!逃げ切れたと思ったのに!!
足音が聞こえるくらいだから思ったより近くにいる。
やばい!逃げなきゃ!!
「こっち。」
その瞬間、まるで透き通るような声がパニックになった俺の頭にもスッと入ってきた。
一瞬だけ時が止まった気がした。
そこには少しだけ隙間の空いた扉。俺は何も考えず、その扉に飛び込んだ。そして——
(桃の香り…)
どこか懐かしい、優しくて落ち着く匂いが俺を包み込んだ。
そして目の前には、入学式に助けてくれた恩人。
「大丈夫?」
院瀬見 千聡が漆黒の瞳でこちらを見つめていた。




