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「んー、春の風が気持ちいいねぇ。」
鮮やかな桜が咲き乱れる春。
俺、旭 真司は今日から住むアパートの前で大きく伸びをしながら肺いっぱいに暖かい空気を吸い込んだ。
この春、無事に高校を卒業し大学生となった俺は、約18年間生まれ育った町と施設にさよならして一人暮らしを始めることとなった。
前に住んでいた町はコンビニもスーパーもあるし、決して田舎ではないだろうと思っていた。
けれど、この町にはコンビニなんか数え切れないほどあるし、少し離れたところには高層ビルだっていっぱい立っている。
それらを見てあそこは田舎だったんだなぁってしみじみ思った。
引っ越しする前の下見に来たときは町全体が迷路に思えて、この町で4年間やっていけるのか正直不安になった。
だけど、今はそんな不安よりも新たに始まる生活に興奮して今日一日中頬が緩みっぱなしだ。
だって…
「今日から念願の…念願の一人暮らし!!」
本当に長かった…
俺が物心ついた時から施設には職員を合わせて約20人との共同生活。
ほとんどは大部屋でみんなと過ごし、個人の部屋なんてあるわけもなく高校生になってからはようやく3人部屋。
平日の昼間は学校で過ごし、夜はバイトかガキンチョの遊び相手。
休日もバイトか施設の手伝いで生まれてこの方、一人で過ごしたことなんか一度もなかった。
そう、一度もだ!!
周りには認識されていなかったけど、俺はもともと大人しい性格で、趣味は読書だったりする。
けれど、本を読める時間なんか学校の休み時間かバイトの休憩時間くらいで、一冊読むのに3週間はかかっていた。
施設で読もうものならクソガキ共から徹底的に邪魔をされ、最終的に10個下の子供とガチ喧嘩…からの職員さんのガチ説教(俺だけ)までが一連の流れだった。
そんな自分の時間が皆無に等しい18年だったけど、それが苦痛だったかといわれるとそれは絶対にない。
身寄りのない俺をここまで大きく育ててくれたみんなには本当に感謝しているし、ガキンチョもなんやかんやでかわいいし慕ってくれていたと思う。
だから、俺が少し遠いところに引っ越すんだって言ったときは、職員以外の全員が猛反対してきた。
そのとき、あいつらには申し訳ないけどそのことがすごく嬉しかったんだ。
そして、出発の朝はみんな泣き笑いながら見送ってくれた。最後にくれたプレゼントと寄せ書きは一生の宝物だ。
プレゼントの中に芋虫を入れていたあのガキは帰ったら絶対泣かす。
…そういえば、あいつは最後まで反対してたな。見送りのときも結局顔を出さなかった。
1個下のあいつとは付き合いも1番長かったし、遊びも喧嘩もたくさんした。
そうだな、最大の心残りはあいつと喧嘩別れになったことだな。
みんなの前で施設から出てくって言ったとき、あいつは静かに涙を流していた。
どんなことがあっても絶対に泣かなかったあいつの初めて泣く姿を見て、思わず息を飲んだ。
そのあとは施設が傾くんじゃないかと思うくらい大暴れして手がつけられなかったんだが。
まぁ、あそこには俺よりもしっかりした奴が何人かいるし、大丈夫だろ!
これからは夢の一人暮らしだ。少し寂しい気持ちもあるがそれは一旦置いといて、最高に平穏なキャンパスライフを送っていこうじゃないか!
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部屋に入ると、1DKの部屋に数個の段ボールと電化製品たち。
決して広い部屋じゃないが、この前まで過ごしていた3人部屋と比べると充分すぎる広さだ。
(さて、それじゃあ4年間過ごす俺の城作りでもはじめましょうかね!)
下見したときに必要だと思うものは事前に購入してるし、レイアウトも寝る間も惜しんで考えた。
後は実行あるのみ!
そこからは一人黙々と作業を続けた。
もともと施設で同じような経験があったから慣れてはいるものの、やっぱりここはこうじゃない?いや、こっちの方がいいんじゃない?と修正を重ねまくって、全部終わる頃には外は真っ暗になっていた。
(…やっと終わった。)
お昼頃からぶっ続けで作業していたから、達成感よりも疲労と空腹感がまさっていた。
時計も夜の8時を回ったところだ。
(そりゃ腹も減るわけだよ…)
そういえばと、施設を出るときに食べ物を持たせてくれていたのを思い出し、段ボールから取り出そうとしたところであるものを見つけた。
「やべ!お隣の挨拶忘れてたわ!」
そこには、地元で買った挨拶用の菓子折りが取り残されたままだった。
急いでジャージから私服に着替えて玄関を出る。俺は角部屋だから、隣の挨拶はこの一部屋だけでいい。
(これからしばらくは壁1枚はさんで生活するんだ。やっぱり最初が肝心だよな。)
扉の前で小さく深呼吸したあとに、チャイムを鳴らした。
ここから俺の最高に平穏なキャンパスライフ計画は、早くも瓦解していくのであった。
はじめまして。
皆さんの素晴らしい作品を読んでいるうちに自分でも書きたくなって勢いで投稿しました。
どうか生暖かい目で見てやってください。