第七十七話 ガイノイドのナケレ①
地球世界に生きて帰り、火曜日にスライムたちが夜業した分と水曜日分を回収。
マナがダンジョンで錬金した、魔水の濾過を完璧にやり遂げた副作用がない特効薬『魔素適合薬』が完成。
容器が無かったため数は少ないが鳳月にニ十本。一本で十回分の分量がある薬瓶を渡し、モンスター素材を含めた金額が記載された億単位の取引書に万年筆で通がサイン。
鳳月や自衛隊に感謝されながら通、天音、マナは夕暮れ時の夕焼けをバックに普通乗用車へ乗り込み、鳳月グループの社員さんに持ち家まで送り届けてもらい、警備員に見守られながら大理石の石畳の上を歩き、玄関のチャイムを鳴らした。
鳳月に話を通してあったのでドアの扉が開くのは早かった。
「ようこそいらっしゃいましたご主人様。どうぞ、お上がりください」
通をご主人呼ばわりして迎え入れてくれたのは、肌の露出が少ない胸部が膨らんだメイド服、頭には装飾のホワイトブリム、腕にはカフス、下はニーソとガーターベルトを装着した二十歳くらいの綺麗な女性だった。髪は白髪で腰付近まで伸ばしている。
フルカスタマイズされたメイド女性の格好に一番反応を示したのは、思春期真っ只中の通――――ではなく同性のマナだった。
「メ、メ、メイドぉ! 通さんのお世話係はメイドさんですか!!! これはこれで! 非常に良いですね! 私! 閃きましたよ!!」
いったい何を閃いたのか? 天音から腐女子の一面があると聞いていた通は、碌なことは考えていないと妄想癖がある、喜びに満ちたマナを冷ややかな視線で見つめた。
ハイテンションになったマナの独り言を聞き流している最中に、メイドの彼女が「玄関でお客様を待たせるのは忍びない」と言い、リビングルームに通されてから使用人である彼女が自身の自己紹介を始める。
「わたくし、通様のお世話係を担当させていただきます。7K0型ガイノイド、通称ナケレです。お見知りおきをご主人様」
衝撃の度合いがあまりにも大きすぎて、三人の度肝を抜いた。
音声はボイスチェンジャーとは比べ物にならない、表情も精巧で人間そのもの。礼、歩き方等のひとつの所作を取ってみても関節部分の駆動具合は滑らかで境目も見当たらず、説明されなければヒューマノイドとは気づかない。
「ここまで最新の技術は進歩していたんですか。正直これには自分の眼を疑ってしまいますよ」
【目を凝らして観察しても人間とアンドロイドの区別ができませんし、あらためて鳳月総帥の力の凄さが理解できます】
「ウムムム。ナケレさん、質問なんですが明らかに市販されている量産型ではありませんよね?」
マナに頷き、ヒューマノイドの女性型ガイノイド、ナケレが自身の製造された経緯を話す。
「わたくしの製造番号であるKの型番はkingを表わしておりまして――――王族をお世話する使命を帯びて、わたくし達は極秘に開発されて誕生しました。この世に五機のみ現存する自律型ヒューマノイドで、動力源はダンジョンで取れた魔石核をいくつも融合して構成されたものとなっております」
彼女はハイテクノロジーの結晶の塊。王族を介護するために世に生まれた、途方もない存在理由に通は俺なんかを世話するより、他にすることありますよねと我慢できずにツッコミを入れた。
「何故です? 私にはご主人様が王族だと頭脳にインプットされていますよ」
「「ええっ!?」」
通とマナが同時に声を上げるが、両人が抱いた感想はだいぶ食い違う。
(なんで俺が王族として扱われないといけないんだ? 鳳月さんの指示としても理解に苦しむ……)
(通さん――――もしかして本当に王族なのでは! 姫様プレイを継続させるために玉の輿に乗ることも――――ムフフフッ! あり寄りのありですよこれは!)
などと、思案しているうちに近くからピピピと、何かを知らせる音が鳴る。
「どうやら料理が完成したようです。ダイニングルームへどうぞ」
ナケレに先導され、最初に目に付いたのは長方形の食卓の上に白いテーブルクロス。それと対になるようセットされた、木目が金塗装で貴族が使うようなお洒落なデザインの椅子が十席ほど置いてある。座る場所の生地もクッション張りになっており高級感溢れる仕様だ。
テーブルの奥側にあるダイニングキッチンの様子も、はっきり確認できて解放感がある。
食器棚も貴金属の装飾があってザッと家財道具を見回しただけで、数百万は下らない。
「それでは準備致しますので、お座りになってお待ちください」
「ナケレさんが一人で全て運ぶんですか?」
「そうですが? 何か、不都合でもあるのでしょうかご主人様?」
一般男子の理性の壁をぶち抜こうと、ドリルをギュンギュン鳴らし工事するメイドロボットナケレ。
心臓に響く呼び方に、平静を装っている通の心拍数が上昇していく。
「ナケレさん……すみません……話が変わりますが、呼び名を変えていただけませんか? ご主人様呼びは……ちょっと慣れてなくてですね、気恥ずかしいんですよ」
「そうですか…………なら尚のこと、ご主人様には早く慣れていただけなければいけませんね」
通はナケレの言葉を呑み込めないでいた。
自分を王族として認識しているなら素直に従うはず、それなのに反対する矛盾した態度。
ひょっとして、王族の資質を試しているのかと予想したが彼女はキッパリと否定。
理由は単純なことだった。
「わたくしは、王族とプログラムされた人物のみ、ご主人様と呼ぶことが設定されていますので、たとえ自律型といえど、そこは反故することはできません。諦めてください、ご主人様」
そこまで丁重にお断りされたら身を引くより他ない。素直に引き下がり通は上座にマナは右隣の席に腰を下ろす。
「ではナケレさんを手伝う、小間使いを呼びます」
「小間使い?」
相手は鳳月がお世話係として任命した、世に知られていない最新鋭型ヒューマノイド。
ダイバーシティに入場できる人は限られていて、ここを訪ねてくる人はそうそういない。彼女は約束を守ってくれるだろうと信頼してスライムを召喚。
説明をしながらナケレにスライムを好きに使ってくれて構わないと話してから五匹ほど預けた。
スライム達の張り切り具合と仕事に対する情熱に感心するナケレ。
「素晴らしい贈り物を、ありがとうございますご主人様!」
上座の席に着いた通を見つめ、料理を運ぶお盆を手に持って屈託のない笑顔で話す相手がロボットだと分かっていても、通の心に多大な影響を与えた。
ナケレの音声は媚びへつらうものではなく、嫌味を一切感じさせない自然な地声そのもの。例えるなら海外の訪れて紹介する女性リポーターに近い。
(本当にロボットなのか!? それにこの声と……ご主人様呼びに慣れる努力をしないといけない? これを親に知られた日には、絶対物笑いの種にされるな……)
声から伝わってくるベクトルエネルギー、脳を蕩けさせるボイスは実際に存在すると実体験して理解する通。
さすが王族に不快感を与えずに会話できるよう製造された機体。TVや祭典で展示されている物とは一線を画す完成度であることは疑いようがなく、何故このような、世界に五機しか存在しない超高性能ロボットを家に置いておくことが可能なのか釈然としない。
考えがまとまらない通へ追い打ちをかけるように外野の二人も面白がって攻勢に出た。
【通君はご主人様呼びに耐性が無いんですね? では早く慣れるためにも、私もご主人様と呼ぶことにします】
「わ、私も通さんのことをご主人様と言ってもいいですか!」
「ちょっと……二人とも何を言い出すんですか……やめてくださいよ……」
その様子をジッと観察していたナケレが放った一言で、場が騒然となる。
「三人とも仲がよろしいんですね」
【「ん!? さんにんん!!?」】
思わず三人が顔を見合わせた後、ナケレの方に一斉に視線を向け、家主である通がナケレに問うと彼女はダンジョン沼経験者で、ロボットであるにもかかわらず技能、霊体視認と霊体言語を授かったとのことだった。
「天音さん……霊体系を視認できる能力者は数は少ないですが、身近にもいるんですよ」
【はい…………反省しています…………】
「えっ、えっ? どういうことです?」
「天音さん、睡眠を取る必要がないからって、毎日深夜パトロールしてたんですよ。それ自体は好ましいのですが、安全性を考えると控えたほうがいいかなと思っていたんです」
「ほう、ほう! 深夜に宙を浮いて町を徘徊する謎の霊体美女。これは、これで! 創作意欲が湧いてきましたよ私!」
怪奇やホラー系の文章かと思い込みたい通だったが、マナの恍惚な表情からそれはないと読み取れた。
その間に日本に馴染みがない料理が四品、通とマナの前に置かれるが、これはおかしいと眉を曇らせる。
「通さん」
「うん。言わなくても分かるよ。俺も変だな? と感じてるから」
「ですよね。四品とも肉料理は、いくらなんでもあり得ないです」
マナは理由を知らないためナケレをポンコツ属性を持ったメイドですか? 創造主は良い仕事をしましたね、と言い出す始末。
真実は闇の中と思われた時、玄関方面から男女の声が聞こえてきた。
「ただいま~~」
「お邪魔しま――す」
聞き覚えがある声に通は席を立ち、リビングに向かい鉢合わせする。学生服姿の鋼とデイジーが一緒で、なぜか鋼の荷物が多い。
「私と鋼君も諸事情で学校を休むことにしたから」
「ええっ!? デイジーさんは学ぶ必要性がないからわかるけど……」
「それがな、聞いてくれよ通。生徒の四分の一が風邪で欠席してる有様なんだよ」
「それは言葉が出ないね。本当に夏風邪が辛くて休んでいる人も中にはいると思うけど、やっぱりダンジョンの誘惑に勝てるわけなかったか」
「通さん!!! そ、そ、そこにいる! き、金髪長身美少女は誰ですか!!!」
通の背後から遅れてやってきたマナがデイジーを見て歓喜。通と鋼は、この流れは鳳月&デイジーに似ていると危機感を察知。
デイジーがポニテを揺らしながら猛スピードで通の横まで移動して、後ろにいたマナの両手をガッチリつかむ。
「キャ――――!! 写真より断然可愛い! わたし、一人っ子だから、あなたのような妹が常々欲しいと思っていたのよ~~~~!!」
「私には妹が一人いますが、前々から背が高くて格好いい! スタイルばつぎゅんな姉様が欲しかったんです!!」
女子高生同士が手を握り合い、友情より絆が強いガールズラブが通の持ち家で発生した。
その様子を一部始終目撃している男子校生二人は完全に蚊帳の外。
今のうちにと、最後にやってきたスライム達がマナの横を素通りして、次々と鋼の荷物を運び入れていく。
「マナちゃん! 私は英国から留学してきたデイジーよ!」
「っ! デイジー! なんて甘美な響き! 髪色が金髪、黄色なので花言葉は『ありのまま!! イギリスのスキ、キライの花占いでは【あなたと同じ気持ちです、希望!!】』私とデイジーさんの相性は絶対いいですよ!! これから私はデイジーさんのことをデイジーお姉様とお慕いします!」
「良いわよ! そのかわりマナちゃんは私の妹よ!」
「よいですとも! デイジーお姉様!!」
出会って一分もしないで打ち解け合う、同年代でスタイルが正反対の双子。姉と妹がこれほど分かりやすい例はないだろう。
「むぎゅ! ……乳圧で息が…………やはり私は今日死ぬ運命…………」
「おいデイジー、その辺にしとけ。真奈美が苦しがってるぞ?」
デイジーの抱擁から解放されたマナは、命の恩人である鋼と視線が合い、近づいて挨拶を交わす。
「危ないところを助けて頂きありがとうございます! 鋼さんですね? 通さんから実家が外食業を営んでいると聞いています」
「おっ! 知ってるなら話は早い。経営者を親に持つ者同士仲良くやっていけそうだな真奈美」
「ちょっと鋼君! 私のマナちゃんを横取りしないでくれる?」
「ああ、ちゃんと返すから安心しろ」
鋼がデイジーの相手をしてやってくれとマナに話すと、自分たちの世界に戻っていく。
会話に夢中になっている双子はリビングに放置して、通と鋼は一足先にダイニングルームに向かいながら話を続ける。
「魔技アプリでだいたい事情は分かっていたが、案外元気っぽいな?」
「まあ……ダンジョンでレベルアップしたこともあるけど、俺と天音さんの実力を知ったからね。それにバックには超一流企業の鳳月グループと国防の要である自衛隊員千人が守ってくれる。国の庇護下のもとにあると認識すれば、ある程度は安心すると思う」
いち暴力団から身を守るには十分すぎる。はっきり言ってシャレにならない戦力。過剰にもほどがある。
「一事が万事になるとはこのことだな。いらない火遊びをするから大火事になる」
「ごもっとも――――俺も可能なら今回の件は穏便に済ませたかったけど、資源取引している最中に鳳月さんから、マナの家族が経営するドラッグストアに藤原組が業務妨害を仕掛けたと聞いたからさ…………未然防止することができたようだけど、あいつらの活動は俺達の目標を根底から覆す可能性を秘めてるから、デイジーさんに学んで藤原組は徹底的に叩くことにしたよ」
鋼は通の「徹底的」の言葉に心底驚く。
親友は滅多なことで怒らないが、通は一度言い出したことをやり通す気概の持ち主。徹底的は必ず潰すと同義に等しい。
「まさか、藤原財閥を解体するところまで視野に入れてるのか?」
「暴力団は確実に潰すけど、そっちはどうだろうね? 鳳月さんとデイジーさんは完全に、特にデイジーさんを見ればわかると思うけど」
「あ――――わかってきた! 校庭でマナちゃん、マナちゃん、マナちゃん! どうしてあなたはマナちゃんなのって狂うほど、真奈美をめっちゃ気にかけていたからな。ちなみに衝撃を受けすぎて保健室で少し寝ていたらしいぞ?」
そこまで重症だったのかと今度は通が驚く。連絡がつかなかったのはそれが原因。得心が行く答えだった。




