第七十六話 桜坂真奈美⑦
今回で真奈美視点が終了します。
横揺れは体感で三十秒ほど続きました。震度は4弱でしょうか? 天井を構成している部分から頭上に目掛けて落石がありましたが被害は無し。
そばにいた魔技持ちの人が焦ることなく冷静に対応してくれたからです。土、氷と色々な種類の属性があるのを知り、魔法は羨ましいと肉弾戦が専門の方々は呟いていました。
それから皆さんが各方面に移動して行きます。自衛隊の半数が北側に向かいましたが、通さんから事情を聞いて、私の魂が再び燃え上がりました。
テレスポット。
あり得ない空間移動手段。説明を聞いて早く私も体験してみたい。通さんを急かしますが、ストップを掛けられてしまいました。
「マナさんには始めに一匹のスライムと従者契約を結んでもらいます」
「通さんが自宅で話していた、経験値を私にプレゼントしてくれる件ですね」
「そうです――――そこでマナさんに聞いておきたいことがあります。レベルアップ後の奇声は現在どうですか?」
通さんが言いたいことは瞬時に頭で理解できた。私はレベル5になった時に我慢できずに叫んだ。
これはいけないと涙で濡れたハンカチを用意する。
準備ができたところで通さんが召喚魔法を使い、私を驚愕させた。スライムの集団が何もない場所から、忽然と現れたから誰でも驚きます。
次に一匹のスライムだけを残して、他のスライムが突然消えました。文字通り目の前から消えたのです! 私がショック死する日があるとしたら、間違いなく今日がその日でしょう。
その後、私は名付けに悩みましたが、錬金術を扱う時に助手として助けてくれそうなのでアシスタントにちなんで、アシさんと命名しました。
早速アシさんからEXプールに貯蔵されていた経験値が私の手によって引き出されます。
「……んっ!!? んんっ!!!?」
折り畳んだ四角いハンカチを口元に添えて、懸命に耐えました。
私は2、3レベルの上昇と思っていました。ですがミラーボードを覗いて愕然とします。
(嘘……レベル5だったのに20になってる!!?)
オカシイ、ゼッタイオカシイヨ。
一瞬で15レベルアップ。武田少佐と1しか差がない。
私の頭脳が本日二回目の本格的な現実逃避して、妄想のお花畑にいるオカシナ妖精の親友と会話を交わす。彼女はダンスの舞をして、花の蜜をつまみながら、ジョウロで草木に水を撒いていた。
「朋美、朋美! また来ちゃいましたよ!」
「来ちゃたんだねマナ! おかえり、待ってなかったよ! だから回れ右!」
「ええぇ――――!?」
「ここは一日一回だけしか立ち入ることが許されていないんだ!」
「ど、どうしてです?」
「知らんのかマナ! 私がここで自堕落な生活を満喫できなくなるんだ!! だから現実へ早よ帰れ!!」
「羨ましい! 私も混ぜてくださいよ朋美!!」
「駄目だ、駄目だ! 妄想聖域に人間が滞在できる時間は限られている! 出ていかないと私の妄想力でマナの背を妖精単位まで縮ませるぞ! いいのか!!」
「ひえぇぇ――――!? 私の身長がぁぁ――更に低くなっていきますぅぅ――――!!」
脱出が遅れた私が妖精の小ささになったところで妄想聖域から解放されました。
そばにいた通さんと天音お姉様の話し声が聞こえます。
「妄想聖域ってなんですか天音さん」
【それはマナにしかわからないこと……そっとしておきましょう】
「そうですね」
彼らから優しさを感じられますが、それ以上に憐れみの色のほうが濃いような気がしますね。妄想が続けば距離を取られそうです。夢中にならないように気を配らなければいけません。
それからミラーボードにある振り分けポイントでひと騒動。新規自衛隊員が向かった東側の通路に入り、後を追いかけます。
「着きましたよ、あれがテレスポットです」
「おっおおおぉっ――――! 光ってます! 光ってますよ!」
通さんに導かれて滝と空が見える吹き抜けの場所までやってきました。
まずはテレスポットで移動手段を確保。次に通さんの指示でスライムが大量に飛び出しました。
そしてスライムたちが合体して巨大化、私は通さんの障壁に守られながら巨大スライムに取り込まれます。
ノソノソとスライムが外壁を沿って地上を目指し、私たちは新天地に到着。地名が私の脳内に流れてきました。
「トェエルカ大陸、トバ森林推奨レベル27!?」
16から27に跳ね上がりました。滝の先は山頂に続いて、そこから下流に向かって流れていたと判明。
どうやら地下ダンジョンは傾斜の裂け目になっていたようです。地震が頻発する土地柄なのかもしれません。もちろん自分が立っている場所も多少、傾斜地でナナメになっていますよ。
周囲には大小様々なシダ植物やら観賞用の花々、山に生える落葉低木などが見受けられます。
地下では見かけなかった小型のリスに角が生えた動物、鶏のトサカを付けた空飛ぶ中型の鳥さえもいます! まさに異世界パラダイス。
特にその中でも原木の枝になっている茄子の形をした水色の野菜? 果物に注目が集まりました。水色の食べ物なんて見たことがありません! スライムから脱出、分離して元いた数に戻っていくスライム達を横目に通さんが調べると、魔力回復系の医薬系素材だと判明。
私は手に取って調べなければ識別できないので羨ましい限りです。家事、護衛、荷物持ちが可能なスライムも召喚できて、一人でやっていけるのでは? と、感想を抱いてしまいます。
私がいろいろな物事にかかずらっている間に、スライムたちは食欲旺盛で次々と平らげていき、とどまるところを知りません。
まるで飢えたイナゴです。人間に向けられたらひとたまりもないでしょう。
「スライムの胃袋は底なしです! 放っておいたら物量が大変なことになりそうですね」
「おかげで一回の調査で大量の素材が運搬可能になるのですから、やめるわけにはいきません。それが巡り巡って自分、ひいては国益になりますし。一応、鳳月さんとの取引契約もあるので、これは譲れませんよマナさん」
「わかってますよ通さん。私がそれを利用して特効薬を大量生産する。良いですね! みなさんのお役に立つ役目! 私、俄然とやる気が湧いてきました!」
お話をしていると天音さんが宙に浮かび、銃器をどこからか取り出しました。見た目は狙撃手が扱うライフル銃のようです。スコープも付いてますよ、本格的ですね。
【通君、こちらの方角に進みましょう。目視で二kmいけば森林地帯を抜けることができて、テレスポットも確認できました】
「わかりました、ここは遮蔽物や背丈の高い植物が多いですからね」
【では私が先行して周りを掃除してきてもいいですか?】
「お願いします。マナさんに危険が迫らないように俺が護衛しているので、障害を排除してきてください。スライムも半数貸し出します」
【ふふっ! では狩りに行ってきます!】
「お気をつけて」
天音お姉様がいい笑顔で空中を移動、木々の間をすり抜けていきハンティングが開始されました。銃声は一切なく静かなもので、殺伐とした狩りが行われているとは誰も気づかないでしょう。
スライムたちも外敵と判断した近寄ってくる、体長一メートルはありそうなカブトムシやクワガタなどを叩きのめし、経験値がものすごい勢いで上昇していきます。レベル1ダンジョンとは比べ物にならない速さですよ。
私はスライムの強さを甘く見ていました。だって弱いと定評のあるあのスライムが、自分たちより巨大な敵を返り討ちにするのですから、想像を絶しています。本当に嬉しい誤算ですよ。
私は全面的な信頼をスライムに寄せることにしました。
天音お姉様と別れて、私は通さんと一緒に探索していたところ、黄緑の瑞々しいレタスの葉と葉のあいだから此方を覗いている生物! 手のひらサイズの茶色い犬を発見します!!! 通さんの情報によれば現地生物の狼。危害を加えなければ何もしてこないとの話。
私は通さんの許可を取りつけ見守られながら、離れた位置にいるお伽話級の小動物をスマホで撮影。そしたら何と! 向こうから、まんまるお目目を輝かせてヨチヨチと小さな歩幅で近づいてくるではありませんか!
「えっ? えっ? まさか私と遊んでほしいのですか! いいですよ! さっ、さっ! おいでなすってください! こんなこともあろうかと、常にクッキーを常備して…………えっ?」
私が腰を落としてポシェットからおやつを取りだそうと目を離した隙に、狼さんの姿を見失ってしまいました。
錯覚だったんでしょうか? いいえ、違います。妄想でもありません。
そうです。青い物体が死角からひょいパク、つまみ食いをしたのです…………
「ジィ――――」
さあ観念して吐き出しなさいと視線を投げかけられたスライムは身動き一つせず固まっています。よしよし、聞き分けのいい子ですね、と近づくと背後の通さんが私を呼び止めました。
「マナさん。スライムが今の狼の型番情報を手に入れたので、俺が新たに習得した派生先の製作技能【ウォータークラフト】で、生体の複製が可能になりましたよ」
なんですって!? 私はたまらず振り向きました。
「いったい、どういった原理です?」
「実際にお見せします」
すると手癖の悪いスライムの姿が形を変えて徐々に縮んでいき、さきほど捕食された超小型の狼になっていくではありませんか! 一瞬にしてテンションマックスです。
私は飛び跳ねて近づき、手のひらですくい上げました。
抵抗らしい抵抗はなく、私の手の上で欠伸をする余裕さえあり、まったく怖がっていません。感動ものです。けれど此奴は元を辿ればスライム。私は騙されはしませんよ!
――――ガサガサ!
すると茂みの中から狼の親らしき青い毛色に生え変わっている大型ハスキー犬が私の目の前に現れました。明らかに私を睨み、低い唸り声を上げています。今にも飛びかかってきそうな雰囲気!
「あっ!」
護衛を務めていたアシさんが私を守るために、成体まで成長した狼を拘束してひょいパク、収納後、データを得たのか、親子揃って核から解放をされました。
親は恐ろしい体験をしたため、子を口に咥えて颯爽と現場から立ち去っていきます。
♤ ♢ ♡ ♧
その後、天音お姉様と合流。森林区域を抜けた先にあったのは一面が草野原でした。
「トゥエルカ大陸、レーテ平野推奨レベル25ですか」
しばらくすると、前面に埋まっていた葉野菜が私達を察知して地面からすっぽ抜けて宙に浮かび上がります。
「通さん! 変なの! 変なカブが浮いてます!!」
一斉に持ち手部分の葉を回転させて空に舞い上がった体長五十センチクラスの赤カブが、口に生えているギザギザの歯を私達に見せつけて威嚇行動を取りました。目がないため、ひときわ歯が目立ちますね。
噛まれたらだいぶ痛そう。特に狙いやすい頭部をかじられでもしたら大変です。
その時でした。通さんのスライム達が何か青い物を発射、次々と敵対した野菜もどきが地面に墜落していきます。
戦闘時間は十秒もかかりませんでした。
(ハッハッ、見ろ! 葉野菜がまるでゴミのようだ!! ハッハッハッハッ!! 空から地上を支配しようとした大佐の名台詞が脳内再生されましたよ…………なんです、これは? 魔技を自己判断で使用するスライム、威力も異常。近づかれることなく敵が倒れていくなんて…………)
「天音さん。地上の敵も大したことなさそうです」
【森林内もスライムたちに援護してもらわなくとも余裕でしたから、私と通さんならソロで行けそうでしたよ】
「!? 推定レベル25や27の敵が大したことないんですか!?」
スライムがこれなら通さんはどれだけ強いのでしょうか? 更に他のメンバーもみんな同クラスなんでしょうか? とにかくひとつ言えることは、とんでもない実力者たちの仲間に加入できたということです。
それから空腹感がやってきたことでテレスポットを利用して現実世界に帰還することになりました。
「うおっ!」
「どうした! なっ!?」
自衛隊の皆さんが私に注目しています。マナ姫効果は凄いですね。
「あれは牛か!」
「おおっ! 地上には家畜が存在するのか!!」
そうです。私は今、ヤクの背中に乗って自衛隊を上から見下ろしているのです。非常にいい気分、これが藤原気だと思考を巡らせればアドレナリンがヤバいことになりそう。
もう藤原組は怖くありません! この短時間で完全に私は生まれ変わりました。
何故なら十メートル付近まで育った大樹に対して私の全身全霊を込めたパンチを放つと、地面に埋まっていた根が少し飛び出るほどの力になっていたからです! パワーショベル級の圧倒的な破壊力に手の震えがしばらく止まりませんでした。
「真奈美ちゃん。顔つき変わったね。いい顔してる」
などと言われて最高です。チヤホヤされる姫プレイが続いて…………今日、もしかしたら私は、幸せすぎる反動で死んでしまうのかもしれません。




