第七十四話 桜坂真奈美⑥
自衛隊の人数は多く見積もっても百人くらいでしょう。やってやりますとも。
そう――――意気込んでいた時期が沼ダイブ、一分前の私にもありました。
しかしながらダンジョンの広さ。一面に光を放つ向日葵のシュール加減。
最後に、自衛隊の数が圧巻です。完全に想定外、私は通さんや自衛隊の武田少佐たち数名の隊員と共に、脚光を浴びる形になっています。
眼前では自衛隊員が一糸乱れず列を組み綺麗に整列していて、軽く藤原学園の全校集会で集まる生徒数を凌駕。想定の十倍、千人はいるのではないでしょうか? 武田さんから詳しい詳細を聞くと今日新たに五百人が増員されて、ピッタリ千人になったとのこと。
私の観察眼が冴え渡っていますが、現在の状況下では何の意味もありません。
彼らの中から「小さい子がいるけど誰?」といった好奇の目で私が見られています。
「あ、あの……通さん…………」
「どうしました? やっぱり無理そうですかマナさん? でしたら俺が」
「いえ! やらせてください!」
進んで号令を命じたくない一方で、怖いもの見たさに自衛隊員に指図してみたい私がいる。
私は背丈が小さく、人に指図するよりはされるほうだった。それが今、転機を迎えて覆されようとしている。
これはチャンスです!
人生のどん底に叩き落とされる直前に拾った、大逆転劇のワンピース! 海外では自衛隊は日本の軍隊として認識され、ダンジョンといった奇想天外感が溢れる場所で、国軍に指令を出すトップはファンタジー書籍からでも王族と相場が決まっている。
自衛隊に送る号令を私の口から言葉にすることで、お姫様プレイが正式に完了。
私という真なるお姫様、マナ姫がこの世に、日本に誕生することになる!! 私の妄想が遂に脳裏でオーバーヒートした。
(キャーー!!! これは引き受けなければ損でしょう!! 見ててください通さん! 錬金美少女真奈美! 青い宝石の初任務を、無事にやり遂げてみせますよぉぉぉ~~~~!!!)
「……さん? マナさ~~ん?」
「っ!? な、なんでしょう?」
「姫プレイって口走ってましたけど…………どっからそのような単語が出てきたんですか…………」
「えっ?」
どうやら無意識のうちに心の声が漏れていたようです。不覚です。自衛隊に号令をかける前に失態を晒してしまいました。
私をよく知っている天音お姉様も、またマナの妄想癖が始まりましたかと呆れ顔です。
羊飼いのお姉様、哀れな子羊である私の毛皮を差し上げますので、どうか見捨てないでください。
「マナさん、そろそろ武田少佐が演説を始めますよ」
午後一時になり、自衛隊が持ち込んだ機材がアラームを鳴らし、夢心地気分の私は正気を取り戻した。
時間になったことで武田少佐が拡声器を持って話そうとする仕草に移ると、隊員たちは言われるまでもなく口を閉じて沈黙する。学生ではこうはいかない。
「諸君。君たちはダンジョン沼における厳しい選抜試験を経て選ばれた優秀な戦士たちだ。今日、レベル2ダンジョン沼の初挑戦する新たな五百名に向けて、改めて自己紹介させてもらう。私は武田仁三等陸佐。現場の最高司令官で部隊では武田少佐と親しまれている」
もっと高圧的な話し方をするかと思いましたが、私たちを意識しているのか割と普通な冒頭で、拍子抜けです。
そのほうがありがたいので私は歓迎ですよ武田少佐。
「私は成果主義者だ、ぐだぐだと長話をする気はない。簡潔に要点だけを伝える――――ここトゥエルカ地下洞穴で採取された医療素材が錬金術師の手に渡り、昼すぎに我が国でも特効薬が完成し、臨床実験が開始されたが話によると副作用があるらしい」
武田少佐が話した内容に、自衛隊のあいだでざわめきが瞬時に拡散された。
これきっと、まだ世に出回っていない極秘情報ですよね。
「情報によると医療素材の良し悪し、錬金術師のレベル、魔力に特効薬の品質が作用するらしく効果が一定ではないときている。副作用は魔水の濾過がきちんとできていないと発生。魔力が一定値より低い患者が摂取した結果、身体中が痙攣。心臓麻痺による心肺停止になり死亡する報告が各国間で飛び交っている。錬金術師が副作用を取り除けない、安全を実証できない場合、検査基準が厳しい日本の厚生労働省から承認を得るのは現実的に不可能に近い」
自衛隊の皆さんが「俺たちが奮闘しても、すべては錬金術師しだいか」と、傍目から見てもガッカリしています。
遠回しに国民、家族のもとに届くまで時間がいると言っていますから当然です。私もドラッグストア経営している両親の娘。
ちょっとだけ、その辺には詳しく、日本の有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法)に基づき、製造、販売、市販後の安全対策まで一貫した規制を行なっていることを知っています。
「みなさん静粛に! 静粛に!!」
武田少佐の横にいた軍人女性が透き通る声を発するや否や、ざわめきが嘘のように収束しました。
彼女も天音お姉様みたいでかっこいいです! 後で仲良くなっておかなくてはいけませんね。
「武田少佐、続きをお願いします」
「ありがとう杉下軍曹」
なんだか二人の雰囲気が周りから切り離されたように見えます。武田少佐は会話して子持ちと知っていますが、これはひょっとしたらひょっとするかも知れません。
「そこで! 現環境を改善できる逸材を紹介したいと思う! 天鐘君、こちらへ」
「「!!?」」
武田少佐からマイクを手渡しされて、クランリーダーの通さんが語る番になりました。流れからすると、次は私ですね、はい。
「もうご存知の方が大半だと思いますが、名前と顔を正確に一致させるために自己紹介を――――天鐘通といいます。鳳月さんのパートナーになり、ダイバーになった高二でチョコが好きな、ごく普通の高校男児です」
無難な語り草で、安定性を求めてますね。通さんの性格がよく表れています。
そこにヤジと受け取れる、不愉快な声が飛び出しました。
「横にいる小さな子は彼女かぁ~~?」
なんという実直な質問。
千人もいるのですから、おかしな人が一人二人混じっていても不思議ではありません。
私も、これはこれで興味があります。天音お姉様も通さんを見つめていて、答えを知りたがっている様子。
ですが自衛隊を任されている武田少佐は違いました「誰だ? くだらないことを言い出した奴は? 例の報告にあった奴か?」と、誰も逆らうことは許さない司令官の目つきで、杉下軍曹に尋ねています。
私は知りません「鳳月総帥、お抱えの秘密部隊の立ち位置なのだから、許可が下りるまでこちら側から関与することは許されていない」と、混み入った話は聞いていませんとも。
「あはは、彼女と知り合ったのは今日ですから、それはありません――――ですが、マナさんは護ってあげたくなる、庇護欲を掻き立てる女性です」
私を横目に入れて優しくフォローしてくれる通さん。まだ彼と出会ったばかりなのに、鯉が滝を登るように好感度と心拍数が高まっていきます。鯉だけに!
「天鐘君。ちょっとマイクを貸してくれないか」
通さんが言われるままマイクを渡すと、武田少佐から大変ご立腹な低い声が、無礼を働いた隊員に向けられました。
「小林兵長。一度だけ言う、前へ出てこい! これは上官命令だ!」
自衛隊員の視線を一身に浴びて、三十歳前後の問題児が私たちの前に登場。
当たり前ですが、武田少佐の顔が子供に見せられない、霊体の警察官である天音お姉様も後ずさるほどの、血管が浮きあがった凄い剣幕に変貌。左拳は震えるほど力強く握られ、怒りの度合いを理解した小林兵長は青ざめて、すみませんでしたと謝ります。
近くで触らぬ神に祟りなしと、私もつい謝ってしまいそうな迫力ですよ。怖いですね。
「謝罪して済まされる問題ではない! 日本は憲法上、軍を持たないことになっているため軍法会議はないが、海外なら間違いなく軍法会議ものだぞ! わかっているのか小林!! このようなことが鳳月総帥の耳に幾度も入れば、私の監督不行き届きになり「真実の究明」よりも「軍隊の指揮命令系統の維持」が優先されるんだぞ!! わかるか? 私はお前を庇うことは不可能になり! お前の何気ない一言で、この場にいる千人に迷惑がかかることになるんだぞ!! それを知っていての発言か!? どうなんだ答えろ小林兵長!!」
自衛隊員の手前で、出る杭は打たれる感じに、けちょんけちょんにのされた小林兵長。これは立ち直るに時間がいるでしょう。
「罰として天鐘君と模擬戦をしてもらう、辞退は私が許さん! いいな小林兵長?」
小林兵長は頷くほかありません。断ることは空気的に無理です。
「本当にいいんですね武田少佐?」
「私は冗談でこんなことは言わない。小林兵長の態度を更生させるため、二度と天鐘君に舐めた口を利けないよう、好きにして構わない」
私は両人が私をチラ見して話していた会話の一部を思い出す。条件がどうのこうの言っていたが、このやり取りが一枚噛んでいると予想できた。
「……あまり気が進みませんが、規律を正すためなので引き受けましょう」
――――わあぁぁ――――!!
通さんが引き受けた瞬間、自衛隊員から歓声が上がった、けれど小林兵長だけ顔色が真っ青。
恐らく小林兵長は通さんに良からぬ感情を抱いていると武田少佐に報告が入り、大舞台でやらかしたら厳しい対処を通さんにお願いした――――大まかな成り行きは、こんなところかなと私は受け取った。
それから皆さんが見ている前で通さんと小林兵長が向き合い、小林兵長だけファイティングポーズを取りましたが、通さんは腕を下ろして構えすらしません。
「小林兵長、本気で当たれ! 手抜きは許さん!!」
危機迫る気迫で通さんに目掛けて小林兵長が接近。メリケンサックを付けた右ストレートが通さんの顔に容赦なくヒット。
痛そうで見ていられない私は目を背けますが、実力を知るため、そうはいきません。
私は彼らの公式戦を見届ける必要があります。
【大丈夫ですよマナ。通君はあなたが想像しているよりずっと強いですから、安心して観戦できますよ。見てください】
天音お姉様に言葉を信じ、私は再び交戦を見つめ直しました。
小林兵長は両手、両足を交えた猛攻を仕掛け続けますが…………通さんの表情を見て、後ろに飛び退きます。
通さんは片手で服の汚れを払い、ケロッとしていました。自衛隊は戦闘のプロフェッショナル。そこらにいる不良とは訳が違う、力を持った実力者。
まるで打撃が通じていない仕草に、私同様、自衛隊の皆さんも驚き言葉を出すこともできません。
「じゃあ、そろそろ決めますね」
勝利宣言。
小林兵長は通さんの動きを察知して守りを固める動きを見せますが、私が気づいた時には十メートル以上後方に吹き飛ばされた後でした。
何をしたのかさえ視認できないスピードに、会場が静まりかえり、静寂が反転。
通さんを讃える讃歌に早変わり。
武田少佐から説明を求められて、ただの掌底で押しただけと言い放ち、圧倒的な実力を知らしめた結果――――自衛隊員の通さんを見る眼が、本質的に変わったような気がします。




