第七十三話 桜坂真奈美⑤
それから十分後。
ダイバーシティの検問所を潜り抜け、私は鳳月総帥が通さん宛てにプレゼントしたという豪邸を、通り過ぎる風景越しに拝見した。
広い庭と住宅に使われている大理石っぽい一部、田舎では考えられない四から五階ほどの高さがありそうな、立派な建築物。
通さんがどれだけの特別待遇を受けているのか理解できる。
「通さん、本当にあの家に住まわせてくれるんです?」
信じているけど、私の右座席にいる通さんに尋ねないわけにはいかなかった。
「マナさんさえ良ければそのつもりです。先住者のデイジーさんと――――使用人が一人いるようですが、顔合わせした時に問題がなければ自由に使ってくれて構いません。自分自身、あの住宅が自分の所有物だと、正直認識していないんですよ」
通さんの話だと昨日、住宅譲渡のサインをして譲り受けたばかり。急に振って湧いたサプライズで現実として受け入れるには時間を要する。
病魔の重篤化で唯一の肉親が危険な状態に陥っている状況で、諸手を挙げて自分だけ喜べるはずもない。
肉親がいなくなれば豪邸にただ一人で住むことになる。ただ広いだけの親しみが一切ない建築物。
通さんの表面は落ち着いているけど、内心では葛藤しているように思えた。
「みなさま、ご到着致しました」
ちょっとしたトラブルがあったものの、巨大倉庫のシャッターが空き、リムジンから下車して無事に目的地である内部に足を踏み入れる。
「おお――――!」
内部の様子に自然と声が出た。
自衛隊らしき迷彩服に身を包んだ人達が、この先のダンジョン沼で入手したと思われる物品の数々を、ケースに箱詰めしている作業。
私が購入した錬金素材は、ダイバーシティの敷地内にあるレベル2ダンジョン沼から採取され、自宅に運ばれたと実際に自分の目で確認。
もしかしたら通さんたちが持ってきた素材を使用したのかもと妄想すると、出会うべくして出会った運命を感じてしまう。
「天鐘君! 話は鳳月総帥から聞き及んでいる。その子が例の保護した子か? 私の娘と背丈は変わらないな」
気さくに声を掛けして近づいてくる自衛隊員。
通さんがダンジョン沼の現場指揮官である武田少佐を私に紹介してくれたので、失礼がないように会釈してハニカミ挨拶。
藤原組のストーキングもかねて私のことを通さんが説明すると、武田少佐から私を元気にする証言を頂いた。
「辟易する内容だが、君は天鐘君の手によって保護された――――これは非常に大きな意味を持つ。ここだけの話。鳳月総帥は天鐘君の方針を第一としている。天鐘君の声は今や鳳月総帥と同権力に等しい。だからここダイバーシティ内では楽にしてくれて結構だ。我々の部隊も号令がかかれば即座に対応する。だから君が心配する必要はどこにもない」
国防を司る現役自衛隊員に言わしめた「天鐘君の声は今や鳳月総帥と同権力に等しい」に魂が震えた。
鳳月総帥は日本では超VIPのセレブで知られている。
それと同等の発言力を隣にいる同学年の通さんが持ち合わせている事実に、嬉しさと歓喜が混じり合い、心の中で奇声を上げた。
「武田少佐、そちらのダンジョン沼の首尾はどうですか?」
「天鐘君の貸してくれたスライムが非常に優秀なおかげで上々だ。第四、第五層まで制覇。いまは第三層を主に調査している。報告にあったカーティル級とは誰とも出くわしていないため、人的損害は軽微、負傷者はいるが亡くなった人はいない」
「順調そうですね。それで鳳月さんから連絡が入っていると思いますが、俺の権限で本日午後一三時からトゥエルカ地下洞穴の全域調査を解禁します」
(!? と、通さんの権限!? 通さん! 自衛隊に調査箇所の制限を課していたんですが!?)
自衛隊員の行動を制御、統制できる権力。高校生でなくとも望んで得られる力ではない。完全に私の常識を塗り替える逸脱した会話。
通さんは私がイマジネーションを働かせた通りの、隠れた王子さまだった。
「地下は我々自衛隊に任せ、天鐘君率いるクランメンバーは、地上調査に進出すると聞いているよ。二人で向かうなら十分に注意してくれ」
「えっ!? 私達と一緒に来てくれないんですか!?」
「それはそうだろう? 鳳月総帥、お抱えの秘密部隊の立ち位置なのだから、許可が下りるまでこちら側から関与することは許されていない」
まさか自衛隊と別行動するなんて思ってもいなかった。しかも秘密部隊に私はいつの間にか所属していたんですか…………今日はあと何回、通さんに驚かされるんだろう。
「武田さん。失礼ですけど、レベルはいくつなんでしょうか? もし良かったら教えてください」
私は青い宝石のメンバーの一人。それなら現在最高峰の自衛隊の実力を教えてくれるかも知れないと、駄目元で尋ねてみた。
「私のレベルは21だ」
「に、二十台ですか! 凄いです! 私の四倍近く高いです!」
驚き桃の木山椒の木! 先週の土曜日、四日前にダンジョン沼が世界に浸透したはずなのに、予想してたよりずっと高い。
「はははっ、私よりも天鐘君たちクランメンバーのほうが遥かに活躍しているよ。特にスライムと電波技能はダンジョン沼事情に大きな改革をもたらした」
隣にいる通さんの顔を見上げる。そうでしょう、そうでしょうと、召喚したスライムに全面的な信頼を寄せているようだった。
そこで思い切って私は通さんに質問。これは守られる上で絶対に知りたい。
「通さんのレベルは今いくつなんですか?」
「俺ですか? 俺は29ですよマナさん」
まさかの三十台目前。それに比べて私の天敵! 藤原気のレベルは9だと知ってます! プププ! なんだか奴が小物に見えてきましたよ。
「二人とも信じられないくらい強いです! 私、レベル5! ですよ」
私は守ってくださいと小鹿アピールを全面に押し出し、二人を褒め殺す勢いで讃えた。生き残りをかけた処世術、手抜きはしない。
「時間まで残り十五分か――――そろそろ準備をしなければならないから、これで失礼するよ」
「すみません、武田少佐。お忙しいところ引き止めてしまって」
「いやいや、私の方こそ悪かった。有意義な会話だったからつい時間を忘れてしまった。通君も準備が完了次第、号令をお願いするよ」
「それについて少し相談が……」
私の顔をチラチラと見ながら二人で内緒話をする。
彼らの行動に気になっていると、クールビズのシャツと青と紫の縞々のネクタイをした中年男性が、私に近づき声をかけてきた。
その人は市役所に勤務している、商工観光を担当している部長さんでとっても偉い人。私の戸籍を入手して、それを元にダイバー証を再度更新、発行したとのことだった。
「では新たに作製したダイバー証と交換するので、お手元にあるダイバー証を渡してくださいますか」
「少々お待ちを…………はい、どうぞ」
新しいダイバー証に一新され、裏面が白からブラックへと色が変更されていた。何か意味があるのだろうかと質問すると、今後ダイバーにランク付けをするらしく、裏面の色で判別できるようにすると言っていた。
ちなみにランクは四ランク存在し、ブラックは最上位のマスター級に準ずるとのこと。
「すみません。私、レベル一桁ですよ? マスターなんて肩書は言語道断だと思いますけど?」
返答するが部長さんは真剣に取り合ってくれず、ワハハハハ! と、笑い飛ばし大丈夫、大丈夫、鳳月総帥が任命したのだから心配いらないよと返された。
ちょっと納得いかない。
通さんが凄いわけで、私はダンジョン関連では錬金しか取り柄が無い、戦闘力皆無なダイバー初心者。
しかもレベル5! 絶対にお荷物で役立たずだ。
「桜坂さん。あなたはこれで晴れて正式にダイバー証を通して青い宝石に登録されました。ダイバー証をご覧ください。所属クラン名が追加されているはずです」
裏面と自分の写真にばかり気に取られていて、表の文字をしっかりと目を通していなかった。確かに前のダイバー証には無かったクラン名義がきちんとダイバー証に刻まれている。
「マナさん。これからよろしくお願いします」
「ひゃあぁ!?」
ダイバー証の文字に魅入っていたため、背後にいる気配が感じられずに声をかけられた私の心臓は、ビックリした拍子でドキンドキンと高鳴った。
通さんは武田少佐との話を終わらせて、こちらの話に耳を傾けていたらしい。
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
♤ ♢ ♡ ♧
私は倉庫内の一番北側にある漆黒の沼に案内され、沼頭上に表示された16の紫文字に身が震えた。
「マナさんは数字が何色に見えます?」
「むらさき! むらさきにみえます! あの数字はなんなんですか!?」
数字を一目見ただけで、生理的に受け付けない衝撃が私に駆け巡る。
沼に入るべからず。
そう本能が警告を発している。間違いなく内部は危険だ。
「あれは沼の初期位置に対する推奨レベルです」
「じゅ、十六が推奨レベルですか!?」
私の三倍のレベル数。本当に私も一緒に潜ってもいいのか? 安全を保障してくれるのか聞くと。
「心配しなくても大丈夫です。俺の親友の鋼なんて昨日、レベル1で凸しましたから」
さらりと爆弾発言! レベル1!? ダンジョン沼初チャレがここなのだと知って、まだ見ぬクランメンバー。通称、鋼さんに敬意の念を抱く。
「ちなみに無傷で生還。レベルが20以上上昇しました」
「はぁいぃぃ――――!!?」
オカシイ、ゼッタイオカシイヨ。
昨日だけで20レベルアップ。それが事実なら最低でも武田少佐と同レベル。
私の頭脳が現実逃避して、妄想のお花畑にいる、妖精になったオカシナ親友と会話を交わす。
「朋美、朋美! 通さんがおかしなことを話すんです!」
「違う! それは違うよマナ! おかしいのはマナの方だよ! マナは違法大麻を飲んで頭がおかしくなったんだ!」
「えぇぇっっ~~~~!! 私、自覚症状ないですよ!! と、朋美。私はどうすればいいのです?」
「簡単だよ、求めればいい」
「やですよ朋美! わ、私は違法大麻とは関わりたくない! 家族を不幸にする違法大麻は大嫌いです!」
「知ってる! 知ってるよマナ! 私が求めろというのは圧倒的な力だよ! 彼の方針に沿っていけば、マナの暗黒の世紀に光明が差しこむ!」
「こ、光明が差しこむと、私はどうなるんです?」
「知らんのかマナ!! 藤原組と気をまとめてぶっ潰せるぞ!!! war」
「ひえぇぇ~~~~!!? 朋美が狂った!?」
ここまでの脳内補完時間五秒。おかしな妄想がおかしな方向にシフトしていき、過激な内容が幻影の親友から飛び出て妄想がシャットダウン。現実に帰還する。
「……さん? マナさ~~ん?」
「っ!? な、なんでしょう?」
「急ですみませんが、マナさんにクランメンバー初の仕事を命じます」
「っ!? は、はい!」
きっと特効薬製作の事だろうと私は背筋を伸ばし、気を引き締めて通さんと向かい合った。
彼は真剣――――ではなく、バツが悪いように笑顔を崩している。
「これから沼の先にある名称『トゥエルカ地下洞穴』にダイブするんですが、その先で待機している自衛隊の皆さんに対して、全域調査解禁の号令を一言、マナさんからかけてほしいんです」
――――すっ、ぽん!
魂が一瞬だけ体から抜け出る感覚がした。
「わ、私なんかが、そ、そんな大それた大役を任されても困りますよぉ~~!」
「そこをなんとか…………武田少佐にも話を通してしまいましたので、どうかお願いします」
【マナ。自分から一言自衛隊に号令を出せば、身をもって知るはずです。あなたは絶対的な力によって守られていると】
天音お姉様の言葉が銃弾となり脳天を撃ち抜き、先ほどの妄想に登場した妖精の朋美が、裁縫針で心臓を突き刺す!
ああっ! なんということでしょう。
私には最初から拒否権など存在していなかったのです。
首を横に振れないイエスマンな、お姫様プレイ。
ちょっとマニアックですよ通さん。
「わかりました。上手くやれる自信はありませんけど、頑張ってみます」




